第3話 異世界転生って、やり直せますか、女神さま?

 これは、あたし《イリス》が今際の際に見ていた儚い夢。

           ※

 夢の中のあたしは、ありす。つきみやありす。

 漢字は『月宮有栖』。

 東京都内の高校に通ってる、十五歳の女子高生。


 明日は十六歳の誕生日。パパとママがお祝いしてくれる。親友の相田紗耶香を招待して。

 紗耶香はボーイフレンドを連れてくるかな?

 彼の名前はジョルジョくん。

 ハーフで、友達と二人で音楽をやってるって。

 高円寺駅前とかで演奏してるの。

 紗耶香は吉祥寺で道を尋ねられたのがきっかけで出会ったって。


 あたし?

 ……気になってる男の子はいるの。

 毎朝、通学電車を待つ高架のホームで、向かい側にいる男の子。

 名前も知らないけど、高校生だわ。

 男子の友達と話してるのを聞いたし、あの制服は西荻窪の○○○高よね。


 イケメンてわけじゃない。

 美形じゃないけど、ぼくとつそう。物静かで、真面目そう。

 こっちを見ていたとか、お互いに見つめ合った、なんてロマンちっくなエピソードも特にあるわけでもない。

 だけど気になる。

 いつか、勇気を出して声を掛けてみようかな?

 だって親友の紗耶香にはボーイフレンドがいるんだもん。

 いいなぁ。


 この時あたしは少しだけ浮かれていたかも。

 明日は誕生日。

 パパも喜んで、パーティに出てくれるって。

 あたしが小さい頃に事故で寝たきりになったパパ。でもお話ししたり、パソコンに詳しいから色々教えてもらったりしてる。最近は電動車椅子でお出かけもできるし。

 ママは洋裁店をやってるの。

 自分でデザインしてブランドを立ち上げて、そこそこ有名ブランドなのよ。


 その日、あたしは一人で帰宅していた。

 紗耶香は大手の芸能プロダクションにスカウトされて、デビュー目指して歌やダンスのレッスンに通ってるから、帰りは別々なんだよね。


 吉祥寺駅を降りて自宅へ向かう道。

 明日のことを考えて歩いていた、あたしの前に、急に強いライトが当たった。

 黒いワゴンRが猛スピードで突進してきたのだ。

 避けることもできなかった。


 ものすごい衝撃と激痛。

 あたしは死んだ。


 それから、あたしは。

 気が付いたら、異世界に転生していた。

       ※

 わたしはアイリス・リデル・ティス・ラゼル。

 ここは、日本じゃないらしい。

 セレナンっていう、月が二つある異世界なの。

 想像したこともなかったわ。

 あたしの家はお金持ちみたい。

 エルレーン公国首都で、わりと大きなお屋敷を構えている、豪商ラゼル家当主のひとり娘。

 幼い頃には、よく両親や周囲の大人達にも話していた。

 生まれる前の記憶があるってことを。

 けれど、

 前世? Tokyo? ニホン?

 そんな夢を見た、ってお父様やお母様、同居している叔父さま(お父様の弟)に話しても、まともに取り合っては貰えない。

 小さい子供には、よくあることなんだって。

 『先祖還り病』と呼ばれる症状みたい。

 だよねー。前世を覚えているこどもなんて、奇妙だよねー……。


 そうして、エナンデリア大陸の西部に位置するエルレーン公国首都シ・イル・リリヤに住んでいるアイリス・リデル・ティス・ラゼルは、すくすく育っていった。

 だんだん、前世の記憶は薄れていったの。

       ※

 ……そういうことですのよ。

 わたくし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルは、深窓の令嬢。

 家庭教師がついて、マナーや教養を学ぶことになりましたの。

 上流階級では、たいていがそうなのですわ。


 あら、学校に行かないのね、って、遠い記憶が囁いた。

 学校?

 わたくしには関係ないことですわ。

       ※

 けれど、運命って、わからないものですわね。


 わたくしが十六歳になったとき。

 大金持ちだった、アイリス・リデル・ティス・ラゼルの家は、没落してしまいましたの。

 予兆はあったのです。

 商会の仕事もだんだん雲行きが怪しくなっていって。

 引退して隠居していたはずのヒューゴーお爺さまが、まだまだ現役だとばかりに新しい事業を興して、お父様にライバル心を燃やして対抗してきて、顧客を取ったり取引先に働きかけたりしたあげくに、安売りして価格破壊とかになって、市場をでたらめにひっかき回して、あげくに赤字で事業を潰すという、はた迷惑なことをしでかしてくれちゃったりいたしましたの。

 そして、とどめは。


 お父様の弟で、将来を期待されていたエステリオ・アウル叔父さま。

 あたしは、彼が大好きだった。

 とっても優しい人。

 大陸全土で権威を持っている『聖堂教会』の聖職者になって地方へ赴任した先で事件に巻き込まれたのです。

 封印されていた『赤毛の危険な魔女』を解き放ってしまったという。


 瀕死の重傷を負った、叔父さま。

 教会の威厳を損ない、国に大きな損害を与えたために『聖堂教会』から破門、聖職者の資格を失い、定住を許されない『巡礼』になってしまった。

 まだ生死の境を彷徨っているのに、起き上がれるようになったらすぐに国外へ追いやられてしまう。

 いったい、何があったの?

 叔父さまは優しいから。優しすぎるから。

 きっと、悪女にだまされたんだわ!


 それと同時に、ラゼル家の家業は取りつぶされたのです。エステリオ叔父さまのことは口実で、以前から王族の中には大金持ちのラゼル家を取りつぶして資産を奪ってしまえという強硬な一派があったらしいの。

 残ったのは莫大な借金。


 庇護者を失った、わたくし、アイリスを。

 王様が、欲しがった。

 聖堂教会が重んじる『神聖魔術』を使うための『聖なる力』をたくさん持って生まれたから。

 聖女として祭り上げ、働かせたあげくに頃合いをみて後宮に入れられることになったの。


 ゆくゆくは『国母』……王子を生んで育てるように。


 アイリスを守ろうとしてがんばってくれたお父様とお母様は投獄され。エステリオ叔父さまは国外追放された。


 わたくしは……アイリスはそれでも『聖女』としてできるかぎりがんばって働いた。

 ぎりぎりまで。


 あるとき、叔父さまの親友だったエルナトさんが、これから戦争に行くのだと訪ねてきた。

 そして教えてくれたのです。

 お父様、お母様、叔父様たちはアイリスを『聖女』として使い潰すつもりの『教会』と『国』の益に反したために犯罪者同然に処刑されたということを。


 その後、エルナトさんと妹のヴィーア・マルファさんはグーリア神聖帝国との戦争に駆り出されて……

 戦死した。


 もう、我慢の限界!

 わたくしは、アイリスはもはや自重しなかった。

 ありったけの怒りのエネルギーをぶつけた。


 神聖魔術というものも、使い方次第では破壊する方向にしかいかないんだなあ、と、わたくし、アイリスは奇妙に遠い所から自分の所行を見物していた。


 なんか地面が崩れていろいろおかしなことになって、地割れから炎が噴き出したりして、けっこう派手にやらかしたみたい。

 もういいの。

 疲れちゃった。

 どうにでもなぁれ……ですわ。


 いつの間にか、あたし、アリスは、前後左右すべてが真っ白な空間に来ていた。


 ……あれ? こんな状況、覚えがありあり……

 異世界転生ものの、お約束?


 すっごく大きな(見上げるくらいあるのよ!)女神様の声が響いた。

 空間全体がスピーカーになったみたいに、びりびり震える。


《わたしは、この世界『セレナン』の大いなる意思であり、世界そのものである。こたびの、おまえの人生は、度重なる選択の誤りに準拠して、かなりハードモードだったようだな。しかも、おまえはエルレーン公国全土を道連れに自壊した。これは困る》


 ……わたくしだって、こんなことには、したくなかったわ……

 どこで間違ってしまったんでしょう神様!?

 ねえ、あなたは神様なんですよね?


《もちろん、女神だとも。わたしはおまえを気に入っている。えこひいきしてもいいくらいに。わたしがこんなに肩入れしている魂は、おまえのほかには一つくらいしかないのだ。それはカオリというんだが……今のところは忘れていても構わない。おまえを気に入っているのは、なぜだか、わかるかな?》


「いいえ。わかるわけないわ」


《おまえは、特別なんだ。ただの人間ではない》


「よけいわからないわ。あたしは、ただの女子高生だったんだもの」


《ふむ。それ以外の前世は、今は思い出せないのか。無意識の自衛行動かもしれぬ》


「だから、わからないってば! あたしは……あれ? あたしは、だれだっけ……」


 ふいに、全てが現実感を失って、色あせていくような感覚に襲われた。

 だれ?

 あたしはだれ?


《青白き月の女神が腕に抱いてきた、愛しき咎人よ、死者なる幼児よ。この人生を、やり直させてあげよう。我としても、人間が滅びるのは困る。#瑕疵__かし__#……傷、となるからな……これも実験だ》


「……実験?」


《スノードームというのを知っているかい。この世界は、そんなようなものさ》

「どういうこと?」

《理解できなくともかまわないよ。何度でも揺さぶろう。せっかく私の世界にきてくれた人間達だ。できるかぎり多くの魂を救い、幸福な夢を見てもらいたいのさ》


「どうして」


《話しても無駄だ。再び転生した君は我と遭遇したことを忘れる。いくら真なる月の女神の寵を受けても。……そうだ、前世というものを、覚えていたらどうかな!? そうだ、そうしよう! これは新しい要素だ! どうにも人間達は、不幸になる傾向がある。それでは、つまらないじゃないか。せいぜい幸福な夢に浸り、踊っておくれ! この私を、楽しませるためにね!》


 この、世界の大いなる意思は。

 人間達が、好きなんだ。

 ……多分。

 人間が前世を覚えているような世界にしようって、言ったよね?

         ※

 どこかで何かが、大きく書き換わっていく。

 巨大な神様が、楽しそうに笑う。

《贈り物をあげよう。君たちを愛し、助ける存在を。それを女神と、精霊と、呼ぶがいい》


 覚えている?


 あたしは、ありす。

 月宮有栖。そして、アイリス・リデル・ティス・ラゼル……

 もう一度、この世界に、セレナンに、生まれ直すの。

 大きな女神様は、約束を覚えていてくれるわよね?


《もちろんだよ、月宮有栖。アイリス・リデル・ティス・ラゼル。そして君の中で眠る……虹の名前を持つ魂たち。そうだなあ。なにぶん私は巨大なので。何か重大なことでも忘れるかもしれない。助けてくれる小さな女神と、精霊や妖精を、用意しておくから。そうだな、ついでにドラゴンとかエルフとかドワーフ? 獣人? 幻獣なんかも面白そうだね。人間たちの想像力って素晴らしいねえ。私も楽しみだよ……》


《さあ、揺さぶろう。アイリスのための、新しいスノードームを!》

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