第5話 大波乱! 騎竜レース

 先頭がアザレイさんとおとうさん、少しだけおくれてガンホムさんをふくむ五頭の集団しゅうだん、多分そのあたりまでが騎士きしだんの中でもよりすぐりの乗り手なのだろう。王宮跡おうきゅうあとの下をくぐりにかなり降下こうかしてきたから、ようやくアテッタにも見分けがつきはじめたようだ。

 ガンホムさんのメスのりゅうは体が大きくてスピード勝負だとどうしても不利ふりだと思う。それで上位じょうい集団しゅうだんに食らいついているのだから、人馬じんば一体ならぬ人竜じんりゅう一体とはこのことだろう。いつの間にか手紙のことをわすれレースに集中しはじめていたウルスラは、一生懸命いっしょうけんめいに聞き耳を立てた。やっぱり、りゅうの動きに合わせて……いや、リードするように声をかけているんだ。りゅうにリズムをあたえてる。おもしろいな、ああやってそうりゅうするのか!

 王宮跡おうきゅうあとをくぐり先頭集団しゅうだん上昇じょうしょうしはじめたとき、ガンホムさんのりゅうがとつぜん口を大きく開けて、キカカカカ!とへんな声をあげた。するとほかりゅうたちがいっせいに、ガンホムさんのりゅうけるように進路をくるわせた。

「な、なに!?」

「あっ、聞いたことある……! カレン、あれメスのいかくの声だよ!」

「ええ、なんか声だしてたのにゃ!?」

「聞こえなかったです? キカカカっていう感じの……たしかりゅうはメスのほうがえらくて、オスはメスにはさからえないんですよ」

「まさかそのためにメスをえらんだっていうのにゃ!!?」

「分かんないですが、ガンホムさんならそういうの、得意とくいかも……!」

「やっぱりすごいねぇ、ガンホムさん!」

くさっても黒天騎士きしだんげん団長だんちょうってわけね」

「ミーシリー。くさってなんかないですからね、ぼくおこりますよ!」

「えっ、ごめんなさい……」

 ウルスラがついあつくなってめずらしく語気ごきを強めると、ミーシリーはひるんだ。まあこんな時くらいはいいか、とウルスラはあやまり返さずにレースに集中しなおした。ガンホムさんのさくにいちばんに対応たいおうして立て直したのは、おとうさんだ。くうぅ、とのどから声が出る。くやしいようなうれしいような気持ちで、ウルスラは自分でも気づかずにニコニコしていた。

「ガンホムさんが一番前で? おにいちゃんがディゾールさんよりちょっとおくれたかな、分かんなくなってきたねぇ!」

「カレン、精霊せいれいはだいじょうぶなのかしら?」

「あっ、うん、ちゃんとそれも見てるよー!」

「見てなかったわね。気をつけなさいよ、暴走ぼうそうするかもっていうんだから」

「うーん、まあねー?」

 ミーシリーはカレンのことが心配なようだが、カレンはあんまり手紙の内容ないようしんじていないみたいだ。今はレースを応援おうえんしたいよね、分かる。

 おとうさんはガンホムさんの後ろにぴったりとりつくことに成功せいこうしたみたいだ。りゅうの羽ばたきが少ない、前が大きいおかげで風よけになってるんだろうか。メスのいかくにも二度目からは動じなかった。もしかしてあの二頭、夫婦ふうふなのかな。蒼天そうてんにはたたかいに出るような強いオスはいないから、おとうさんが黒天のガンホムさんからオスの方をりたのかもしれない。

 二頭はぐんぐんみきを登っていく。おとうさんのほうのりゅうが、ガンホムさんの子にくらべてまだまだかなり元気だ。これはちょっと不利ふりかも。でも、先頭をゆずったところで、小さいオスでは風よけにならないだろう。このままトップスピードでけるしかない。二頭が畑の上の水平飛行ひこううつった。

「あれっ、なんだろ……? たしかにちょっとおかしいかも、精霊せいれいが……」

 となりのカレンが不穏ふおんなことをくちばしる。

呼応こおう深淵しんえんはすべての光を食らい過去かことする……」

 カレンがとなえはじめたのは精霊せいれい魔法まほう、しかも呪文じゅもん省略しょうりゃくしていない完全かんぜん詠唱えいしょうだ。つまり、フルパワーが出る。何をする気だろう、とウルスラがカレンに気を取られたちょく

『学園にいるみな! 大導師どうしサレイの名のもとに、その場を動かないで! 緊急きんきゅう事態じたいですが動かなければ安全です!』

 おそらくこの学園じゅうに、大導師どうし様からの強いねんとどきわたった。グッとウルスラの体が重くなり、屋根の上に両手をついた。そのままうごきが取れなくなる。

「おかあさん! どぎつい言霊ことだま使わないでよね……!」

 そう言うカレンは平気へいきな顔をして立っている。ああ、まだぼくはこの子を守るがわには立てないのか、とウルスラの心がきゅうっといたんだ。 精霊せいれい召喚しょうかん成立せいりつしたのか、カレンのとなりに黒いモヤがあらわれる。カレンがモヤに声をかけた。

「リン、海から何か来るよ!」

『だいじょうぶ。今は何もできないけど、形になった瞬間しゅんかんこわせばいいわ』

 モヤの中からカレンより少しおねえさんな声がねんで答える。

「分かった! 引きつけて、どーん! だね!」

「カレン、レースの人たちはだいじょうぶなの!?」

 ミーシリーが大きな声を出した。ウルスラより大導師どうし様の言霊ことだまいていないみたいだ。ちょっと、いやかなりくやしい。ミーシリーはカレンにこだわるだけあって、彼女かのじょ魔法まほう才能さいのうもじゅうぶんにあるのだ。

りゅうは……こわがるかもだけど……! 精霊せいれいをしつけるにはガツンと一撃いちげき必殺ひっさつじゃないといけないから、しかたない!」

りゅうレースは神様も見てるから、そっちは気にしなくていいわよ』

「さすがだねっ! じゃ、こっちはわたしのお仕事……!」

 そのころには、ウルスラの耳にも海がさざめき立つのがはっきり聞き取れていた。海の中に、なにか大きいものが生まれようとしている。これが精霊せいれい暴走ぼうそうなのだろうか?

「カレン、ディゾール様たちが畑をわったわ! りてくるわよ!」

「うん!」

 ウルスラの耳に、なんだ!?とさけぶガンホムさんの声が聞こえた。そうですよね、この異変いへんが聞こえますよね、あなたも耳がいい人だから……。どうか無事ぶじで、といのりながら、海からせまるなにかの音圧おんあつで、ウルスラはきそうになっていた。

「……地にねむおりほとばしれ、らいれて空おおえ。原初げんしょたましい、星の鼓動こどう、死の序幕じょまくにして生のなえどこ

 カレンがふたた完全かんぜん詠唱えいしょうを始める。声がふるえている。今や海からたモノは完全かんぜんにその姿すがたを見せていた。巨大きょだいなナメクジ、いや、ウミウシというのだっけ。まだ海中に体があるというのに、もう学園より高いところに頭らしきものがある。海中にびる大樹たいじゅえだつたって学園に向かってくるようだ。こわい。ぼくだってこわいのだから、カレンもこわくないわけがないんだ。ウルスラは何もできずに、カレンのれそうな鼓動こどうを聞いていた。

「今ことごとくせ、〈ぜつ──」

執行しっこうせよ、〈やみ氾濫はんらん〉」

 カレンの詠唱えいしょうが終わる前に、べつ呪文じゅもんとともに黒いほのおのようなかたまりが上空かなたからウミウシにみ、どおおぉんと地響じひびきのような派手はでな音を立ててその巨体きょたいばくさんさせた。

「っ、〈陽炎かげろう〉!」

 カレンがあわてて発動しかけた精霊せいれい魔法まほうを打ち消す。もうもうと爆発ばくはつ蒸気じょうきがたれこめる中から、ゴールに向けてんできたのは。

「おにいちゃん! 無茶むちゃするじゃない、もうっ!!」

 りゅうほのおのような黒いモヤをまとわりつかせたままの、カレンのおにいさんだった。

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