第12話 ネタ探し

「それで俺を誘って何がしたいんだ?」

「ネタ探しに付き合ってもらいたくて」


 柳井さんを花火の約束をした次の日、僕は小説の新たなアイデアを探すために龍樹を夕食に誘った。


「別に俺じゃなくても良かったんじゃないのか? それこそ姉さんを誘えばいいのに……」


 グチグチと文句は言いつつも、なんだかんだ付き合ってくれている。ただどの店に入るかは龍樹の指定で、僕が初めて訪れる店だった。


「僕が紗弥加さんを誘っても来ないでしょ」

「そんなわけないと思うけどな。案外飛んでくると思うぞ」

「ハハ、そんなわけ」


 ありえそうなので反応に困るところだ。龍樹には紗弥加さんに告白されたことは言っていない。交際をしているならばまだしも、断っているのをわざわざ言う必要はないと思っているからだ。この様子を見るに紗弥加さんが龍樹に話しているということもなさそうで一安心だ。もし知っていたら色々めんどくさいことになってただろうし、知られていなくて良かった。


「別に恋愛ぐらいはしてもいいと思うけどな、それで“うすいさち”への気持ちが変わるわけでもないだろう?」

「そうなんだけどさ、どこか心が避けちゃってるみたいで……」


 僕は別に恋愛が出来ないわけではないとは思う。紗弥加さんの告白だって本当に嬉しくて付き合いたいと思いもしたからだ。ただ何かが心に引っかかってしまった。


「だからさ、“うすいさち”に逢えれば僕の気持ちもはっきりするんじゃないかなって……」

「ねえ、今日の仕事何時まで? 仕事の後暇ならさ俺とお茶でもしない?」

「仕事中ですので……」

「あの、真剣な話をしてる時に、店員さんをナンパするの辞めない?」


 龍樹から話を振ってきたというのに、僕の話を聞かずに頼んだ料理を持ってきてくれた店員さんをナンパしていた。


「俺は純と違って、恋は自由にしたいからな。目の前にタイプの女の子がいれば所構わず口説く」

「あの子も困ってただろ……」

「ち、ち、ち。甘いな、あともう一回声を掛けられればデートぐらいはいける」


 顔立ちの良さに加えてこの積極さも合わさり、想像以上にモテている。高校でも龍樹に好意を寄せている人がいるって話はちらほら聞こえてくるし、現に先程声を掛けられた女の子も龍樹のことが気になるようで、龍樹の方をチラチラと見ている。この度胸が僕にもあれば昨日はあんなに苦労しなかったのにな。昨日の気まずい雰囲気を思い出し、龍樹の凄さを改めて実感する。


「それにしても初対面の女の子によくまぁ話しかけられるな」

「別にあの子は初対面じゃないけどな。何回もこの店には来てるし……」

「……あの子のことが好きなの?」

「いや、別に?」


 照れ隠しとかでもなさそうで、本当に好きという感情は龍樹の顔からは読み取れない。それなのになぜか彼女に固執していそうな雰囲気だけは感じる。


「実際デートしてみないことには好きになるかどうかは分からないだろ?」


 変なところで真面目な龍樹であるので、さっきみたいにナンパしてデートをすることはあれど、誰かと付き合ったことは一度もない。一度デートしてみて好きかどうかを確かめているようだ。


「お前も人のことを言えないけどな。よく後輩の女の子とよくデートをしてるじゃねぇか」

「柳井さんとのやつは別にデートじゃなくて、同じ趣味仲間で出かけてるだけなんだけど」

「それを世間ではデートって言うんだよ」


 そう言われてしまえば反論できなくなってしまう。可愛い子と遊びに行っている自覚はあるし、他の人からすれば羨ましがられる状況であることは理解はしている。ただ僕と柳井さんの間に恋愛という文字がないだけのこと。


「後輩の子だけじゃなくて、姉さんともデートしてやればいいのに」

「お前はどうしても僕と紗弥加さんをくっつけたいみたいだな」

「そうに決まってんだろ? 姉さんと結婚してくれれば、お前は俺の兄貴になるんだ。知らない誰かが兄貴になるよりかは親友のお前の方が良い」

「お前の理想に付き合わされる、僕と紗弥加さんの気持ちも考えろ」


 龍樹は僕が柳井書店で働き出したと知ってからさりげなく、紗弥加さんのことを話すことが増えた。冗談で言っているところもあるのだろうが、少しは本気で僕が紗弥加さんと付き合って欲しいという気持ちもあるのかもしれない。


 でもそうなると疑問に思うところもあったりする。僕が“うすいさち”にどっぷり沼っていることを良しとしていることだ。恋愛をしない理由の1つに彼女の名前を挙げているのに、そこに対して何か言ってくるどころか応援してくれている。龍樹が僕に紹介したから言いにくいというだけでここまで何も言ってこないのだろうか。


「とまぁ冗談は置いといて、それで純はどういう話を書きたいんだ?」


 自分の言いたいことは言い切ったようで満足げな顔で龍樹が相談に乗ってきた。ここまで頭の切り替えが早いと逆に尊敬してしまう。僕はまだ気持ちの整理が出来ていないというのに……


「とりあえず、書かなきゃいけないのラブコメで、ヒロインは2人って言われた」

「ふ~ん」


 相談に乗るとは言ったものの興味はあまりなさそうだ。僕がアイデアがまるで出ていない等の話をすると相槌こそあれ、意識の半分は先程声を掛けた店員さんに向いてたりする。


「純、もう1品何か頼まないか?」

「相談に乗る気ある?」


 これで好きじゃないとか逆に信じられないな。僕の話よりも彼女と話したい気持ちの方が強いらしい。


「あの子の名前知ってるの?」

「前来た時に訊いた。千早ちはやちゃんって言うらしい」


 さすがと言うべきか、その辺りのことはすでにできているらしい。この店にも何度か訪れていて、名前も聞いている。料理の注文するタイミングも図って彼女が来るようにしていたみたいだし、これで好きじゃないと言う方が無理があるような……


 ただあの子もどっかで見たことがあるんだよな……。どこで見たんだろう。僕の行く場所なんてそうそう限られているのに。


「あの子もかなり可愛いし、彼氏がいたりとかは?」

「いるならはっきり断るだろ。曖昧に断ってるからには断る理由がないってことだ」

「もうお前が怖いよ」


 龍樹の今の様子だけでも小説に書けそうだ。ナンパは気軽にするくせに恋が出来ない男が1人の女の子だけ妙に気になっている的な感じなのを……、


 あれ? これでいいんじゃないか?


「なぁ龍樹」

「なんだ?」

「デザート頼んでやってもいいよ」

「本当か? じゃあ何頼むか決まったら教えてくれ」


 勝手に龍樹をモデルに小説を書くことには少し気が引けるが、それは龍樹の頼みを一つ聞いてやるということで良しとしよう。


 相談にはあまり乗ってはくれなかったが、十分大きな収穫はあった。イメージが凄く湧いてくる。これはプロットだけで収まりそうにないな。

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