第7話 recorder

ポルトガル語でボランチは〈ハンドル〉という。

ボランチとは花形にもなれれば黒子にもなれる。

また、低い位置でボールを失った場合、即失点。戦犯扱い。

チームの攻撃、守備。どちらの鍵をも握る心臓。

このポジションの選手の能力はチーム全体の攻守に大きく影響する。



 ピー

幕井のゴールと共に笛が鳴った。

試合終了。

試合は2-1で幕井のチームの勝利。

幕井のゴール決勝点だ。


「ブラボー」

と大きな声を上げて駆け寄ってきたのは、朝日だった。

 ギュッ

左サイドにいたはずの朝日が幕井に抱きよった。

そのあと、味方の選手達も駆け寄ってくれた。

 

遠藤が幕井に向かってきた。

「スマン、お前のこと舐めてた。」

と、遠藤はお辞儀を下げ、謝った。

「次は抜かれない。」

と言って、去ってった。

「ごめんな。 あいつ口数少ないんだよ。」

と、朝日は言う。

朝日と遠藤は中学時代からの同級生だ。

お互いのことはよく知っている。


みんな水分補給に向かった。

すると、マネージャーの名村が幕井の方に来て、

「上手いんだね。サッカー。」

と言って、スポーツボトルを手渡して、使ったボールを片付けに行った。


松長先生が幕井の方に向かった。

「おまえ、サッカー好きじゃん。

だって、夢中で一番ボール追っかけてたじゃん。」

と、明るい声で言う。

幕井は気づいていなかった。

幕井はこの試合で一番ボールを追っかけて、一番首を振って、一番ボールを要求していた。

「多分だけど、本当にサッカーが嫌いなら中学校3年間、サッカー続けれてないと思うよ。」

幕井はハッとした。

幕井はサッカーをずっと好きだった。

ただ、サッカーを諦めただけだった。


「ここでやろうぜ。サッカー。」

と言って、朝日は幕井に手を差し伸べた。

「うん。」

幕井は朝日の手を握った。



その光景を、ある1人の学生がサッカー場の外で見ていた。


夜。

寮生は全員、寮での食事を食べ終え、部屋に入る。

すると、幕井は机の下にある段ボールを持ち上げる。机の上に置いて、ガムテープを剥がす。

すると、中には、新しいスパイクが入っていた。



大阪に行く前。


舞浜駅改札前。

「ちょっと待って。竜二。」

幕井の母が呼び止める。

「この段ボールちょっと大きいけど持ってって。」

「これなに?」

「また、サッカーやるかもしれないでしょ。

あんた、サッカーやってる時が一番楽しそうなんだから。」

「だからやんないって。」

「まぁ、続けるときに開けて。

じゃあ、大阪で頑張って。」


入っていたスパイクは、白を基調とした色のスパイク。このスパイクのモデルでは一番値段が高いトップモデルだ。

 

 テュルルル テュルルル

幕井は母に電話をかけた。

 ガチャ

「もしもし」

母が電話に出た。

「お母さん」

「あ~竜二 大阪には慣れた?」

すぐに幕井の心配をした。

「慣れたよ。てか、それよりスパイクどうしたの?これめっちゃ高いじゃん。」

と、少し、大きな声で言う。

「なに、怒ってるの? あなた、前ユーチューブでその靴の動画見てたじゃない。

欲しがってたんじゃないの?」

幕井は確かに、そのスパイクを欲しがってた。

「確かに欲しかったけど。 買うか買わないか別の話でしょ。 

それに、このスパイクめっちゃ高いんだよ。

お姉ちゃんの学費もどうするの?」

幕井には大学3年生の姉がいる。

「そんなの、またいっぱい働いて稼げばいいのよ。」

と、軽めな感じで言う。

「そんな軽い感じで。」

「というか、その靴について言ってるってことはサッカー続けるの?」

「うん。」

すると、嬉しそうな声で。

「そう。サッカー続けるのね。

いつか、試合観に行かせてね。」

「ヤダよ、恥ずかしい。」

と、恥ずかしげに答える。

「そうそう、あなたが大阪に行った後、あなたの部屋を少し片付けてたんだけどね、

小学校の卒業文集見つけたのよ。

そこにね、『私の夢はプロサッカー選手になって、日本代表になることです。』って書いてたのよ。

あなたはそんなこと忘れてたっぽいけど。」

幕井はそんなことすっかり忘れてた。

小さい頃からずっと夢は変わっていなかった。

「そういえば、そんなこと書いてたね。」

自分が書いたかは完全に思い出したわけではないが、頷いといた。

「サッカー続けるってことは、また、辛いこともいっぱいあるだろうけど、頑張って。」

幕井は中学のときのことを思い出した。

「うん。頑張る。」

「あと、本当に辛くなったら、いつでも帰ってきていいんだからね。

しょいこみすぎたら逃げたり、捨てることも大事だからね。」

少し、間が空き、

「これ、お父さんの言葉なんだけどね。」

「うん。ありがとう。スパイクも。」

「どういたしまして。

また今度ね。」


 ピー

電話が切れた。

「ぐすっ ぐすっ。」

 ポタ ポタ

涙がこぼれる。

止まらない。

ここまで家族のありがたみを知ったのは、幕井は始めてだった。


幕井は瞳をこすり、学校の課題に手を付けた。

















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