第32話 過去最大にやばいらしい〜其の三〜

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 五年前、ラヴィニアが勇者たちの勧誘を受けていたのは聖騎士団特殊行動部隊に盾役の実力者がいなかったからだ。 正確に言えば、当時の魔王相手に立ち回れる実力者は勇者くらいしか存在していなかった。

 

 魔王メルキオールは、人類が相手するにはかなり強すぎた。 それ故盾役のメンバーは今回仲間として招集されたジェラードを合わせれば八度目の世代交代を余儀なくされている。

 

 魔王の呪法は生命力を燃やし尽くす防ぐことのできない黒炎。 その黒炎に焼かれたものは生命力が尽きるまで焼き尽くされる。

 

 どんな防御魔法も等しく焼き尽くし、生命力が多い実力者達も、ただ魔王の黒炎を激化させるだけの薪でしかなかったのだ。

 

 だが、ラヴィニアの透明障壁は、唯一魔王メルキオールの呪法に対抗できる最強の盾だと期待されていた。

 

 ラヴィニアの障壁は自身から離れた場所に飛ばせることができる。 魔王の黒炎を障壁に防がせても黒炎は自身に引火せず、魔王以外の幹部たちの攻撃すらも障壁でガード可能。

 

 更には飛ばした障壁を自在に操作できるため、あえて黒炎に燃やさせた障壁を相手に衝突させるなどの応用までできるのではないかと、全人類が期待に胸を膨らませていたのだ。

 

 ラヴィニアは間違いなく人類の希望と呼ばれるほどの実力者だった。 盾役としても攻撃役としても全く持って隙はないとまで称されていた。

 

 だが、それは相手が魔王メルキオールだった時の話。

 

「流石だな不落要塞。 その障壁は壊せるものなど存在しないだろう」

 

「クソが! やっぱりこいつはやりづらすぎる!」

 

 勇者ユージーンが聖剣を振るう軌跡にラヴィニアの障壁が幾重にも重なり立ち塞がるのだが、ユージーンの聖剣は全ての障壁をように通過してラヴィニアの喉元をかすめる。

 

 危うく首が飛びかけたラヴィニアは、たまらず大きく距離を取った。 すると、距離が空いたユージーンとラヴィニアの間に鎧の巨漢、ジェラードが体をねじ込んでくる。

 

「我々三人を相手にまともに立ち会えるとは、その実力は健在のようだな。 ラヴィニア殿」

 

「うっぜーなこの野郎!」

 

 ラヴィニアは基本的に、破壊不可能と言われている障壁をあらゆる形に変え、それをぶつけて相手にダメージを与える。

 

 拳を振るう際は拳を覆うように障壁をまとわせ、距離を開けて戦いたい際は武器の形に変形させ、遠距離で戦いたい際は障壁を飛ばして相手を挟んだりする。

 

 変幻自在の戦闘スタイルと、鉄壁の守り両方を起用にこなす万能な盾役だ。

 

 しかし、この時代に盾役として招集されているジェラードの戦闘方法は、彼女と違って実にシンプルなもの。

 

「構成、魔法障壁。 変形、片手剣。 うらぁ!」

 

 障壁を片手剣へと変形させ、立ち塞がったジェラードに振り下ろすが、構えていた大盾でその一撃を受け止めるジェラード。 大盾自体にはヒビ一つ入っていないが、大盾とラヴィニアの障壁が衝突した瞬間、ガラスが割れるような異音が響く。

 

 ラヴィニアの障壁はその硬さ故に触れたもの全てを破壊するほどの威力を持つ。 その障壁に触れているにも関わらず、大盾が壊れないという時点で異常だ。

 

 先程響いた異音は、大盾が壊れた際の音ではなく、その大盾を覆っていた生命力の塊から響いた音である。

 

「分散、魔力攻撃。 再構成、魔製外装。 それにしても、魔製外装が一撃で破壊されるなど、異常なほどの破壊力だ」

 

 ジェラードのスタイルは、力を受け流すと言う事に特化した、全身を纏うように展開する無色透明な外装を産み出す魔法だ。

 

 一撃の威力がどんなに高くても、ジェラードが生成した外装は受けた衝撃を分散し、そして分散した分の威力を自らの生命力に変換する。

 

 ジェラードが攻撃を受ければ受けるほど、彼の生命力は増していき、外装を破壊できずにもたついていればいるほど、彼の生命力は無限に上昇し続けていく。

 

 ラヴィニアの場合、一撃で破壊できているからイタチごっこに留まっていはいるが、連続で攻撃を加えなければジェラードを攻略することはできない。

 

 だが、ジェラードがラヴィニアの攻撃を防いでしまえば、その隙に前衛アタッカーはバランスを崩したラヴィニアに必殺の一撃を繰り出してくる。

 

「さて、いつまで耐えることができるかな? 不落要塞」

 

「しゃらくせー! みみっち~立ち回りしかできねーくせに、ちょーしのんなよクソガキがっ!」

 

 バランスを崩してしまったラヴィニアへ、問答無用で懇親の一振りをお見舞いしてくるユージーン。 ラヴィニアはユージーンが振り下ろす聖剣を障壁で防ぐのではなく、先程展開していた障壁を足場にして無理やり体を捻って回避した。

 

 そのアクロバットな回避方法をみて驚き目を見張るユージーン。 しかし無理な体制からの回避では、完全にユージーンの一撃を回避することはできず……

 

「クソっ!」

 

 脇腹を切り裂かれ、たらりと血を流しながら更に大きく距離を取ることになってしまった。

 

(勇者の野郎は徐々に動きが早くなってるし、ジェラードのやつも体制を整えるのが早え。 それもこれも、全部後ろで高みの見物決めてる聖女の野郎の力か!)

 

 勇者の仲間には、現在盾役のジェラードと、前衛の攻撃役であるユージーン。 そして、後衛で味方全体をサポート及び回復を担当する聖女、エメリンの三人で構成されている。

 

 このメンバーの中で最も危険なのは言うまでもなくユージーンだが、最も厄介なのは、なにを隠そうエメリンの魔法である。

 

「ユージーン、ジェラード。 膂力は充分のはずです、ここからは敏捷に振り切ってのサポートへ切り替えます」

 

「「了解!」」

 

「領域確定、対象設定。 身体能力補助、敏捷値倍加。 行けます、敏捷地は二倍ですので、長くは持ちません。 把握よろしくお願いいたします」

 

 そう、エメリンの魔法は範囲指定した領域内に入っている味方の身体能力、主に膂力、敏捷、及び耐久値を増加させると言う補助に特化した魔法。 更には範囲指定した味方全体の治癒力を増加させる事も可能なため、この領域内で大怪我でもしない限り、逆再生しているような速度で傷を修復することが可能になってしまう。

 

(最初に始末したいのは間違いなくあの女。 だけど、鎧男はそれを分かったうえで立ち位置を調整してるし、あの女を狙って強行突破しようにもクソ勇者が対応してきやがる)

 

「おっと、思ったより早く動けてしまったな」

 

「ちょっ! マジかよ!」

 

 敏捷地が二倍になったユージーンが、一息で肉薄してきたため、反応が遅れ強烈な一撃を受けてしまうラヴィニア。

 

 血しぶきが舞う中、ユージーンは浮かない顔で首を傾げる。

 

「まずは一撃。 だけど膂力が落ちてるから浅かったかな? でもまあ、この様子なら後数発当てれば君は立てなくなるね」

 

 肩で息をしながら、更に距離を取って時間を稼ぐラヴィニア。

 

「乙女の体に切り傷入れるとか、最低な男だわほんと」

 

「なにを言うのか、最低なのは君の方だと思うけど? なぜなら君は五年前、僕の勧誘を断った。 それはつまり、魔王軍攻略を妨害することと同義。 まごうことなく人類への裏切りだ」

 

 袈裟懸けに切り裂かれた傷口を障壁で圧迫し、止血を試みるラヴィニアに、ユージーンはさも当然といった表情で語りかける。

 

「あまつさえ今こうして僕達の邪魔をしているわけだから。 君はもう人類の敵として処理するべきだ。 言うなれば、君はもう魔族の一員になったと仮定してしまっていいだろう」

 

「クソ野郎だな本当に」

 

「自覚があるようで何よりだよ」

 

「テメーに言ってんだよクソガキ」

 

「僕のどこがクソ野郎なのかな? 具体的な説明を求めるよ」

 

 ユージーンは首を傾げながら問いかけてきたため、思わず呆れて鼻を鳴らしてしまうラヴィニア。

 

「性根から腐ってんじゃねーか。 このクソガキ」

 

「やはり君が言っていることはよく分からないよ。 さあ、ジェラード、エメリン。 さっさと重罪人を処刑してしまおう。 これ以上話していても時間の無駄だろうからね」

 

 ラヴィニアはゴクリと喉を鳴らし、ユージーンの動きに細心の注意を払う。

 

 本来なら、エメリンの強化範囲外へとユージーン達を誘導して、ヒットアンドアウェイをする方法が最も効率的。 しかしそれをしてしまうと、ラヴィニアとユージーン達の距離が空いた隙に、村の中へ勇者たちが入ってしまう可能性がある。

 

 門の前から離れることはできない。

 

 そもそもの問題として、今の現状では敏捷が上がっている二人を相手に逃げることは叶わず。

 

 ならば思考を変え、決死の覚悟でエメリンを倒してしまおうとしても、ジェラードが構成する魔製外装は自分以外の味方にも付与できる。 ジェラードの攻略にもたついてしまった時点で、エメリンもジェラードと同じ外装を纏っていると仮定していいだろう。

 

 外装を纏っているか否か、それも見極めようにも無色透明なため視認は難しい。 唯一、瞳に生命力を集中して看破することもできなくはないが、この三人相手に生命力を無駄に消費するのは論外。

 

 実際、ラヴィニアはすでに大量の生命力を使用してしまっており、長期戦に持ち込まれればジリ貧になる一方。

 

 長期戦はユージーンが最も力を発揮する土俵だ。 戦いを長引かせれば長引かせるほどユージーンはキレを増していく。

 

 打つ手なし。

 

 ラヴィニア一人では、この三人を止めることはできない。

 

(付け入る隙が……全く無い)

 

 そうして、ラヴィニアは一方的に蹂躙され、全身を切り刻まれ、ボロ雑巾のような姿で地に伏せてしまう。

 

「全く持って哀れだね不落要塞。 君は才能の使い所を間違えてしまったようだ。 だが安心してくれ。 君はこの僕の手でその間違えた人生に終止符を打てるのだ。 君の人生で唯一、喜ぶべきことだろうさ」

 

 かすむ視界でなんとかユージーンを見上げ、ラヴィニアは今にも途切れそうな意識の中で、最後の抵抗を見せる。

 

「テメーに殺されるとか、人生最大の恥だってーの」

 

「ふむ、最後の最後まで醜態を見せてくるとは。 残念だよ不落要塞」

 

 ユージーンは表情にわずかないらだちを見せながら、高々と掲げた聖剣を、なんの躊躇もなくラヴィニアの首筋へと振り下ろした。

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