可愛くなりたい私 〜学園の怪異の謎と異変〜【完結】

ナナミ

第1話


(無音)


◇◇◇


 東にある太陽が校舎全体を明るく照らしている時間帯。私は鞄を片手に学校の踊り場にある鏡を見ていた。平均よりもやや低めの身長、茶髪のポニーテールに黒色の瞳。スカートの制服の上にあるのは見慣れた私の顔。ニ、と笑ってみても、そんなに変わらない。普通の顔だ。友達から言えばどちらかというと可愛い系、みたいだけど。はあー、とため息をつくと、鏡の中の私も俯きがちに暗い顔で口を開けた。


「あー、私の顔がもっと可愛いかったらなあ。」


 口からどんよりと情けない声が出る。目を細め鏡の中の顔を睨んでいると、右上の階段の少し離れたところからソプラノの声が聞こえて来た。


「凛ー、英語の授業始まるからそろそろ移動しないとまずいわよ!」


 やぼい。教室が少し離れているから、向かわないと。私は声の主のところへ向かった。追いつくと、やや身長が高めの女子は、黒色の瞳を呆れたように細め、首を下げてため息をついた。彼女の前髪が顔にかかり、顔を上げた時に片手で払った。


「ごめんごめん。」


「まあ良いわ。まだ時間あるから。行こう。」


 二人で並んで廊下を歩き出す。黒髪のミディアムヘア、可愛い系の顔立ちの彼女は西村咲。同級生で中学時代からの友達だ。ちなみに私達は高校二年生である。


「待ってたのに中々来なかったけど何してたの?」


 咲は歩きながら首を傾げ眉を顰めて聞いて来た。それに苦笑いし、先程までいた場所を指差す。


「鏡見てたの。あーあ、可愛くなりたいなー。」


「分かるー。可愛い子や美人って得よね。Bクラスの美人の橋本さんとか良く告白されるらしいし。」


 そこまで言ってから、咲は一度立ち止まり辺りをキョロキョロと見て近くに誰もいないのを確認した後、私の手を引いて端によった。そしてちょいちょいと指で手招きするので、顔を近付けた。彼女は私の耳に口元を寄せ、ボソボソと真剣な声で囁く。


「……ここだけの話、その子、Cクラスのイケメンの池田君と付き合ってるらしいよ。」


「え、本当?」


 驚き、目を丸くして尋ねる。真剣な顔で、本当だと示すようにゆっくり首を縦に振る彼女。学校外で、二人が身を寄せ合っているのを見た人がいるらしい。それに、良いなー、と呟く。イケメンの彼氏がいるなんて良いなあ。美男美女のカップル、って感じ。憧れる。詳しい話は教室へと歩きながら聞いた。


◆◆◆


「ねえ知ってる?踊り場の鏡の話。」


 窓から東の太陽の光が差し込んでいる。授業の休み時間。ある友達が唐突に切り出した。それに、首を傾げる。


「何?それ。聞いたことないなあ。」


「私もないわ。」


「私もー。」


「あ、私それ知ってる!」


 咲や他の友達も私に同意する中、ある友達が一人だけ身を乗り出した。


「確か、自分の顔が動くとかって言う怖い話でしょ?良くあるやつ。」


「あら、言われちゃった。でも、そうそう。あってるよ。」


「えー、怖ーい。でもそれ本当?」


「確かに怖い……。私あの鏡時々見るのに。」


 友達に同意し呻く。寒くなった気がして両腕を摩った。咲も頷く。


「良くある話だけど、自分の学校に、って聞くとちょっと怖いわよね。」


 それに、最初に話を切り出した子が神妙に頷く。そして、人差し指を上に向けた。


「そう。たまに動くんだって。目線が合わなかったり、手を動かしたのに動いてなかったり。友達の先輩が見たとか見てないとか。」


「あれ、意外と遠い人からの意見なんだ。」


 途中で肩透かしを喰らった。脱力した。


「何それー。」


「また聞きね。」


「私も聞いたわよ。……先輩から。」


「もう良いよー!」


 呆れる咲達。詳しく話してくれた子も人から聞いたものみたいだ。

 その後は皆で笑った。多分皆本気で怖いと言うより、その場の雰囲気で怖がったと言う感じだ。

 その後は別の話題に流れた。怖い話よりは、楽しい話の方が良いよね。


◇◇◇


 一番日が高い、明るい時間帯。お弁当を食べた後、私、渡辺凛は教室で自分の席で同級生の咲と話していた。彼女は一時的に横の席に座っている。話の内容は最近見たアニメやドラマの話だったり、好きな本の話だったり。先生の愚痴をお互いに話したりもした。


 話が一度途切れたところで、咲がじっとこちらの顔を見ているのに気付いて、聞いてみた。


「凛、最近綺麗になったよね。何かしてるの?」


「え、本当!?でも、何もしてないのにな。」


 真剣な目つきで尋ねる咲。当然言われたそれに嬉しくなるが、首を横に傾けた。特に私に心当たりはない。いつも通り化粧品でスキンケアをしているくらいで、それくらいは皆やってるよね。咲は私の返事に眉を顰める。


「え、嘘、絶対何かやってるわよ。肌が全然違う。それに何か光輝いて見えるわ!」


 私の顔に彼女はそっと指を沈めた。頰がスゥッと沈む。指でフニフニ、と何回も頬を沈める。くすぐったくて笑ってしまった。


「ほら!」


「フフ、くすぐったいよ。嘘じゃないって。何でだろうね?」


 頬を膨らます咲をやんわりと止めて、細目でクスクスと笑いながら、私は首を傾げた。突然そんなこと言われるなんて。


「でもそんなこと言われるなんて、嬉しい!」


 私は、頬を両手で包む。嬉しさに満面の笑みが溢れる。


 数秒後咲は指を離し、思い出したように口を開けた。


「そういえば、踊り場の鏡撤去されるらしいわ。」 


 思いがけない話題に、目が丸くなる。パチクリと瞬きをした後、首を傾けた。脳裏に踊り場の光景が浮かぶ。あれは大分古い鏡だ。そうなの?あの鏡が?撤去?


「そうなの?」


「そうもう古いし。何か変な音がするらしいの。……まるで声みたいだって。」


 こちらに顔を寄せ、眉を顰めて低い小声を出す咲。良く見ると口元が緩んでいて、こちらを怖がらせようとしてるのが丸分かりだ。


「ウッソだー。」


 アハハハ、とカラカラと声を上げて笑うと、彼女は眉を吊り上げた。


「嘘じゃないわよ!先輩や部活の後輩も聞いたって!」


 目論見が外れそれがバレたのもあってか、頬を赤くして声を荒げる咲を、手を上げてまあまあ、と宥める。そして、目元を緩めたままある点を突っ込んだ。


「でも咲はその声を聞いてないんでしょ?」


 咲は罰が悪そうな顔をした。そして小声でボソボソと答える。


「そうだけど……。」


 それにクスクスと笑うと、咲は顔を赤くし不貞腐れ、口をへの字にした。ジト目で見つめられる。流石にこれまでにしとこうかな。拗ねそうな彼女に、別の話題を振った。


「そんな話は良いよ。それより、今度カラオケに行くんでしょ?」


 明るい声で話を振る。それを聞いて、目尻が緩み口角が上がった咲に内心笑ってしまった。表情がくるくる変わる。


「そうそう!今週の土曜の午前10時ーーのバス停に集合よ!遅刻しないでね。……前みたいに風邪引いて前日にドタキャンはなしよ?」


 顔を覗き込み、やや圧のこもった笑顔をする彼女に寒気が走った。首をブンブンと縦に振る。体調にも気を付けます!もうしません!


「その節はごめんなさい。体調管理に気をつけます!本当にすみません!」


「そうそう、気をつけなさい。約束よ!」


 手合わせて頭を下げると、咲は念押しした。しばらくして顔を上げると、眉を吊り上げた彼女が見える。眉を下げたまま見つめと、数秒後、彼女はふっと目元を和らげる。


「もう謝るのは充分よ。」


「はい。」


 また謝罪の言葉が出来そうになり、口を一度閉じてから返事をした。


 空気を変えるように暫く雑談をした後、咲がふと教室の入り口を見て面白い、と言うように片眉を上げた。


「あ、あの人達またこっち来てるよ。凛目当てじゃないの?最近貴方モテるわね。モテ期かしら?」


 目を細めてニヤニヤと笑みを浮かべて冷やかされた。彼女の言葉に空笑いして、私もそちらに視線を向ける。たまたま、よっぽどじゃない限りそのうち興味が消えるよ。彼氏が欲しくないわけじゃないけど、全く知らない人にそう言う気は持てない。今まで全くそう言うことがなかったのなら尚更だ。何で急に?とは思うけどね。苦笑して、話を逸らす。


「そうじゃないよ。咲にもそのうち良い人が出来るって。」


「話逸らすの下手すぎ!それにそのうちっていつよ!」


 咲にケラケラと笑いながら突っ込まれた。それは私にもわからないかな。縁があれば、なんて言ってもしょうがないだろう。


「良いわねー、私もモテたいわ。」


 そう目を細めて言う咲にアハハ、と空笑いした。


 再び教室の入り口に目を向けると、コソコソと覗く数人男子達がこちらを見ていた。ニコ、と微笑むと、数人の顔が赤く染まる。そこで、あれ?となった。一人目線が合わない人もいる。彼の視線を辿ると、隣の咲の方を見ている。……寧ろ安心した。皆こっちを見てるなんて怖い。よっぽどの美人かアイドルでも限り、皆が皆一人を見てるなんてことはないよね。


 ……それこそ、有名人の顔にでもならない限り。


 だけど、と目が緩む。咲の方へ目を向けた。彼女にも彼氏作るチャンスはあるよね。


「突然どうしたの?鼻歌なんて歌って。」


「え?……何でもないよ。」


 いつの間にか鼻歌を歌っていたらしい。訝しげにこちらを見ている彼女に、笑顔を張り付け横に首を振る。慌てて手を振って誤魔化した。


◇◇◇


 夏、良く晴れ太陽がカンカンと照り付けている。今日は金曜だけど、祝日で休みだ。家の中で過ごしていると、凄く暑いのに、昼間にくしゃみが何回も出た。エアコンの温度は程々にしてあるのに変だ。何枚もティッシュを使う。私は花粉症持ちだけど、春以外になったことは一度もない。おかしいなあ。リビングでテレビを見ていたお母さんが顔を上げ、黒い瞳をこちらに目を向けた。


「やだ、風邪?」


「まだ分かんない。……そうかもしれない。」


 白い紙で鼻を抑えて噛む。お母さんが眉を顰めた。


「熱を測った方が良いわよ。確か明日咲ちゃんと遊びに行くんでしょ?熱あったら早めに連絡しなさい。」


「はーい。測ってからそうする。」


 ティッシュをゴミ箱に捨て、棚から体温計を出し、脇に挟み、椅子に座り直した。ピピっ、と鳴り、見てみると、37.6℃。うわあ。


「うわー、最悪。」


「何度?」


「37.6℃。」


 それを聞いてお母さんは眉を顰める。


「これからもっと上がるかもしれないわね。」


 視線で行動を促すお母さんに分かった、と返す。そして、咲に電話した。彼女はすぐに出てくれた。


「ごめん、咲。明日遊びに行けなさそう。実は熱があって……。今は37℃後半なんだけど、これからもっと上がるかもしれないの。移っちゃうかもしれないし。ごめんね。」


「え、明日行けないの!?……でも、そう、熱があるなら仕方ないわね。鼻声だし。分かったわ。また今度ね?」


「うん、……ごめんね。風邪治って暫くしたら遊びに行こう。埋め合わせするよ。」


「分かったわ。それより早く治して。治った時にまた学校で会いましょう。出かけるのはまた今度で良いわ。お大事に。」


「ありがとう。」


 そして、その後すぐ布団に入って休んだ。土日は休み、風邪が大分治ったので、マスクをして登校した。


 登校した朝、教室で咲に治ったよ、と声をかけようとすると、彼女は眉を吊り上げた。腕を勢い良く掴まれる。骨がキリキリとしていて痛い。


「痛い!」


「ちょっと、こっち来て。」


 固い声で言うと、周りで様子を窺うクラスメイトを無視し、ずんずん、と廊下の先を進む。そして、一階に来たところで、腕が離された。腕を撫でつつ、困って彼女を見る。吊り上がった黒い瞳の奥に炎が見え、思わず数歩後ろに下がった。


「どうしたの?」


「どうしたの、じゃないよ!」


 空気を震わし大声で叫ぶ彼女に、ビク、と肩が震える。彼女は凄い形相をしていた。


「私は、金曜に貴方から風邪引いていけないって聞いたわ。だから仕方ないって諦めたの。なのに土曜の昼頃出掛けていたら、別の友達と貴方が話してるのを見た。目を疑ったわ。熱出たって嘘だったの!?大したことなかったってこと!?」


 勢い良く詰め寄る咲。ソプラノの大きな声に耳がぐわん、とする。頭を押さえた。


 外で別の友達と話してた?土曜は熱が高くて殆ど寝てたし、家族以外とは会ってない。少なくとも外には出ていない。勘違いじゃないの?怒り心頭、と言った様子の彼女に手を上げて弁解した。


「違うよ。土曜は熱が高くて殆ど寝てたよ。具合悪いのに咲との約束破って、他の友達と会ったりしてないよ。今日もマスクしてるし。家にいたのは家族も見てるよ。」


 つらつらと説明すると、彼女は怒った形相のまま片眉を上げた。信じられない、と言った様子である。暫く宥めて、もう一度説明する。彼女は眉を寄せ腕を組んだ。


「じゃあつまり、貴方は土曜は外に出て来なくて、治ったのは昨日。私が見たのは人違いだってこと?」


「少なくとも私は違うよ。何だったら後で携帯で私のお母さんにメッセージ聞いてみる?」


 今日はお母さんの仕事が休みだから、聞ける。そこまで言うと、彼女は納得し切れていないようだけど、何とか怒りを収めてくれた。昼にお母さんにメールをした。その後放課後まで少しギクシャクして気まずかった。時折マスクを下げ鼻を噛む私を見て、彼女もそれ以上責めようとはしなかった。


 そして放課後、お母さんからのメッセージを見ると、家に寝てたじゃない、まだ具合悪いの?と返信が来た。それを見せると咲は、とりあえず納得してくれたらしい。お母さんにお礼と大丈夫だと言う返信をしてから、スマホを切った。お互いに謝り、仲直り。帰ったらお母さんに大丈夫か聞かれたので、きちんと体調に問題はないと答えた。


 ……精神的に疲れた。


 ちなみに、その二週間後、ちゃんと埋め合わせはしました。ショッピングモールに二人で行った。服を見たり、ドリンクを購入したり。キャラメルフラペチーノは甘くて舌の上で溶けるような食感で美味しかったです。

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