第十六話

◆◆◆



「どうせ耐えられて数日だろ? 面倒だ。ここで処刑しても良いと思うが?」


 司法局のワイズマン局長が尋問官のベルナールに呆れた口調で告げている。書類一つ置かれていない机には干し肉や酒が置かれていた。まだ他の部屋の文官は仕事中だが、関係ないらしく既に顔は真っ赤だ。

 そんな醜態を気にする様子もなくベルナールは真っ直ぐ局長の方を向いていた。


「いえ、法律は護られなければいけません。関係性が判明するまで処刑はできません」

「堅物だな……まぁ良い。結果は同じだ。女の悲鳴をたっぷり味わうが良い」


 ほんの僅かだがベルナールの拳の握りが強くなった気がしたが、また元に戻っていた。


「侮辱はやめてください。職務です」

「ははは、悪かったな。下がれ。また明日報告してくれ」

「分かりました」


 そのまま踵を返すと部屋から出ていった。局長のワイズマンは干し肉を噛み砕きながら閉じられた扉を睨みつけている。


「堅物め……まぁ良い。役に立つ間は使ってやろう」


 グラスに入った酒を一気に飲み干しと、少しだけ不機嫌そうな顔をした。しかし、すぐにニヤリと笑みを浮かべる。


「まぁ、生意気な小娘が苦しむ様は悦楽の一つだ。楽しませてもらおう」


 呟く顔は人が変わったように邪悪な表情をしていた。



◆◆◆



「俗物が……」


 ベルナールがこの職についてから既に十年以上が経っている。初代の局長はこの拷問と言って良い所業が決まると一人目の執行前に辞職してしまった。二代目も精神が保たず二人目の執行前には早々に異動していく始末だ。

 そんな中、颯爽と現れたのが三代目のワイズマン局長だった。無慈悲にサインを書き、それ以外は昼間から呑んだくれている。


「どうにもあの男は好きになれん……」


 独り言を呟きながら本日の尋問について報告書に纏めていた。被疑者は悪態を吐きながらも二日目を乗り越えた。明日の尋問三日目を乗り切ると、一ヶ月を耐え切る事例が多い。


「と言っても……」


 今までの二十四人の被疑者の中で十三人が罪を認め、五人は使に耐え切れず死んでしまった。

 この尋問地獄から生還したのは六人だけ。その誰もが『ミクトーラン卿』に強い憎しみを持っていた。その憎しみこそが生きるための道標を明確にするのかもしれない。

 そして、今回の被疑者も強い憎しみや強烈な怨みを隠していない。彼女も生き残る予感がしていた。


「しかし結局は……」


 何故か凄惨な尋問を乗り越えた六人全てが尋問が終わると聖教騎士団への加入を申し立てていた。加入することで半年の幽閉を免除されるとなれば救いの手に見えるのだろうか。


 局長の命令に従い悲鳴を上げる被疑者の腕を無表情に折る白づくめの騎士達を思い浮かべる。あの中にサーガという少女が入るのは似合わない。


(どちらかというと局長のケツを蹴り上げる方が似合っている)


「くくっ……さて、法律に従い食事を差し入れるか」


 メニューはいつもと同じ。水とパンだけをトレイに載せると尋問室に向かった。

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