第14話 手紙を出そう!

 聖歌せいかたいの活動は大成功だいせいこうだったらしく、次の日からウルスラは人気者になっていた。りょうでは学年問わずよく声をかけられるようになり、結果的けっかてき一人ひとりでいる時間がぐんとったので、スルヤにいじわるされることも今のところくなっている。

 ただ、気になることもあった。

「ウルスラ君ってあのうた司教しきょう様の従兄弟いとこなんだってね! さすがだね!」

 というように、セルシアおにいちゃんが引き合いに出されることがえたのだ。ウルスラの歌にセルシアおにいちゃんは何も関係かんけいないのに。いや、聖歌せいかたい頑張がんばるように背中せなかしてくれたことはあったけれど、セルシアおにいちゃんの歌が参考さんこうになったことはない。ボーイソプラノではなく、大人おとなの歌い方をするからだ。

 いっそ、セルシアおにいちゃんに歌を習ってみようか? そうしたら素直すなおよろこべるかもしれない。ウルスラはおねがいの手紙を出そうと購買こうばい便びんせんを買いに行った。

「ああ、便びんせん? 残念ざんねんだが今朝けさ売り切れたとこだよ。再生産さいせいさんのめどが立ってないから、しばらくは復活ふっかつしないよ」

 購買こうばいのおばあさんは羽根箒はねぼうきを右手でまわしながらウルスラの顔をのぞきんだ。

ン、初等しょとう科かい? まだ魔法まほう生命体の作り方は習ってないかね。手紙の代わりに伝言でんごんたのむのもありだで」

「何年生で習うんですか?」

「ンン、ホントは三年生のはずだが授業じゅぎょうおくれとるんだものな。まアむずかしいもんじゃないさ。伝言でんごん用にはおけ一杯いっぱいの水と大樹たいじゅの皮を小指ほど、それから鳥の羽根かちょう鱗粉りんぷんを用意するんだ。鳥とちょう見慣みなれてるほうがええぞ。鳥ってどんなだっけ、から始めると日がれるからな。想像そうぞうが苦手だったら魔導まどう書を使うといい、図書室にあるはずさ。

 ンで、イメージがかたまったられいを注いで魔力まりょくで形を整えながら、伝言でんごん命令めいれいするのさ。役割やくわりのない魔法まほう生命体は動かんからね」

「うーん……やってみます、ありがとうございます」

「そうそう、役目を終えたらちゃんと外でこわれるように命令めいれいしておきなよ。後始末あとしまつまで決めてなかったせいでとどさき処分しょぶんにモメたって話もたまに聞くからね」

「気をつけます」

 たぶんいろいろコツを端折はしょられているだろうから図書室でものの本をりて確認かくにんしたほうがいいなと思いつつ、魔法まほう生命体に伝言でんごんというアイディアは助かった。今日きょう授業じゅぎょう聖歌せいかたいの練習もお休みだし、ちょっと練習してみようか。

 図書室に向かう途中とちゅうでスルヤとはちあわせないように警戒けいかいしたけれど、どうやら今日きょうりょうから出ていないみたいだ。スルヤたちが休みの日に図書室で勉強するような勤勉きんべん生徒せいとじゃなくてよかった。

 図書室で初等しょとう科向けの魔法まほう生命体の本をりて、年季ねんきの入った大きな読書づくええらんでそれを開いた。テスト前というにはまだ時期が早いのか、人は全然ぜんぜんいない。でももうあと数日で、ここは上級生でいっぱいになるだろう。初等しょとう科はテスト期間なんてたいそうなものはないけれど、中等科以上いじょうは下の学年からじゅんにテスト期間が来る。専科せんかが終わるのは今月末こんげつまつだったっけ。ダープレット先輩せんぱいに、精霊せいれい愛好会あいこうかいばれているんだった。

 魔法まほう生命体と精霊せいれい。どちらもれいでできていて生き物じゃないという点でている気がする。精霊せいれい存在そんざいをヒントに魔法まほう生命体が考え出されたのかもしれない。いや、精霊せいれいって長いことわすれられていたんだっけ……。

 ウルスラは、この前のサレイ先生の授業じゅぎょうを思い出した。

精霊せいれいは、昔むかしに夜の神様がほとんどほどいてヽヽヽヽしまって、れいとなっていたの。今までわたしたちがれいこまらなかったのはその時のなごり。のこった精霊せいれいたちも、とくに強いものほど、イグラスの大陸たいりくには近寄ちかよらなかった。だけど夜の神様がたおれて、世界が海でまぜっ返されて、精霊せいれいたちがこの大樹たいじゅってくるようになったの。だからこれからは、今までよりぐんと精霊せいれいを見つけやすくなるはずよ」

「夜の神様は精霊せいれいがきらいだったんですか?」

 ミーシリーが質問しつもんした。サレイ先生はうーん、としばらくうなって、それから口を開いた。

わたしは大導師どうしであると同時に、夜の神の巫女みこだったのよ。だから、あのかたとちょくせつお話ししたこともあります……」

 そんなことは初耳はつみみだった生徒せいとたちはみんないっせいにええー!とおどろいたけれど、考えてみれば今の司教しきょうという地位ちいだって、夜明けの神様とちょくせつお話しできる立場なのだ。本当に、すごい人が先生になっている、ということだ。

「……夜の神様はだれのこともあいしていなかったわ。精霊せいれいなんてきともきらいとも思っていなかったと思う。じゃまだったからうつくしくした、というだけ。あのかたは、夜明けの神様のこと以外いがい興味きょうみかったのよ」

 どういうこと? 守り神じゃないの? 夜明けの神様とどういう関係かんけい? 精霊せいれいがじゃまだって?

 教室じゅうが?マークでいっぱいになってざわめく。ウルスラは、思い切って手をげた。

「夜の神様って、本当に死んじゃったんですか?」

「あなたたちは、神ごろしの大罪人たいざいにん処刑しょけいには立ち会わなかったのかしら。さすがに子供こども禁止きんしにしていたかしらね……。

 あのかたは、たしかに死にました。もう、夜の神様はどこにもいません。でも安心して。新しい夜明けの神様は、みなのことが大好だいすきで、みなに幸せに生きていてもらいたいとねがっているわ……」

 ……あの時のサレイ先生の言葉にウソはなさそうだった。やっぱりアレは、本物の夜の神様からの手紙ではない。でも、だれから? ウルスラは筆跡ひっせきのちがいが分かるようなプロでもないし、書いた人が分かる魔法まほうもないだろう。

「……びみょうに役に立たないよなぁ、魔法まほうって」

当然とうぜんだ。魔法まほうたよっていては技術ぎじゅつ成長せいちょうしないからな。魔法まほうと科学は両輪りょうりんでなくてはならない」

 ひとりごとに横槍よこやりが入って、ウルスラはびくっとした。いつの間にかとなりに男の人が立っている。長くて白いかみ、黒い目、おにいさんとべないこともないおとうさんの年くらいの声、司教しきょう服、ということは。

知恵ちえ司教しきょう様、こんにちは」

「ああ、こんにちは。突然とつぜん声をかけてすまなかったね」

「いいえ、だいじょうぶです」

「君がたなら司教しきょうがいればよかったんだが、あの子は今日きょうは畑の収穫しゅうかく手伝てつだいに行っていてね。……魔法まほう生命体の本か、課題かだいかな?」

「いえ……まだ授業じゅぎょうでは習ってないんですけど、手紙の代わりに作ろうと思って」

「それなら精霊せいれい召喚しょうかんのほうが早いのではないか?」

「あ、それもまだ習わないやつだと思います」

「そうか……すまない、指導計画しどうけいかくまでは目を通してなくてな……司書ししょのまねごとをするなら気をつけるべきだな。

 魔法まほう生命体は独学どくがくするよりきちんと先生に習ったほうがいい。意外と気をつけないといけないことが多いんだ。精霊せいれい魔法まほうのほうがぜんぶ言葉で決められるぶん簡単かんたんだ。ぎゃくに、言い表せる魔法まほうしか実現じつげんできないということでもあるが……」

「あの、知恵ちえ司教しきょう様はどうして精霊せいれい魔法まほうにくわしいんですか? その……司教しきょう様よりおわかいですよね?」

「え?」

 一瞬いっしゅん司教しきょう様の顔がこわばって、ウルスラはなにか失礼しつれいなことを言ったのかとどきりとした。その直後、司教しきょう様はぐふっとこらえきれずにし、くつくつとかたふるわせてわらった。

「……いや……そうだな、うん。わたしはずいぶん昔から長命種ちょうめいしゅなのだ。だから、わかく見えてもサレイの数十倍は長いこと生きている。それに、精霊せいれい魔法まほうはたしかに昔の魔法まほうだが、サレイがその……年をとっているからくわしいわけではないんだよ、くくっ」

「す、すみません! お二人ふたり失礼しつれいでした」

「そうだな、わたしは気にしないが、サレイには内緒ないしょにしておこうな。

 サレイが精霊せいれい魔法まほうにくわしいのは、あの子が大精霊せいれい契約けいやくしているからだ。そしてわたし精霊せいれい魔法まほうにくわしいのは……うーん……わたし精霊せいれいのようなものと契約けいやくしているから、かな?」

「はぁ……」

 なぜそこで自信じしんなさげなんだろう、自分のことなのに。

「とにかく、精霊せいれい召喚しょうかん精霊せいれいの強さで持っていかれる魔力まりょくわる。伝言でんごんくらいなら音の精霊せいれい低級ていきゅうのをせばいいだろう。魔法まほう生命体を使つかてにするより、ずっと魔力まりょく効率こうりつがいい」

 そう言いながら、司教しきょう様はウルスラの左手を指さした。見るまに呪文じゅもんらしき文字列がウルスラの左手のこうあらわれる。

「一回分のおためけんだ。その呪文じゅもんに君の魔力まりょくを流せば、音の精霊せいれい伝言でんごん協力きょうりょくしてくれるはずだ。そうしたらその文字は消えてしまうから、また使いたいならその呪文じゅもんを今のうちにおぼえておくといい。おっと、図書室でやらないでくれよ、音の精霊せいれいたちはにぎやかなのが多いから……部屋へやに帰ってからやるようにね」

「ありがとうございます……!」

 魔法まほう生命体を自分でためすのもやってみたかったけれど、精霊せいれい召喚しょうかんのほうがずっと魅力的みりょくてきだった。一瞬いっしゅん力をしてくれるだけの精霊せいれい魔法まほうより自由が精霊せいれい召喚しょうかん。その存在そんざいは習ったものの、まだ授業じゅぎょうでは呪文じゅもんを教えてもらっていない。サレイ先生に、初等しょとう科では教えませんとハッキリ言われてしまっている。もっと精霊せいれいれ親しんでからでないと精霊せいれい機嫌きげんを悪くしてしまうからだと言っていた。でも、音の精霊せいれいかぎって言えば、〈音のたみ〉であるウルスラは仲良なかよくなれそうな気がしていた。

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