第23話 援軍

 マルテが大南壁グランデスドムードに到着したのは、急報から三週間のことであった。

 南部は何もない荒野だった。ただの荒野ではなく、魔法で薙ぎ払われ、平らな異様な荒野である。

 かつては森や農地で広がっていた豊かな土地には今や何もない。

 ここにいた全ての生命は根こそぎ大南壁の素材となったことをマルテは改めて実感した。


 そして、大南壁ではまた凄まじい光景が広がっていた。

 思ってはいけないかもしれないが、極大魔法が絶えず吹き荒れる戦場は、異様な綺麗さがあるようであった。


「あの、ありがとうございました!」


 灰石を運ぶカスカータ子爵の騎士団とともにやってきたマルテは、お礼を告げるとともに長城を上がる。

 目指すのはアウレーリアのいる場所である。自分がどんな役に立つのかわからないが、汚染が効かない体質なのだし、何かできることはあるはずとやってきた。


「アウレーリアさん!」

「ん?」


 振り返った彼女の顔色を見た時、絶句した。

 まるで死人のように青白く今にも消え入りそうなほどに存在感がない。

 目の下には濃いくまがある。


「あら、マルテじゃない。もう一週間かかると思ったのにずいぶんと早い到着ね」

「あ、あのあの! だ、大丈夫ですか?」

「何が?」

「だ、だって、顔色が……」

「ああ、ここ三週間寝ていないのとちょっと魔力を使いすぎてるだけだから大丈夫よ」

「そ、それは大丈夫じゃありませんよ!?」


 状況はそれほど悪いのか、と周りを見れば、大南壁の上は地獄の様相を呈していた。

 魔力切れの魔法使いたちが所かまわず伸びている。

 端々には、吐いたのだろう色とりどりのポーションの名残が見える吐しゃ物で散乱しているし、一部の壁は欠けかけていて辛うじて持たせているといるようであった。


「や、休まないと……!」

「休んでる暇ないの。それよりも灰石を運んできたのでしょう? カスカータ子爵の騎士団は?」

「既に修繕作業に入っている。セッカは?」

「あら、子爵。伯爵なら休んでるとこじゃないかしら、ここの指揮を任せてたから」

「そうか。アルキミスタ殿、悪い報告をしなければならない」

「灰石が足りないとか?」

「気が付いていたか」


 穴を塞ぐには、カスカータ子爵が持ってきている分では足りない。

 他の分も含めても塞ぐには足りないだろう。

 大南壁は汚染を食い止めるだけでなく、汚染獣も食い止めているのだ。

 それ相応の堅牢さが必要になる。高さも厚さも数十メートル規模の巨大な城でなければならない。


「ここ作ったのわたしだからね。だから、を燃やして全部灰にして持って行ったのだし」


 灰の備蓄は多くない。

 年間の死者数も限られているし、自分たちの領地の分も残しておかなければならない。

 最悪の場合、それが最後の防壁となりうるのだ。

 どこも灰は足りない。


「そうなると調達が必要か。もつかな」

「筆頭魔法使い殿、まさかまた虐殺でも考えているわけではないでしょうに」

「あら、伯爵起きて来たの? 起き抜けなのによくわかってるじゃない。その通りよ。足りないのなら集める以外にないでしょう?」

「な、何を考えているんですか、アウレーリアさん! だ、ダメですよ、虐殺なんて!」

「大丈夫よ、流石に前回はあのあと面倒だったから。今回は他国まで足を延ばすわよ」


 今度は他国に行く。それくらいの猶予を稼ぐくらいならばここの連中ならばやるだろうと。


「西の方の諸国連合なら別に構いやしないでしょう?」

「構います。戦争になりますよ」

「それこそ、灰を稼ぐチャンスでしょう? 前王の時はそれやってたわよね? それに直すだけなら、前ほど多くなくて済むわよ。少しだけの犠牲で済む」


 マルテは思った。

 この人は本当にそれが必要ならばやってしまうのだろう、と。


 マルテは思い出す。

 過去の虐殺の風景と、自分の手を汚した黒い魔力を思い出す。

 かつてルブアルハリが汚染された時、マルテは必要だから、仕方ないから、彼らを苦しめてはいけないからと自分に言い聞かせて汚染された親しい人を殺したことがある。


 最悪の気分だった。

 自分だけが生き残ったこともそうで、なんの役にも立たない自分が人を殺したという事実が何よりも重く心も身体も苛んだ。

 自分はなんて汚い存在なのだろうかと思った。

 一度でもこれだ、二度目など考えたくもないし、これ以上アウレーリアにそんな汚いことをさせたくないと思った。

 これ以上汚れてほしくないと思った。


「駄目です!」


 だから、マルテは咄嗟にアウレーリアの頬を張り倒していた。


「人を殺すことはいけないことです。それが必要なことだろうと、国を守るためだろうと簡単にやったら駄目なことです! だって、だってそんなの辛くて苦しいだけじゃないですか!」

「わからないわね。わたしは気にしないのに」

「気にしないわけないです! 心のどこかで絶対に気にしてるに決まってます」

「心がない魔女って呼ばれているのに?」

「だったら……あたし嫌です。だってあなたはあたしを必要と言ってくれた、すごいって言ってくれた人なんですよ!?」


 何を言葉にしようとアウレーリアは気にしない。だから、マルテの感情で押すしかない。

 それは尊敬できる人、恩人には綺麗なままでいてもらいたいという我儘だった。

 そうでなければ、その言葉も汚れているように思えて嫌だとマルテは思ったのだ。

 そんな汚れた人の言葉をかけられた自分も、汚れていることを認めてしまうじゃないか。


 それは嫌だった。

 ただでさえ自分は罪深く汚れているのだ。

 そんな自分に、かけてもらえた『すごい』という誉め言葉を、『必要だ』という言葉を大切にしたいと思って何が悪いのか。

 きらきらとした宝石のように大事にしたいと思うのは当然じゃないか。


 感情的で、感覚的な、ただの我儘だ。

 それで王国が滅んでしまうかもしれないときに言うことじゃないのはマルテだってわかっていた。

 わかっているのに言わないといけないと彼女は思ったのだ。


「綺麗って、わたしの手はもう汚れているし、今更遅いと思うのだけれど」

「あたしだってそうです! でも過去はそうだとしてもあの日、助けてもらってからの今のアウレーリアさんはあたしの前ではずっと綺麗なままです! そんなあなたにかけてもらった大切な言葉なんです汚さないでください!」

「なんだか、わたしよりもあなたの方が気にしてるわね。わからないわ。それにやるなと言われても他に方法がないのに?」

「方法、本当にないんですか……?」

「んー、ないわけじゃないけど――」

「あるなら言ってくださいよ!」

「だって、推測なんだもの。不確かなもので国の命運賭けられないでしょ」

「なんでそんなところだけ常識的なんですか! なんなんですか、早く言ってください!」


 仕方ないとアウレーリアは渋々という様子で口を開いた。


「汚染の核を破壊しに行くのよ」


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