第九十九話 正月の宴

1571(永禄14)年1月 於:近江国八幡山城 浅井長政

 

 今年は正月の宴を盛大に行うことにした。

 去年は三好三人衆が新年早々に京を攻めるのを待っていたから宴は控えていたからな。

 琵琶湖の鮒の黄金煮や近江清酒など近江の産物はもちろんのこと、広げた領地からいろいろな食材が集まった。


 俺の隣りでは猿夜叉丸が蟹を食べている。

 丸ごと茹でられた紅い大きな姿で宴を彩っているのは越前蟹だ。

「旨いか?」とたずねると「はい!」と返事をしたあと、息子は大きな紅い蟹の身を一心不乱に殻から掻き出している。蟹を食べるときに無口になるのは、いつの時代でも同じようだな。

 敦賀を領する従姉妹殿は敦賀と近江を結ぶ街道の整備に力を入れているから、どんどん日本海の幸が近江に、さらに近江を経由して畿内に流通するようになっている。


 越前蟹の歴史は古い。

 初めて史料に越前蟹という名称が現れたのは、1511年に記された三条西実隆の日記だと伝わる。

 思えば三条西家は古今伝授をはじめとして、日本史のいろいろなところに足跡が残っている。その孫にあたる三条西卿は笑顔で美味しそうに蟹を食べているが、当代きっての文化人である。


 茶々が食べているのは若狭から届いた甘鯛だ。

 甘鯛は古くから京に運ばれて食されている。御食つ国である若狭は古代から朝廷の食事を支えてきた。

 そんなわけで、甘鯛は京から料理人を招いて調理させた。

「茶々、美味しいか?」

「はい、父さま。美味しいです」

 娘の笑顔を見るのはいつでも嬉しいものだ。


 次女の初は姉上にあやされている。

 俺の知る歴史でも浅井三姉妹を護ってくれた屈強な姉、見久尼がいてくれることは本当に心強い。

 

 政元の隣りでは結が貝を食べている。

 妊娠したことでお腹が大きくなってきたので、体調が良くなければ休んでいるように伝えていたのだが。

「結、体調はどうだ? 無理をしてはいけないぞ」

「ありがとうございます。大丈夫です」

「食べられるものはあるか?」

「はい、油っぽいものは苦手になったのですが。これはコリコリしていて美味しいです」

 結が食べているのは伊勢から届いた鮑だ。つわりの始まった結でも食べられるようで良かった。


 大きな伊勢海老も供されているし、思えばうちの正月料理も豪華になったな。

 酒も高価な近江清酒をたくさん用意してある。

 家臣たちも各地から届いた豪華な食材に舌鼓を打ちながら、楽しそうに酒を飲んでいる。


 一方、お市はと見ると、従姉妹の姉妹と何やら真面目な顔で話し込んでいる。

 どうやら畿内で売り出す新作の着物とアクセサリーの話らしい。

「正月から熱心だな」

「私たちが揃う機会はなかなかありませんから。楽しい話でもありますし」

「お市様たちが領内を巡行した反響は凄いです。近江産の豪華な着物や淡水真珠の装身具を買いたいという声が広がっているんですよ」


 三人とも忙しい身だ。正月から仕事の話をせねばならぬとしたら当主として申し訳ない気になるが、まあ楽しく話しているなら良いのかな。

 ところで着物の話をするなら敬子も参加していそうなものだが。

「敬子さんも食べるのに満足したら話に加わるでしょう」

 微笑むお市の視線の先を見ると……。


「ああ、実家にいるときは噂にしか聞いていなかった甘鯛がこんなにたくさん。それになんて大きな越前蟹。伊勢の鮑と海老は神代の世界の物かと思っていたら実在したのですね」

 敬子はご馳走を前に盛り上がっていた。

 うむ。これは敬子が満足するまでそっとしておいた方が良いだろう。

 そういえば、結が先に妊娠したことを敬子は気にしていないらしい。本当に人柄の良い娘だと思う。

 それにお市から聞いた話では、敬子も子を宿しているかもしれないらしい。

 政元は結だけを思っているのではないようで安心する。子どもがたくさん生まれることは浅井家としても目出度い。


 だいぶ酒も入り、宴は佳境だ。

「この料理の豪華さはどうだ。浅井の領地は本当に広くなったな」

「畿内も手中にしたし、天下は浅井のものだ」

 家臣たちからは威勢の良い声も聞かれる。

 正月の宴だから、今日は羽目をはずしてくれて良いとは思う。


 だが、東には武田や上杉、西には毛利や島津がいる。

 歴史の修正力の恐ろしさを感じることもある。

 天下を取ったわけではなく、まだまだ油断などできない。

 この世界線は俺の知る歴史からは随分乖離したから、これまでのように知識を活かして立ち回ることは難しくなっていくだろう。


 それでも武将の健康状態や寿命は、俺の知識から大きくずれてはいない。

 俺の知る歴史では、今年の5月頃に信玄は血を吐いて倒れ、三河で有利に進めていた戦を中断して甲斐に戻る。

 武田と戦うなら、なるべくその頃にしたいところだ。


 こんなことを考えているのは、織田家で内線が起きる可能性が増大しつつあるからだ。橘内の報告によれば、織田家中の親浅井派と親武田派の対立はさらに深刻化している。

 織田信忠は歴史では甲州征伐の指揮をしたり、雑賀攻めで雑賀孫一を降したり、武将としての能力は高いと思われるが、残念ながら今はまだ実績がない。


 武田は親武田派の柴田や林に対して、もし兵を挙げるなら援軍を出すとけしかけているようだ。

 浅井としても、親浅井派の丹羽長秀や滝川一益、木下藤吉郎らに、もし武田との戦いになれば全力で助けると伝えている。

 美濃には暗雲がかかりつつある。


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