第33話 過去最大にやばいらしい〜其の四〜
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聖騎士団特殊行動部隊の実力は、伊達ではない。 長年にわたり魔族軍の進行を食い止め続けていた人類最大戦力だ。
たった一人で数分の間持ちこたえられただけでも、褒め称えられるべき栄誉とも言えよう。
世界は残酷だ。 例え家族のために怒っていようと、なにが何でも勝とうと気力を振り絞っても、圧倒的力を前にすれば、抵抗することさえできない。
元金ランク
はじめから、ラヴィニアが勝てる可能性など微塵もなかったのだ。
(ごめんよキースちん、村のみんな。 あたいはもう、立てないや)
潔く死を受け入れたラヴィニアは、悔しさを噛み殺してまぶたを閉じた。 だが、ユージーンが神速の一刀を振り下ろしたはずの衝撃は、いつになっても襲ってこない。
切られたことすら分からず死んだのかと呆れてしまうラヴィニアだったのだが、まだ自分の首は体としっかり繋がっていると分かったのは、聞いてはいけないはずの声が聞こえた瞬間だった。
「なにしてんだよ、お前ら」
怒り一色に染まった低い声。 今まで聞いたこともないような憤怒の問いかけを聞き、ラヴィニアは思わずかすれた視界を声がした方向へ向けた。
全身を切り刻まれ、出血量が尋常ではないため、もはや意識を保つことすら難しいラヴィニアだが、かすれた視界の中でも見間違うはずがない。
愛おしいとさえ思っているその声音に、涙が自然と溢れてしまった。
「エル……ちゃん。 ダメだよ、隠れてなきゃ」
「ラヴィニアお姉ちゃん。 来るのが遅くなってごめん。 気づくのが遅れてごめん。 一人で無茶させちゃって、本当にごめん」
優しい声音で、倒れ伏していたラヴィニアの側にしゃがむエルド。
「なにが起きたのかな?」
空振りして地面に深々と突き刺さった聖剣を見て、ユージーンは首を傾げている。
「あのガキ、なにかしたのか? 今、ラヴィニア殿の姿が一瞬で……消えた?」
ジェラードは目を見開きながら、村の入口へと転移したラヴィニアと、その側で彼女をそっと撫でている少年へと視線を釘付ける。
「お前らか?」
エルドは、普段からは考えられないほどの低い声音を響かせ、ゆっくりと立ち上がった。
ユージーンは激昂するエルドの問いかけに対し、当然とばかりに肩を竦める。
「その大罪人を処刑しようとしたことを問いただしているのかな? だったらやったのは僕だけど?」
「そうか、だったらもう言葉はいらないな」
エルドは、怒りで滾らせた瞳をユージーンに向ける。
「……っ!?」
だが、なにも起きなかった。
目を見張るエルドに対し、ユージーンは愉快そうに鼻を鳴らす。
「もしかして今、僕になにかしたのかな?」
平気な顔で肩をすくめているユージーンを前に、エルドは驚きを隠せない。
動揺しながらも、エルドは隣でほうけていたジェラードを睨む。 そして次の瞬間。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ジェラード? 今一体何をされたの?」
突然全身に切り傷を負い、悲鳴を上げたジェラードへ、エメリンが困惑しながら声を掛ける。
これにはさすがのユージーンも目を見張り、慌ててエルドへ剣を向ける。
「君は一体、なにをしたのかな?」
エメリンが慌てて治癒領域を再構築している中、ユージーンは初めて動揺の表情を見せた。
動揺しているユージーンを見て、エルドは小さく頷きながらもう一度ユージーンを睨む。 しかし、なにも起きない。
ユージーンは一瞬眉を歪めるだけで、その場から一切動いたりもしなければ、突然全身に切り傷を負ったりもしない。
「さっきから、僕になにか掛けようとしてるみたいだね」
ユージーンは軽く深呼吸を挟み、背後で治療を受けているジェラードの様子をうかがった。
エメリンが治癒をしている以上、命に別状はないだろう。 問題は、なぜ突然全身を切り刻まれたのかだ。
(あの傷の具合、剣で切り裂かれたものだ。 だが、あの少年は剣など持っていないし、そもそも剣を持っているのは僕だけだ。 生命力で見えない刃を構築したのか? いいやそれはない。 だとしたらジェラードの魔製外装が防ぐはずだ)
ジェラードの魔製外装は魔力による攻撃を分散する。 物理的な攻撃は彼が纏っている鎧が緩和させる。 物理の耐性も魔法の耐性兼ね備えているジェラードが、一瞬にして全身を切り刻まれるなどという怪奇現象、起きるはずがないのだ。
だが実際、眼の前でその信じがたい光景が広がっている。
ユージーンは困惑しながらももう一度エルドの様子をうかがう。 そうして、エルドの足元へと視線が向かった際、とある違和感に気がついた。
(不落要塞の傷が、すべて塞がっている? エメリンの治癒領域でもあんなに高速で治癒させることなど不可能。 現に今、エメリンの治癒はジェラードの傷を治すのにかなりの時間を労している)
エルドの側で倒れ伏していたラヴィニアの傷が、全て元通りに戻っており、代わりにジェラードが先程のラヴィニアのように全身を切り刻まれている。
そこでユージーンは謎の現象の正体に気がついた。
まさかと思い、ジェラードが負った傷をもう一度確認する。
(僕が不落要塞に付けた傷が、そのままジェラードに返っている?)
そう、ラヴィニアが負っていた傷が、キレイにジェラードへ返っていた……いいや、転移していたのだ。
「ラヴィニアお姉ちゃんを傷つけたのはお前か?」
エルドがユージーンを睨み、敵意を剥き出しにする。 怒りや殺意、あらゆる敵対感情を煮詰めたような恐々しい視線を受け、ユージーンは思わず手が震えた。
(なんなんだこの少年は、一体どういった魔法を?)
ジェラードの傷を、青ざめた顔で治癒しているエメリンは、悲鳴に似たような声でユージーンに語りかける。
「ユージーン様! このままではジェラードが危ない! 血が足りなさすぎます! 今は撤退を!」
エメリンの声掛けに対し、ユージーンはちらりとジェラードの顔色をうかがった。
血液が足りておらず、真っ白になった顔色と、荒い息遣い。 エメリンの言う通り、治癒は無事かかっているけれど、このまま放置するのは間違いなく命に関わるだろう。
ユージーンがラヴィニアに与えた切り傷はそれほどまでに深いのもだったのだ。 治癒領域に入っているものを治癒できたとしても、できるのは傷を塞ぐことくらいだ。
傷を塞いで出血を押さえても、失った血液を復活させることはできない。
ユージーンは苛立たしげに舌打ちをして、エルドから注意を逸らさないようゆっくりと後ずさる。
「今日はこのくらいにして一度撤退してあげるよ。 運が良かったね、少年」
「逃がすと思ったか?」
怒りに支配されているエルドは、尻尾を巻いて逃げようとしているユージーン達に更なる不快感を覚える。 しかし、村の中から駆け寄ってきた少女が、そんな少年を抱きとめ、必死に言葉を投げかけた。
「エルド様、今は冷静になってください! ラヴィニアさんもキースさんも、出血性ショックでとても危険な状態です! セレストさんの話によると、アシュタラの街には凄腕のお医者様がいらっしゃるという話。 あの愚か者共を追撃するより先に、お医者様の下へ二人をお連れするほうが先決でございます!」
少女の声を聞き、エルドはすぐさま思考を切り替えることができた。
「ごめんよディアナお姉ちゃん、すぐに二人を連れて行くね!」
「セレストさんもすぐにこちらへ駆けつけます、彼女に案内していただければ、お医者様のところまではすぐに行けるはずです!」
ディアナの提案を聞いたエルドは、大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。
だが、無様に逃走を図りながらも二人のやり取りに聞き耳を立てていたユージーンは、脱力して吐息を荒げているジェラードを肩に担ぎながら、狂気的な笑みを浮かべていた。
「エルドというのか、あの少年……あれが、救世主エルド御本人か。 ククク、これは、思った以上の逸材じゃあないか」
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