第十七話
◇◇◇
あの男が入ってきたら喋ることは決めていた。両腕の痛みは我慢できるものではないが、明日の朝の痛み止めの術式を待つより仕方ない。それより、もうすぐ食事を持ってくるはずだ。
「どうせ、時間ピッタリに来るでしょ、あの男は法律の奴隷みたいなものだから」
すると時計の針が六時を指す直前に扉が開いて尋問官と呼ばれた男が入ってきた。
「食事――」
「――私に法律を教えなさい!」
呆然とする男、確かベルナールと言っていた。
「ベルナールよ。公王が息女であるサーガ・オリオールに法律を教えなさい」
「……」
尋問官ベルナールはまだ呆然としている。何を言われたのか、真意を測るようにこちらを見つめていた。
「法律を学ぶことは法律で禁じられているのか?」
「……そんなことはない……が……何故?」
腹筋を使って上半身だけでも起き上がる……つもりだったが両腕を折られた痛みは尋常ではなくとても身体を動かせない。痛みに硬直してから、また同じ姿勢に戻った。
仕方ないので首だけまっすぐ男に向ける。
「私を痛めつける法律とやらを学ぶ為です。敵を知らなければ戦えませんから!」
「……」
無言でサイドテーブルにパンの乗った皿とコップを置いていた。すると、そのままこちらを向かずに立ち去っていく。
「ま、待ちなさい! 法律を――」
「――もう一度聞く。何故学びたい?」
椅子を持ってくるとベッドの横に置いてから座ってくれた。こちらを見ているが少し困惑している。
「つべこべ言わずにこの国の全ての法律を教えなさい」
「全て?」
余計に混乱したのか、困惑の色だけがありありと分かる。
「そうよ。体系的に学びたいの。だから十四日間で全ての法律を教えなさい」
この十四日というのは二日間の安息日が七回あるという予想の元だ。これが違うとなると、何かもっと恐ろしい『尋問』が待っているということになる。
こちらも固唾を待ってベルナールの答えを待つ。
「十四日で全ては学べない」
予想が当たったらしい。思わず笑みが溢れそうになる、けど我慢して高圧的な表情を崩さない。
「では全体の体系と、この尋問に関わる法律を教えなさい」
「……」
「どうせ私はこの国の法律を全て学び、全て覚えるつもりでした。だから、この無駄な時間を有効活用したいのです!」
私にこの国の法律を学ぶ機会が与えられるかは分からなかった。だけど、今はこの国で生きることを許されたら、全ての法律を覚えようと思っていた。ちなみに関わった人の名前、国土全てと足を踏み入れた土地の名前も全て覚えるつもりだ。
そうだ。私は王位継承権持ちとして愛する我が国を良くする為に努力を惜しむつもりはない。
(だからこそ、こんな悪魔崇拝みたいな法律、絶対に許せない!)
「教えなさい!」
「……」
すると、無言のままに椅子から立ち上がり、部屋を出ていってしまった。
「……諦めないわよ……顔見る度に訴えて――」
「――教えないとは言ってない」
数冊の分厚い本を抱えて再度部屋に入ってきた。
「ベルナール……」
「教師に対して呼び捨てはやめてもらおう。この時間だけは先生と呼びなさい」
「えっ? あっ……はい!」
◇◇◇
(法律に操られているなら、それはそれで活用するだけだ。尋問官ベルナール、さぞ謎な状況だろうが私の役に立てること、嬉しく思うが良い。お前が役に立つ男なら重用してやる)
頭の中では上から目線で見下げて心のバランスを取ることにした。
「では先生、聖教律なんて腐った法律――」
「――法律には敬意を持ちなさい」
「ぎぎぎっ……」
思わず歯軋りしてしまう。『両手を折られて敬意もクソもあるか』などと頭の中で口汚く反論するが、心を落ち着けるために寝たまま深呼吸する。
「ふぅー……はぁはぁ。わ……分っかりました! ベルナール、では――」
「――先生」
「ぐぐっ……」
ダメだ、『罪を憎んで人を憎まず』など戯言だ。罪を冒した側に都合が良い台詞だ。決して弱者の、被害を受けた側の言葉じゃない。
(お父様、サーガはとても聖人君主にはなれそうにありません!)
「はい、先生!」
だが、ここは押し殺す。ここで小さな反抗を示して溜飲を下げてる場合じゃない。目的は、この事態を打破する作戦を考えること。次にこの腐った法律を変えること。
(家庭教師として教えにきた学者達を何度怒らせて帰らせたことか。でも、サーガ! 今だけは我慢よ!)
「私の腕を折った法律を詳しく教えなさい」
「先に体系を学ぶべきだ。細かな法律など後回しに決まっている。今回の生徒はあまり頭の働きが良くないようだね……」
「ぐぎぎっ……」
溜息を吐きながら毒を吐くベルナール。そしてブチ切れそうになる私。しかし怒りに震えるだけで涙が出るほどの痛み。歯軋りして耐えるしかない。
「わ……痛たっ! くっ……分かりました。先生、お願いします」
「宜しい」
「ぐぎぎっ……はい……」
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