第15話 音楽の精霊

 本を返して自室にもどる。ヒルタンは今日きょう今日きょうとて虫採むしとりに出かけているようだ。もう冬だから一匹いっぴきでも多くおむかえするんだと言っていた。部屋へやすみにはどこからもらってきたのか、貴重きちょうな土が大きなはちいっぱいにられている。あの中に何匹なんびきの虫がいるんだろう。ウルスラはこわいのであえて中の音を聞かないようにしている。

 さて、精霊せいれいす前に、伝言でんごん内容ないようを決めておかなくては。ウルスラは、ノートのはしに「セルシアおにいちゃんへ、ウルスラです。個人的こじんてきに歌を習いたいです。空いている日を教えてください」と書いた。伝言でんごん内容ないようとしてこれを読み上げればつたわるだろうし、もし出てきた精霊せいれいが言葉を使えないかたちをしていて伝言でんごんのおねがいが無理むりでも、このはしをおつかいしてくれさえすればいい。

 よし、と呪文じゅもんながめる。知恵ちえ司教しきょう様をうたがうつもりはないけれど、読みとれるかぎり、まちがった内容ないよう呪文じゅもんではなさそうだ。

 文字をゆっくり右の人差ひとさゆびでなぞって、魔力まりょくながむ道を作る。低級ていきゅう精霊せいれい召喚しょうかんって、どれくらい魔力まりょくを注げばいいのかな……。授業じゅぎょうで使った精霊せいれい魔法まほうと同じくらいに調節ちょうせつして召喚しょうかんの発動を待ってみる。何も起こらない。

 もっと、かな?

 まだ?

 そろそろ?

 えっ、けっこう注いでるんだけど。足りない?

 あ、ちょっとヤバいかも。あせが出てきた。心臓しんぞうがドクンドクン鳴ってる。

 魔力まりょく量的りょうてきに、使っちゃいけない魔法まほうだったかな。

 どうしよう……。

「やっほー! んだ? んだよね!」

 突然とつぜん元気な声がひびいたかと思うと、目の前がまっしろくかがやいて、中からニコニコ笑顔えがおの赤いかみのおにいさんがあらわれた。

「あっ……え、人……?」

「んーん、ぼくは音楽の精霊せいれいだよ! 君にどうしても会いたくて、ちょっとほか精霊せいれいはらいながら魔力まりょくりるのを待ってたんだ!」

「よくばりな精霊せいれいさん……ってこと?」

「ふふふー、そうかもねー。でも仕方ないよ、君はウルスラ、音楽にあいされた子。ぼくらの中では有名だからね!」

「音のたみ、だから……? あの、ちょっと待ってください、ちょっと魔力まりょく切れ用のお薬飲みますから……」

 ウミウシとかじゃない、完全かんぜんに人の形をしている。ねんじゃなくて普通ふつうの声で話してるし、なんなら、息や心臓しんぞうの音もする。ウルスラは混乱こんらんしていた。つめたいみずぐすりを一気にして、ひたいのあせをぬぐう。よし、ちょっと落ち着こう。だいじょうぶ、もう魔力まりょくわれている感覚かんかくはない。召喚しょうかんじたいは成功せいこうしたってことだろう。それにどうやら、ウルスラに対してとても好意的こういてき精霊せいれいのようだ。機嫌きげんもよさそう。

 ダープレット先輩せんぱいと同じくらい? 身長も、見た目の年齢ねんれいもそのくらいかな。まだもう少し大きくなりそうな子供こどもっぽい雰囲気ふんいきだけど、精霊せいれいってことは人じゃない、生き物ですらないから子供こどもとか大人おとなとか成長せいちょうとかもい。んだよな? 精霊せいれいと分かっていてもかんぺきに同じ人間にしか見えない存在そんざいが目の前にいると、頭がおかしくなりそうだ。わあ、しかも銀色の、瞳孔どうこうのない目をしてる。おとうさんやウルスラと同じだ。もしかして、まねされてる?

「おにいさんって、名前とかあるんですか?」

「あのさ。雑談ざつだんしたくて精霊せいれいんだの? ま、ぼくはそれでもいいんだけど。召喚しょうかん呪文じゅもん内容ないようは君の言葉をだれかにとどけることだったはずだよ?」

「そ、の通りです、すみません」

 ウルスラはハッとしてノートのはしを手に取り読み上げた。

「ここまでの内容ないようを、うた司教しきょう様に伝言でんごんしてほしいんです」

「いいよ! 君とそっくりなあの子だよね、分かる分かる!

 で、そのおねがいを聞いたら、ご褒美ほうびに何をくれるの?」

「えっ?」

 召喚しょうかんの時の魔力まりょく以外いがいにご褒美ほうびがいるなんて聞いてない。

「……なにがいいですか?」

「命とか?」

「ひっ……」

「うふふ、冗談じょうだんだよー?」

 こわい。ウルスラはきそうになった。だって、精霊せいれいから聞こえる心臓しんぞうの音は、かれがウソをついてないって言ってる。人間と同じならウソをつく時は声色こわいろれるしドキドキするはず……だけど、そこは人間とちがうとしても、ウソか本気か分からないだけでもじゅうぶんこわい。

「……あの、今月末こんげつまつ精霊せいれい愛好会あいこうかいのあつまりがあるんです。あなたがてくれると、きっとみんなよろこぶと思います。おねがいしたら、その、魔力まりょくとかいっぱい分けてくれるかも……」

「おやぁ、自分が死ぬのはこわいから、ほかの人にしてくれって言ってる?」

「ち、ちがう、ころしちゃだめです、生きられる範囲はんい魔力まりょくを分けてもらうだけです」

「ふぅん。その人たちはころしたい人たちじゃないんだね。ころしたいほどきらいなヤツって、いないの?」

「……!」

 ウルスラの脳裏のうりにちらっと、スルヤの顔がおもかんだ。その動揺どうよう気取けどられたのか、精霊せいれいの顔がニタァとゆがんでウルスラの目の前までおりてきた。

「──いるんだ?」

 ウルスラはぶんぶんと首を横にった。

「いや、だめです、ころすなんて極悪人ごくあくにんのやることです。あなたにおねがいしたらだめな気がするので、もう帰ってください」

 そう言ってを向けると、とたんに精霊せいれいはあたふたしはじめた。

「ごめんよ、オマエ、からかうとおもしろくってさぁ! そもそもぼくは音楽の精霊せいれいだから、ホントは人をころすとかできないし。ね? ゆるして?」

「いやです。ウソついてたんじゃないですか。信用しんようできません」

「ごめんってば! 分かった、一曲歌って! 魔力まりょくとからない、それだけでいいからさ!」

「……本当にそれだけ?」

 ウルスラが精霊せいれいの方に向き直る。精霊せいれいはこくこくと何度もうなずいた。どうやら何とかなりそうだ、とウルスラは安心半分やれやれ半分のため息をついた。

「……なら、いいですよ。セルシアおにいちゃんのお返事も聞いてきてくれたら、あなたのために二曲歌います」

まかせてくれたまえ! ところで、ぼくのことはミリヤラおにいちゃんとんでくれていいからね!」

「はいはい。それがおにいさんの名前なんですね」

つめたくなぁい?」

自業自得じごうじとくだと思いますけど?」

「あの子にてると思ったけど、こいつぁ少し手ごわいな……」

「? だれのこと……」

 ウルスラが気になって話を聞こうとした次の瞬間しゅんかんには、もうミリヤラ青年は目の前からかき消えていた。

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