第27話 白い人

「ファーレ……」


 普通ならば疑うこともあるはずであるが、不思議と胸のうちにストンと入ってきた。

 自分の根源的な部分で、彼がファーレそのものであると確信していた。

 そもそも普通の人では入ることのできない場所にいるのだから、そういうこともあるだろう。


 何よりその存在感が彼を神であることを疑わさせない。

 それよりもどうして自分を肉の君だとか呼ぶのだろうか、気になることが多すぎることの方が問題だった。


「うん、そうだよ、肉の君」

「ええと……」


 まず何から聞いた聞いたらいいのだろうか。そもそも話をしてもいいのだろうか。

 最上級の礼をするべきではないのか。

 そんなこと思っている間に、ファーレの方がにこりと微笑んだまま口を開いた。


「色々と聞きたいことがありそうだけど、今は先へ進もうか。時間がないんだろう?」

「あ、そ、そうですね」

「話は歩きながらね」


 そうして再び歩き出す。

 彼といるとまるで汚染獣が通ってくださいとでも言わんばかりに道を開ける。

 砂漠を詰め尽くすような汚染獣の海が二つに割れたようであった。

 どうしてなのだろうと疑問に思っていると、先を歩く彼が首だけで振り返って答えた。


「彼らはラヴェリタの眷属みたいなものだからね。伴侶だったボクに手を出さないよ。それどころか。なんとか一番濃い自分のところに呼び込もうとするんだ」

「なる、ほど……? というか、ラヴェリタ? 邪神ラヴェリタ、ですか?」

「そうだよ。神話は苦手かな?」

「ええとぉ……はい」


 マルテは、まともに教えられてこなかったから知らないのだ。

 ただ邪神ラヴェリタが魔力汚染を起こしているということくらいはアウレーリアのところで教えられたくらいである。


 ただそれを創造神らしき少年に言っても良いものか。マルテは判断に困った。

 知らないからと天罰でも落とされてしまったら、などと思ってしまう。

 彼はそんなマルテの内心でも見透かしたかのように言った。


「大丈夫だよ、ボクのことを知らなくたって。今の若者は、老人の昔話より楽しい話をするのだろう?」

「どうなんでしょう?」

「まあどちらにせよ、キミは聞きたいことを聞いていい」


 若者とは言えども友達はいないし、アウレーリアとはそんな楽しい話はした覚えがない。

 あるとして朝ごはんの感想とかだろうか。それ以外は大抵、この魔力のない身体に対する研究についてくらいだ。

 それでもとりあえず不思議に思ったこと端から聞いていくことにした。そもそも何故創造神の伴侶が邪神なんてものになっているのだろう。


「ええと、じゃあ。どうしてあなたの奥さんは邪神なんかに?」

「戦争があってね。善の神と悪の神に分かれた戦争があったんだよ。それでラヴェリタは殺されちゃって冥界に行ったんだ。そこで待っていればボクが迎えに行けたんだけど、ただで迎えにいかえてくれるほど甘くなかったのさ。悪なる神たちが黙っていなくてね」


 邪神悪神たちがやったことは、簡単なことだった。

 地上と冥界の時間の流れを変えたのだ。

 そのおかげで地上での数日が冥界での数百年、あるいは数千年という風になってしまった。


「そのおかげで戦争が終わって迎えに行く頃には、冥界の風を浴びすぎて怪物になっていた。その上、邪神の誰かが唆したのかボクのことを恨む始末でね。結果、魔力汚染がたびたび起こるようになっちゃったんだ。これが神話通りにあったことだよ」

「勉強になりました……じゃあ、そもそも魔力汚染ってなんなんですか?」

「彼女の怒り、あるいは憎しみ。ボクが作ったもの全てを憎んでめちゃくちゃにするもの。ボクは全てを魔力で作ったけれど、彼女はそれを駄目にする。魔力を自分のものに変えて操るんだ。彼女はそういうことに長けていたからね」

「どうにかする方法とかは……」

「ボクにはないね。なにせこっちに手を出すには制限が大きいし。今回はすごく特例だから。どこかの誰かが馬鹿な魔力で魔法を使いまくって大気中の魔力量が狂ってたのとラヴェリタが出て来ているのがわかったからだよ」

「どうにかする方法がないのなら……あたしが行く意味なんてないんじゃ……」


 絶望に目の前が暗くなりそうになる。

 そこにひょっこりと白い彼が頭を出す。


「大丈夫だよ。ボクには無理でもキミが目指す意味はある」

「ほ、本当ですか!?」

「うん。なにせ、ラヴェリタはボクのダンジョンと同じ手法でこの汚染領域を作ってるからね。違いは世界を区切ってないってことくらい。だから、核を潰せば汚染領域の拡大は止まる」

「じゃあ……!」

「うん。このままいって核を破壊すれば、後は汚染獣と汚染領域を消滅させるだけでルブアルハリ汚染の問題解決するよ」

「じゃあ、急がないとですね」


 マルテはやる気みなぎるという風に足早に先へと進む。

 その隣をファーレはゆっくりとぷかぷかと浮かびながらついてきた。


「着いた時の作戦を考えておきたいんですけど、あなたは何ができるんですか?」

「なんにも。なにせこうやって出て来てるだけでもルール違反スレスレだからね」

「え、じゃあ、役立たず?」

「キミ、意外に言うね。でも大丈夫。役立たずじゃないよ。ボクが来た方が早くたどり着ける。ほら、見てごらん」


 いつの間にかマルテの目の前には見覚えのある黒い都市があった。

 まだまだ時間がかかると思っていたのに、どういうことなのか。


「ラヴェリタが干渉してきたんだよ。ボクがいたからね」

「なるほど……確かにこれは大助かりです。たくさん時間を短縮できました」

「でも、どうかな。招待するってことは待ち構えているってことだから、危ないかもよ」

「それでもなんとかするしかないじゃないですか。あたしは諦めません」

「いいね、流石は肉の君だ」

「……ルブアルハリの首都……久しぶりだな」


 ルブアルハリ首都。城壁のない砂漠の都市。

 砂漠の砂は魔力が高く、汚染に時間がかかるためその間に対処可能として砂漠の都市では灰の城壁を作らない。

 もっともそんな汚染に強い土地も王宮から汚染が始まってしまえば、滅んでしまうのは見ての通りだった。

 かつては栄華を誇った絢爛豪華な宮殿も、活気であふれる喧騒の市場バザールも、気風の良い船乗りたちがいた砂上船乗り場も今や漆黒に染まりきっていた。


 どこにもかつてを思わせる風景はどこにもない。


「もったいないなー。良い都市だと思っていたのに」

「でも汚染獣はいませんね」


 都にはどういうわけか汚染獣がいない。


「これもファーレ様がいるからですか?」

「いや、たぶん自分が出てくる為の依り代を作ろうとして集めたんじゃないかな? だからここにはいない」

「え、それ邪神が出てくるってことですか?」

「まさか。ボクでもない限りは、肉の器が必要になる。それもノッツェパルトがキレて邪魔したからね。慌てて準備しているんだろうけど、不完全にしかできないよ」

「でも、少しは出てくるってことですよね……あたしになんとかできるかな……」


 でも、だからといって好機を逃すわけには行かない。


「なんとかできなくても良いよ。汚染核さえ破壊すればそれで解決するんだから」

「わかりました。なんとかします」

「そのために神器も与えたんだ。上手く使ってね」

「フェルーラですか?」

「そう、それ。結晶を壊せるだけの威力が出せるはずさ」

「ありがとうございます」


 ならばなんとかなるかもとマルテは記憶を頼りに王宮へと走る。


 記憶にある通り、黒紫に彩られた結晶から泥のような漆黒の魔力が吐き出されている広間へと辿り着いた。


 

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