第5話 働きたくない29歳


仕事って本当に何なのだろうか。

働かなくても許される社会なのであれば、俺は絶対に仕事をしない。


生き甲斐?


そんなものは糞くらえだ。ただただ、働かなければ生きていけないから仕事をしているだけ。それだけだ。


そんなことを考えながら、俺は職場の昼休み中、いつもの様にプロテインバーを一本口にして自席のデスクでボーっとしているところ。


目の前の仕事の見通しどころか、1年後の自分の人生の見通しすら見えない。

やはり、齢30を目前にしてこれは、人生積んでいると言わざるを得ない。


「ふふっ、今日もそれひとつですか? いつも思いますけど、それだけで足ります?」

「ん? あぁ、余裕で足りる」


そう。別に美味しいと思いながらご飯を食べることのできない空間で、カロリーを無駄に摂取する必要なんてない。


「そう言えば、今回の土日はどこかに行ったりしたんですか?」

「いや、いつも通り家に引き籠ってたけど」


そして、何度、今と同じような質問を彼女にこれまでにされただろうか。

今、いつの間にか、俺のデスク隣に立っている彼女の名前は


同じ部署になったことはないけど、何度か一緒に仕事をしたことのある歳下の女性。

確か、25か26歳ぐらいだったか。


「ふふ、また引き籠ってたんですね。一緒です」

「いや、絶対一緒じゃないだろ...」


そう。絶対一緒じゃない。あなたみたいな美人で愛嬌があって、細かい所にも気がいく俺とは真反対の会社のアイドル的な存在が、俺と一緒なわけがない。


現に、俺の同期にも彼女のファンはたくさんいるし、後輩でも彼女が好きと言っているものが結構な数いる。


「いやいや、一緒です」

「あ、でも昨日は一人で淡路島まで行ってきたわ...」

「いや、普通にがっつり外出てるじゃないですか。写真とかないんですか?」

「いや、30歳にもなった俺が、一人で行った淡路島でアイス片手にピースとかして自撮りしてるの、見るに耐えなさすぎるだろ...。スマホの写真フォルダが自動で保存を拒否して削除するレベルだわ...」

「フッ、何で自撮り前提なんですか...。しかも自動で保存を拒否って」


まぁ、確かに、今も目の前で、俺の様な男の話を満面の愛嬌で笑いながら聞いてくれる彼女の姿を見ていると、彼女にファンが多い理由は普通にわかる。


勘違いして、自分に脈があるんじゃないかと思ってしまう男が多くいることにも頷ける。


「でも、いいなー。淡路島。私も行きたいです」

「ぜひ、友達とかと行ってきてください...」


でも、彼女の場合はこれが普通だから。

そう。周りの皆に対して、こんな感じ。誰に対しても笑顔を向けて、共感をしてくれる...はず。


だから、ファンが多い。


特に俺に対しては、たまに目の前で俺の顔をじーっと無言で眺めながら何がそんなに面白いのかクスクスと笑ってきたりと、珍獣と暇つぶしに戯れるような感覚で、隣の部署から話しかけに来ているのだろう。


さすがにそんな中で勘違いするほど俺もバカではない。

まぁ、20代の前半に出逢っていたらヤバかったかもしれないがな...


「あ、もう昼休み終わっちゃいますね。じゃあ、午後もお仕事頑張りましょう!」

「あぁ、頑張りましょう...」


あぁ、それにしてもだ。家に帰りたい...。


仕事が嫌だ。

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