第2話
その出来事を皮切りに、最近、妙なことが多い。
ある時、知らない男子生徒が教室を尋ねて来た。どうやらクラスメイトの男子、小林新の部活での後輩みたい。自分には関係ないだろう、と何人かの友達と話していた。
「おい渡辺ー。お前に用事らしいぜー。」
小林に私の名前を呼ばれ、顔を上げる。ニヤニヤした彼に手招きされた。その男子生徒と目が合う。何故か頰が赤く見える。どうやら私に用事みたい。どんな内容か分からないけど。
先程までに話してた友達が小さな悲鳴を上げた。もしかして告白?えー凛に?と盛り上がる。ちょっと、えー私に、ってどう言うこと。確かに顔普通だけどさ。ジト目で睨むと、逸らされる瞳。その後早く行って来なさい、と手でしっしっとおざなりに払われる。
……みんなひどい。少し胸が痛んだ。眉が下がるが、用事がある人がいると言うことで、口角は上げたまま。皆に煽られたのもあり、少しだけ緊張でもぎごちない動きになる。
ゆっくり(実際は気分が下がりトボトボと、である。)と近付くと、後輩の男子生徒は目を丸くし、パチクリと瞬きをした。顔が固まったように見えたのは気のせいだろうか。先輩である小林に声をかけられると、ハッと我に帰ったように笑顔を貼り付けた。何だろう、おかしい。
「えっと、先輩?ちょっと来ていただけますか?」
「良いよ。」
控えめに声をかけられ、廊下に出る。そして、こちらに目を合わせると、眉を下げて尋ねられた。
「俺、小林先輩の部活の後輩の、森悠斗って言います。えーと、渡辺先輩?で、会ってますよね?」
「うん、合ってるけど……。それがどうしたの?」
首を傾けると、彼は今度こそ引き攣った顔をした。これは告白はないな。間違いなく、ない。良くて罰ゲームでしょう。身構えていたのが解けた。騒いでいた友達達の顔を思い浮かべる。もしかしたらガラスを通して見物しているのかもしれない。今それを確認することは出来ないけれど。意識が逸れそうになるのを目の前の男子生徒に戻す。
それにしても出会ったばかりの子に、何もしてないのに、そんな顔されるって……。何で?私平均より身長低めだし、寧ろ後輩の彼の方が高い。そんな怖い顔してないよ??罰ゲームならまだしも。苦々しい気持ちになり眉を寄せる。
そんな中、彼は勢い良く頭を下げた。
「すいません、人違いだったみたいです!」
え?下げられた頭に焦る。まあそれはそれで良いけど。長時間取られたわけじゃないし。でも何が何だかわからない。下を向いたままの彼の頭に、慌てて手をブンブンと横に振る。
「大丈夫だよ。……とりあえず顔上げて?」
ひとまず顔を上げてもらわらないと。廊下だと人の目が気になる。顔を近づけ、なるべく優しく声をかけると、彼はすぐに頭を上げた。
「すみません。小林先輩もさーせん!ありがとうございました!」
彼の先輩に当たる男子のクラスメイトにも頭を下げ、最後にこちらに会釈してから、去って行った。
彼は友達と合流して去って行く。その会話が聞こえてしまった。
「え、早くね?どうなったの?すぐってことは、もしかしてフラれたのか……。」
「違え。そもそも勘違いだよ、勘違い。この前外で誰かと話してるのを少し離れたところから見たんだ。めっちゃ可愛い子に見えて告白しようとしたのに。聞こえた名前を頼りに探した。勘違いとかねーわ。」
「え?マジで?名前も聞いたのに?」
「そうそう。」
何それ?許せない。追いついてひっ叩きたいけど、流石にやめといた方が良いかな。
クラスメイトの小林に目を向けると、一緒に聞いていた彼はあからさまに引き攣った顔をしていた。下ろしたままの拳を握り一歩踏み出すと、両手を上げて後退りされる。
両手を上げるなんて、私を凶器を持った人間だとでも思ってるのかな??ん?
眉を顰め、去って行った後輩達を顎で示した。固い声で告げる。
「森君だっけ?彼に言っておいて。思ったより可愛くなかった、何て言ってるうちは、一生彼女出来ないよ。って。」
「後輩の代わりに俺が謝るよ。ごめんな。あいつには後で怒っておく。だから俺に怒らないでくれよ。」
申し訳なさそうにし、頭を下げる彼。それにため息を吐いて瞳を閉じ、気分を落ち着かせる。
「分かった。」
「助かるよ。」
彼は顔を上げ苦笑した。
まあ、彼は悪くないしね。
席に戻ると、友達は想像していたのより速かったのだろう、目を丸くしていた。一人が、眉を下げ何でそんなに怒ってるの?と眉を下げて尋ねて来た。ドス、と勢い良く椅子に腰掛け、一通り説明する。思ってたより可愛くなかった、と言われたことを言う。すると空気が重くなり、彼女達は激怒した。
「最低。」
「勝手に勘違いしといて可愛くなかった、なんて。そんな奴と付き合うなんてお断りだわ。」
次々と上がる怒りの声。それに私は同意する。
「ね。思わず引っ叩いてやろうかと思ったわ。小林に謝られたけど、彼が悪いわけじゃないしね。」
遠目でこちらを見て様子を窺っている小林を手で差すと、何人かが納得した。友達の中には何も言いこそしないけれど彼を睨んでる子もいる。彼は居心地悪そうに身じろぎしていた。それにはまあまあ、と宥める。中には本当に引っ叩いてやれば良かったのに、と言う子。流石にそれはね、と苦笑いした。全く冗談じゃないよ。
その後、暫くはその話題が続いた。皆で不満を言うことで、ザバァ、と荒々しく波打っていた心が平常に近くなった。
しかし、名前まで聞いたのに人違い?勘違い?ってあるんだなあ。まあ少しも笑えないけど。ふん、と鼻で息を吐いた。
他にも変なことがあった。
別の日。授業が終わってホームルームの後。担任の後藤先生に呼び出された。何かしたっけ?咲を含めた友達と顔を見合わせる。
「何かしたの?」
「いや、何も……。」
眉を下げると、咲はとりあえず、と言う風に手を横に振った。
「行って来なさいよ。部活行くまでの間に戻って来れば話を聞いてあげるから。」
「そうね。」
「いってらー。」
手を振って見送る友達に苦笑して向かう。他人事だなあ。指定された場所まで重い足取りで歩いて行く。廊下からは解放された、と言う様子の生徒達の騒ぎ声。私はまだ先生との話があるよー。そっとため息をついた。
「失礼します。」
ある部屋に入ると、後藤先生が椅子に座って待っていた。手前に椅子があるので、そこに座る。そして、彼の顔を見上げる。彼は静かにこちらに目を向けている。先手必勝ばかりに話を切り出す。何だか分からないけど謝っておこう。
「あの、すみません。私、何かしましたか?」
「いや、分からない。俺もあれが渡辺だったのか……。」
先生は、眉を下げ困った顔をしていた。どう言うこと?首を傾け、視線で続きを促す。
「渡辺、3時間目どこで何をしていた?まさかサボったりしてないよな?」
「え!普通に授業を受けていましたよ。体育でした。」
真剣な声で言われたそれに、驚いて椅子から腰を浮かす。声を上げてしまった。その時間は普通に授業だった。体育で、テニスをやっていたよ?
「西村さんや他の生徒と一緒に。体育の先生も見てるはずですよ??」
冤罪だ、と眉を寄せると、先生もだよな、と頷いた。
「先生も体育の教師や他の生徒にも聞いたんだ。渡辺と仲の良い西村にも聞いた。ちゃんと授業に出ていたと。だから困ってるんだ。」
先生は瞳を揺らした。何?どう言うこと?体育の金子先生にも聞いたらしいのに、何故担任の後藤先生に聞かれてるの?そこで、早く行くように言っていた咲の対応を思い出す。先に先生に聞かれてたからか。
「先生、どういう事ですか。」
「すまん。先生にも何だか……。実は変なことがあったんだ。」
やや厳しい声で尋ねると、先生は謝り、3時間目のことを話し出した。それはおかしな内容だった。
◆◆◆
3時間目、教師である俺、後藤陸は職員室の近くを歩いていた。すると、やや遠くに後ろ向きで立つ一人の生徒を見かけた。この時間帯は授業であり、生徒は基本的に彷徨っていているはずがない。俺は眉を寄せた。少し近付くと、茶髪の女子生徒だと分かった。後頭部しか見えなかったんだが。だが俺はあれは自分のクラスの
具合が悪いならともかくだ。保健室は俺の後ろで遠く、付き添いもいない。渡辺は後ろを向いていたからな。相談室の近くでもない。自分のクラスの生徒がサボった。それもわざわざ教師が通る職員室の近くに来ているなんて、と呆れたよ。それで、担任の教師としてちゃんと叱らないと、と判断した。
「渡辺!授業中だぞ!具合が悪いわけでもないなら早く授業に戻るんだ!」
遠いのもあり大きな声で注意した。
今考えると失敗した、って思うよ。追い込むことになったかもしれない。実はなかなか保健室に行けなかったのかもしれない。前屈みで具合悪そうにしてたのかもしれない。色々想像するべきだったな。
だが流石にフラフラしながら去っていこうとしたら、追いかけるつもりだった。様子を聞いて場合によっては保健室まで付き添うつもりだったよ。と言っても入り口までな。男性教師の俺と一緒だと女子は色々気まずいかもしれないだろう?
まあともかくだ。声をかけた後、その女子生徒が体を半回転させ顔を向けたのが分かった。
でも、それだけ。弁解するわけでもなく、慌てる仕草もなく、会釈もない。顔を向けただけで、すぐに後ろを向いて去っていったよ。フラフラしてる感じもなかった。普通だったね。確か女子は体育だったな?そちらに向かいもしなかった。まあ後で向かった可能性もあるが、それはないな。何だあれは!流石に怒りを感じてしまった。
後で怒ろうと思ったけど、遠目だったからな。渡辺ではなく見間違いと言う線もある。そこで体育の教師や西村達に聞いてみたんだ。そしたら渡辺は普通に授業に出てたって言うじゃないか!混乱したけど、俺の見間違いだってことで納得したよ。多分別の生徒だったんだな。まあそれでも注意はしたが。
まあそれで渡辺じゃないことは分かったが、念の為に呼び出して聞いたんだ。
◆◆◆
「と、言うことなんだよ。疑って悪かったな。」
先生のその言葉を最後に、暫く部屋を静寂が包んだ。先生は申し訳なさそうな顔をしている。瞳に怒りは全く見えない。
そんなことがあったんだ。それなら先生に疑われても仕方ない……でも、授業にはちゃんと出てたし。もう一度言うと、分かってる、と言うように先生は頷いた。先程とは違い穏やかな目でこちらを見ている。
安心して良いはずなのに、背中に冷や汗が流れる。何か最近多くない?こう言うの。今までのことを振り返る。寝込んでいた時に見かけた、外で他の人と話してるのを見かけた、職員室の前で見かけた……。私は違う場所にいるのに。寒気がする。
「悪かったな……。でもちゃんと授業に出てた、って聞いて安心したよ。」
何も言わない私に、改めて謝罪する先生。私は笑顔を張り付け何とか答えた。
「いえ、大丈夫です……。」
微笑む私に安心したのか、先生は更に続ける。
「遠くから見て、顔も良く見えなかった。茶髪の生徒も沢山いるのに、何故か渡辺に違いないと思ったんだ。俺変だよな。すまないな。」
「良いですよ。」
手で頭を掻く先生。それに、自分は笑顔で答えられただろうか。
廊下に出て、そのままトイレに行った。独特の匂いが鼻につく。個室に入って蹲った。誰も入って来ないと言うことが安心感を与える。顔を触ると強張っているのが分かる。多分今の私の顔色は真っ青だろう。
「どう言うことなの……。まさかあれもこれも全部……?」
心が不安で埋め尽くされた。暫くして、落ち着いた頃、とてつもない孤独感を感じる。扉を勢い良く開けて友達の元へ向かった。
その後先生と何があったのかと問い詰められた。
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