第4話 夢花の苦悩
「今からになってはしまいますが、私もお手伝いしますね」
「大丈夫? 今日は用事があったみたいだし、疲れてるんじゃないの?」
「心配してくれてありがとうございます。でも、問題なく終わったので大丈夫です。それにここは私の家でもありますから」
柳井さんは着替えるために一度自室へ戻って行った。柳井書店の上は柳井さんの自宅であり、階段を上った先に家があるらしい。これほど本に囲まれた生活であるならば、柳井さんが本を読むのが好きになった理由も何となく想像ができる。
「ねえねえ」
紗弥加さんがコソコソっと僕に手招きをした。近づくと耳を貸すように言われ、紗弥加さんの顔の方に耳を傾ける。
「さっきの小説を誰かに読んでもらう話、夢花ちゃんにお願いしてみたらどうかな?」
どうやら紗弥加さんも柳井さんにお願いすることがベストだと考えたようだ。
「それとも夢花ちゃんじゃ不満?」
「いえ、柳井さんにお願いできればそれは凄く嬉しいことです」
「じゃあどうしてそんな浮かない顔をしてるの?」
「どうしてでしょうね……」
おそらく、自分の作品を彼女に見せることに戸惑いを感じてしまっているのだと思う。自信があるとはいえ、一次選考を落ちてしまっているのは事実だ。本好きな彼女にこんなものを読ませていいのか抵抗が……いや、違うな。自分が読ませたくないと思っているのだろう。幻滅されたくないと……
「お待たせしました。私は何をすればいいですか?」
悩んでいる間に柳井さんが戻ってきてしまった。すぐに決断ができないことは本当に僕の悪いところだ。さっさと見せるか見せないか、判断すればいいだけなのに。
「じゃあ、夢花ちゃん。明日から始まるフェアの準備をしないといけないみたいだから、おすすめの本じゃんじゃん持ってきちゃって」
「分かりました」
「ほら、純くんも早くやるよ」
「あっ、はい」
紗弥加さんに促され僕は頭を切り替える。今は仕事中だ。どうするかは終わった後にでも考えるとしよう。
*
フェアの準備が終わったタイミングで店長が事務所から出てきた。今日はもう上がっていいと言われたので、僕たちは帰る支度がてら従業員室で休むことにした。
「お疲れさまでした、先輩」
柳井さんの手には麦茶の入ったコップがあり、それを手渡してくれた。
「ありがとう」
「いえ、先輩にはかなり大変な仕事をお願いしてしまいましたから」
「力仕事だったからね、こういうのは僕に任せちゃって平気だよ」
フェア準備ということで、新たに新しい書棚を置く必要ができたため、運ぶのが少し大変ではあった。それでも、頑張った甲斐はあり、明日からのフェアが凄く楽しみになるほどの出来になった。
「みんなに楽しんでもらえたらいいですが……」
「きっと楽しんでくれるよ。柳井さんが一生懸命選んだ本たちだしね」
「夢花ちゃんが選んだって書いてるだけで結構買いに来てくれるお客さん多いからね~」
「そう言ってくださると嬉しいです……」
僕たちの言葉が余程嬉しかったのか少し顔が赤くなっていた。こういう表情が豊かなところも、お客さんからの人気が高く、常連が増えているのもあるかもしれない。
「今日はこれで帰ろうかな」
「そうですね。この時間からはお父さんが店番してくれますし、先輩も紗弥加さんもありがとうございました」
素早く身支度し、従業員室から出ようとドアノブに手を掛けた時のことだった。
「そうだ、夢花ちゃん。小説の批評って得意だったりする?」
そんなことを突然紗弥加さんが柳井さんに向かって言い出した。どうしてそんなことを言い出したかなんて考えるまでもない。僕は慌てて振り返ると、紗弥加さんはこちらの顔を見てニコっと笑っていた。
やられた……。僕が絶対言い出さないと思って先手を打たれてしまったか。
「ええまぁ、おすすめの本を選んだりもしますから、それなりには得意だと思いますけど、それがどうかしました?」
「いやね、純くんが夢花ちゃんに頼みたいことがあるみたいなんだけど」
チラッと目くばせをした後、 『あとは自分で言ってごらん』と、
言葉にこそ出さなかったが、紗弥加さんの目でそんなことを言っていると感じた。
こんな振り方をされてしまえば、今更何でもないなんて言えるはずもない。柳井さんもキョトンとした顔でこちらを見てしまっているし……。僕は覚悟を決めることにした。
「昨日一次選考が落ちたって話をしたでしょ? それで今のままじゃダメだと思ったんだ」
「確か10回目でしたっけ、焦る気持ちも分かります」
「うん、そう10回も失敗してる。だけど、僕には何が悪いか分かってないんだ」
「なるほどです。それで批評が得意かどうか聞いてきたんですね……」
多くを語らずとも僕が何をお願いしたいか理解したようだ。ただ、顔は暗かった。
「そうなんだ。今の僕に必要なのは客観的な視点なんだ。だから柳井さんに僕の小説を読んでダメなところを教えてくれたらと思ったんだ」
「そう、ですか……」
彼女の顔は暗いままだった。それはつまり乗り気ではないってことだろう。
「夢花ちゃん、小説の感想ぐらい言ってあげれば良いんじゃないの?」
「私なんかの意見が参考になるとは思えません」
「そんなことないでしょ? ユ……夢花ちゃん以上に小説のこと詳しい子、純くんの周りにはいないと思うけどな」
僕もそう思う。柳井さん以上に誰かを小説に詳しい子はいないと思う。それほどまで彼女は本が大好きな女の子なんだから。
「何か言いたそうですね?」
「別に何もないよ」
紗弥加さんと柳井さんの間に微妙な空気が流れる。お互いのことを嫌っているわけじゃないだろうが、相手の顔色を窺っているようなそんな空気感。このまま2人で話させておくと、もっと空気が悪くなるような気がしたので咄嗟に口を挟んだ。
「何かやりたくない事情でもあったりする?」
「昔、先輩と同じように小説を目指しているお友達がいました。今の先輩のように私に感想を求めてきたことがあって、厳しい意見を言っちゃったことがあったんです。そしたらその子、二度と小説を書かなくなりました」
暗い顔をしていた理由はこれだったのか。いつも明るい彼女からは感じられない一面だ。これが彼女の抱える暗い過去なのだろう。
「私が余計なことを言うことで、先輩も同じように小説を書かなくなるんじゃないかって、心配なんです……」
「純くんはそんなにやわじゃないと思うよ」
「そうですかね」
「だって見て、10回も落ちてるのにまだ諦めていないんだよ。普通のメンタルだったらとっくに小説家なんて諦めちゃってると思うわよ」
「それは、褒めてるのか貶してるのかどっちなんですか……」
「え? 褒めてるよ」
褒めているとは言ってくれてはいるけれど、凄く胸に言葉が刺さる。改めて10回も落ちていると他の人から聞くとよく諦めてないなと自分でも思ってしまう。
「それとも、このまま純くんが夢を諦めちゃってもいいの?」
「そ、それは……」
柳井さんの顔がどんどんと暗くなる。どうしてここまで僕のために悩んでくれるのだろう。嫌なら嫌って言ってくれればいいだけなのに。
「柳井さん、僕は柳井さんに僕の書いた小説を読んでもらえたら嬉しいと思う。だけど、それで柳井さんが傷ついてしまうなら、僕としてもそれは嫌だ」
「先輩……」
「だから、もし読んでみてもいいと思ってくれたらその時にはお願いしたいな……」
自分の夢だけのために柳井さんを苦しめたくはない。柳井さんが無理というのなら別の策を考えればいいだけ。それこそ、小説サイトでも投稿すればいいんだ。
「分かりました先輩。少し、時間を貰えないでしょうか?」
「うん、いいよ。ありがとうね」
これ以上は特に何も言うことはなかった。柳井さんからの返事が来ることを気長に待つとしよう。
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