第28話 邪神との邂逅
唱え、結び、行使する。
人類の最先端たる極大魔法が吹き荒れる。
「ふぅ……」
魔力を消費しすぎて真っ青な顔をしているアウレーリアは、ずっと砂漠の向こうを見ていた。
マルテが行った方向。
まだ彼女が進んでいることはわかる。死んではいない。
それでも見えずとも目で追うことをやめられない。
どうしてだろうか。
そんなことを考えていると。
「――っ!」
見ていた方向から不可視の手が魔力をごっそりと持って行ったのを感じた。
大気中に極大魔法の余波で飽和していた魔力が刹那の内に消え失せた。
それはアウレーリアには一目でもわかる変化だった。
「何が起きたのかしら。まさか神でも降臨した?」
それだけの魔力量はあったし、それをあとで利用してやろうと思っていたというのに計画が狂ってしまった。
これでは楽に耐久するのが難しくなってしまったと、アウレーリアは楽しそうに笑っていた。
その時、足がちぎれ飛んだ。
「あら……」
「ちょ、レリア!?」
「大丈夫よ」
さらに全身を殴打されたかのような痛みが襲う。
「マルテ、何かに遭遇したみたいね、けふっ……」
「ちょ、魔力が流れ出してるじゃない!? なに、攻撃!?」
「違う違う、マルテに渡した身代わりの呪が仕事してるだけ」
「はあ!? なんてもん渡してんのよ、アンタは!? それ完全に呪いじゃないの!? 下手したら道連れで死ぬわよ!?」
「渡さないわけにはいかないでしょ」
死なれたら困るのだから。
自分ならば痛みや怪我はどうとでもなる。
魔力さえ補充すれば、欠損なんて勝手に治ってしまうのだ。問題ない。
ただ受けた瞬間が、痛いだけだ。
でも、マルテはそうはいかないのだ。
今この瞬間にも魔力汚染という王国存亡、ひいては世界存続の危機である問題が起きているのだから、自分個人の問題など些事でしかない。
天才として生まれたのならば、この世界の為にもっとも前を歩かなければならない。
今も足が飛ぶような存在と相対しながらも前に進んでいるであろうマルテがいるのだから、アウレーリアが止まれるはずもない。
この程度など、気にしない。
そう己に言い聞かせるように笑う。
「痛いんじゃないの? 休みなさい、顔も青いわよ」
「これがあるうちはマルテが生きてる証だし、進んでる証拠証拠。今は休む時じゃないでしょ。まだわたしの割り当てられた時間は終わっていないのだしね」
「ああもう。アンタって奴は! ほら足治してやるからこっち来なさい」
「自分で治すよ?」
「アンタの魔力は大切に使えっていってんのよ!」
「そう? じゃあよろしく」
「お礼くらい言えっての」
「これそこ、いちゃいちゃしてないで、早く魔法を打ってください。どこも余裕があるわけじゃないんですから」
「わかってるわよ伯爵」
「い、いちゃいちゃしてなしし!」
アウレーリアは、再び魔法を行使する。
その視線は、砂漠の向こう側から離れることはない。
●
黒紫に彩られた結晶から泥のような漆黒の魔力が吐き出されている。
マルテはついにそこに辿り着いた。
懐かしい場所だ。
かつて母と暮らしていた離宮で、その広間こそマルテが母を殺さざるを得なかった忌々しい場所でもある。
今やそこはどろりとした漆黒の汚染された魔力で溢れる異様な沼地である。
大気も何もかもが汚染されて暗く、色づいているものはマルテとファーレのみだ。
彼女たちが足を踏み入れた途端に、何かが目を開けたように見えた。
泥が人の形のようなものを辛うじて形作る。
ぐちゃぐちゃにつなぎ合わされた泥の人型のナニカがいる。
「あれは……」
「あれが、ラヴェリタだよ」
といっても小指くらいの存在だけど、と彼は言った。
見るだけで頭の内側を掻きむしりたくなるような不快感と、体が自然と跪いてしまいそうな圧迫感がある。
何も知らないマルテが見てすらも、それがどういう存在であるかがわかる。
圧倒的だった。
この世界で圧倒的だと思っていたアウレーリアを超えて、これはもう人が理解できる範疇を超えたモノであることが本能でわかってしまう。
わからされてしまう。どくんどくんと、胸の内側が痛くなる。
「あ、あの……あれ」
「そうだね、人間の君には直視するだけでもキツイ相手だろうね。何せ呪われた邪神だ」
しかし、ここでまごついているわけにもいかない。
あれの後ろにある結晶を壊すことがマルテの目的なのだ。目的を果たすには、前にいかなければならない。
「でも行かないと」
「そうだね、行こうか」
「えっ、あ、あの作戦とか?」
「ボクが目を引いている間に破壊とかかな?」
「そ、それで大丈夫なんですか?」
「といっても、ボクらの持っている手札じゃ、特に凝ったことできるようなものはないしね」
マルテが持っているのは魔力差によって威力が変わるフェルーラくらいで、ファーレの言う通りなのであるが、何か考えて行かないといけないのではなと思わされるくらいの存在なのだ。
(あたしにできるのかな……ううん、やらなきゃ)
覚悟を決めた顔を見てファーレは笑って泥の人へ向かって歩いていく。
「ボクが目を引いてあげるから、キミは隙を見て破壊に動くと良いよ。でも言っておくけど、ボクの化身って弱いからね」
『アアアアア……やっとアエタネ、ファーレ』
「そうだね、ラヴェリタ。数千年ぶりかな?」
ぎょろりとした目がファーレだけを見ていた。
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