予知夢を見る少女は自分が幸せになる夢を見るのか?〜婚約破棄から始まる新しい未来〜

葉南子

第1話 たぶん、悪い夢だから

「エリーナ、君との婚約を破棄する」


 淡々と言い放たれた言葉が、私の耳に静かに届く。

 静寂に包まれている大広間の空気は重く、きらびやかなシャンデリアはスポットライトのように目の前に立つダニエルを照らしている。

 

「婚約……破棄……?」


 彼の冷たい声が胸を突き刺した。

 突然の宣言に頭が真っ白になり、言葉を失ってしまう。


「君の予知夢は使い物にならない。今日からは、ここにいるルシアの占いを信じることにした」


 ダニエルの背後から一人の女性が現れる。

 真っ赤なドレスを着た女性はダニエルの腕に自分の腕を絡ませ、私を見下ろして嘲笑あざわらう。

 

「エリーナさん、今までご苦労様。……ああ、何も役には立っていないんでしたっけ。目障りだから、さっさとここから出ていってくださらない?」

「まったく。とんだ穀潰しだったよ」


 二人の嘲笑ちょうしょうの声が大広間に響き渡り、そして心を引き裂いていく。

 胸の奥が痛い。息が詰まる。


「ダニエル侯爵……どうして……」


 絞り出したように震える声で問いかけると、彼は吐き捨てるように答えた。

 

「まだそんなところにいるのか。さっさと消えてしまえ」


 彼が指を鳴らしたと同時に、足元が崩れ落ちる。

 抗う暇もないまま、奈落の底へと誘われるように一直線に落下していった─────。



「──────いやあああぁぁぁ!!」


 叫び声と共に、上半身を勢いよく起こす。

 恐怖で身体が震え、無意識に両腕で自分を抱きしめていた。

 額には汗が滲んでいて、上手く呼吸ができない。


「…………夢……?」


 ゆっくりと意識が戻っていき、ぼんやりとしていた景色が次第に鮮明に見えてくる。

 私は、いつものベッドの中にいた。

 

「違う……。きっと違う……。予知夢なんかじゃ……」


 呟いた言葉が虚しく響く。

 その瞬間、涙が頬をつたっているとこに気づいた。

 私はいつの間にか泣いていたのだ。

 

 ──こんな悪夢が、現実になんてなるはすがない……。


 そう信じた。

 信じていないと、心が崩れてしまいそうだったから。

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