第2章 不純な気持ち
第8話 ラノベ作家に拘る理由
柳井さんの指示のもと、小説を書き始めてから1週間が経った。上手く書けない僕が悪いのだが、柳井さんスパルタ講義は毎日のように続いている。この1週間でプロットを2回見せたのだが、惜しいとかそういった次元でなく、没にされてしまった。小説のアイデア出しのために夜遅くまで頑張っていたが、無駄だったようだ。
「だいぶ絞られたようだな」
「何笑ってんだよ……」
しっかりとした睡眠が取れていないこともあり、昼休みの教室でぐったりとしている僕に楽しそうに話しかけてきたのは
「悪い悪い、想像以上に顔色が悪いもんだから、和ませてやろうかと思ってな」
龍樹は僕が小説家を目指していることはもちろん知っている。日頃から僕が何かと相談もしたりすることもあるのだが、紗弥加さんからも龍樹に色々と話しているようで、僕の状況は大体把握しているようだ。
なので、僕が柳井さんに小説のアドバイスを貰っていることや、そのアドバイスが厳しいことも当然のように知っている。
「それで納得のいく作品は書けそうなのか?」
「僕的には書けているつもりなんだけどね……」
自信満々に持っていったプロットが翌日には赤字での指摘で埋め尽くされていた。こうなると、自分の感性がそろそろ信じられなくなってくる頃だ。
「でもまぁ、彼女もお前のためを思ってやってくれてるんだろ?」
「そうなんだよね……、だからこそ結果を出せない自分が嫌になってくるんだ」
柳井さんにとって僕が書いた小説を読むことは何の利益にもならない。それどころか、僕の心が完全に折れないようダメなところだけでなく良い所も少しは言ってくれているのだ。その優しさにどれだけ救われているか。
「それならさ、いっその事、小説を書くのを辞めればいいんじゃないのか?」
「急だな」
「別におかしな話じゃないと思うぞ。お前が小説家を目指す理由は、『“うすいさち”に会いたい』からだよな?」
「そうだよ」
「だったら別の道に挑戦すればいい。VTuberに会う方法なんて探せば他にもたくさんあるもんだ」
小説家が無理なら他の方法でも良い。確かに龍樹の言う通りだ。だってラノベ作家に拘る理由は僕にはないのだから。
「動画編集、作詞作曲、イラストレーターに、自分自身がVTuberになるのだって良い。本当に小説家になることが厳しいと思うのならさっさと違う道を選択するのも悪くはないと思うぞ」
「そうだね。龍樹の言う通りだよ」
ラノベ作家を選んだのはその時に他の方法がないと思ったからだ。彼女の配信を機に今では色んなVTuberも見るようにもなったことで、他にもやろうと思えば彼女に近づく方法もあることも知った。
「ありがとう龍樹。でも僕もう少しだけ頑張ってみたいんだ」
せっかく柳井さんが協力してくれると言ってくれたのに、やっぱり辞めて違う道を選ぶなんて口が裂けても言えない。精一杯やり切った上で諦める方がまだいい。
「そうか。ならそうすればいい。俺はただ別の道を教えただけだからな」
おかげで少しは気持ちが楽になった。たぶん一人で抱え込んでいたらいつか爆発していたかもしれない。本当に龍樹は僕のことをよく見てくれている。
「それと、どうやらお呼び出しのようだぞ」
「ん?」
龍樹が指差す方向には、教室の扉からこちらの様子を窺う柳井さんの姿があった。2年生の教室と1年生の教室は階が違う。それなのにわざわざ僕の教室にくるなんて何かあったのだろうか。
「ほら早く行ってやれよ。2年生しかいない空間にいつまでもいるのは辛いと思うぞ」
「分かった、行ってくる」
龍樹に促される形で僕は席を立ち、柳井さんの下へと向かう。柳井さんが来ていることに気づくなんて周りが良く見えているんだな。さすが龍樹と言いたいところではあるが、本当は自分が気づいてあげないといけなかったんだよな。柳井さんは緊張した様子で僕のことを待っており、傍まで寄ると先程まで硬かった顔が緩んだな気がした。
「どうしたの? 何か大変なことでもあった?」
「先輩、今日携帯って忘れました? 1限が終わったタイミングで連絡していたのですが既読が付かなかったので……」
「いや、そんなことは……あっ」
ポケットから携帯を取り出すと、画面が真っ暗だった。どうやら充電切れらしい。
「ごめん、充電するの忘れてたみたい」
「そうだったんですね、なら良かったです。てっきり小説を書くのが嫌になって無視をされてしまったのではないかと不安に」
「そんなことはしないよ」
少し食い気味に答えてしまったことで、柳井さんが可愛らしくピクっとした。驚かせてしまったみたいだ。
「ごめん驚かせて。僕はどんなことがあっても柳井さんの連絡を無視することはないよ」
「そ、そうですか。なら良かったです……」
辺りに微妙な空気感が漂う。知り合いの目が周りにあることも原因なのか、このやりとりに少しばかり恥ずかしさを感じてしまう。1年である柳井さんが2年の階に来ていることもあり、ちょっとした注目の的になってしまっているのもまずかったのかもしれない。場所を変えるべきであったか。
「ほら、さっさとしないと昼休みが終わっちまうぞ」
静寂な時間を壊したのは龍樹だった。後ろから僕の背中を掴んで2人の空間に割り込んできた。
「先輩、その方は?」
「ああ、紹介するね。僕の幼馴染の榎原龍樹だよ」
「先輩、お友達いたんですね。私のお誘いを断ったことがないものですから、いつも一人なんだと誤解していました」
聞き耳を立てていたわけじゃないだろうが、柳井さんとの会話を聞いたクラスメイト達からクスクスと笑い声が聞こえてきた。本当に恥ずかしいったらありゃしない。
「僕にも仲の良い友人ぐらいいるって」
「すみません、つい……。それと榎原って……」
「紗弥加さんの弟なんだよ」
「姉さんを働かせてくれてありがとうな。姉さん迷惑かけてたりしてないか?」
「とんでもないです。いつもよくしてくれています」
龍樹が間に入ってくれたことで、変な緊張感は消え去った。まさかこれを狙って……? いや、単純に面白そうと思って来たんだろうな。龍樹に感謝を伝えるか一瞬悩んだが、すぐに辞めた。
「ところで純になんの用だったんだ?」
「えっと、それは……」
なんと答えればいいのかとチラチラと僕の顔色を疑う。柳井さんからすれば龍樹がどこまで知っているのか分からない以上、小説のことを黙っていた方がいいかと考えてくれたのだろう。
「大丈夫、龍樹もこのことは知ってるから」
「そうですか。えっと、伝えたかったことなんですが、今日学校が終わったら新しいプロットを持ってくると約束していましたが出来てますか?」
まるでプロの担当編集かのような目をする柳井さんに目を合わすことはできなかった。
「その様子だと出来てないんですね……」
「ごめん。この後仕上げるつもりだったんだ」
もちろん嘘ではない。この後の5,6時間目はHRでは2学期の始まってすぐにある文化祭の催し物を決めることになっている。自分が何か発言しなくても決まることだし、文化祭の方はクラスに任せ、僕はプロット作りに時間を充てるつもりだった。
「ならちょうど良かったです。私今日どうしても外せない用事が出来てしまったので、できれば明日に変えられないか伝えようと思ってたんです」
「ならちょうどいいね」
「……先輩?」
失言だったと僕はすぐに後悔した。鋭く蔑むような視線が痛く突き刺さる。
「日時変更をお願いしたのはこちらですからあまり言いたくはないのですが、本当にちゃんとしてくださいね」
「早急に仕上げます」
頭を必死に下げていると隣で「結構怖い子だな」とボソッと龍樹が言うのが聞こえた。聞こえたらまずいから本当に黙ってて。
「分かればいいんです。それでは先輩、また明日」
「じゃあ、また明日」
柳井さんは「もう、先輩ったら……」と頬を膨らませて怒って帰っていった。階段を下りて行くのを見送っていると、横から
「ねぇ、純。今の子誰?」
「前に話した後輩だよ、遥夏」
視界の端で何故か柳井さんがピクっと反応したように見えたが特に引き返してくることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます