第2話 迷い込んだ先で
研吾は、無理をして休みを取ることに決め、翌日にはその座標が示す場所に向かうことにした。仕事に追われる毎日から少しでも解放されたい一心で、教授からの手紙に記されていた座標を頼りに、足を運ぶことにしたのだ。最初はただの田舎の風景が広がる場所だろうと思っていたが、心のどこかで、もしかしたら何か特別なことが待っているのではないかと期待もしていた。
電車を乗り継ぎ、途中でタクシーに乗り換え、ようやくその座標に辿り着いた。山間の道を抜け、険しい坂道を上り下りしながら走り続けた先に広がっていたのは、古びた藁葺き屋根の家々が並ぶ風景だった。その景色は、まるで昭和初期の日本にタイムスリップしたかのような懐かしさとともに、どこか寂しさを感じさせた。無人のように見えるその村は、静寂の中で時が止まったようだった。
「こんなところに教授は一体何を?」
研吾は不安げな表情を浮かべながらも、周囲を見渡した。日差しが強く、空は雲一つなく晴れ渡っていたが、どこか異質な空気が漂っている。時間が止まっているかのような村の雰囲気に、研吾の胸には不安が募っていった。しかし、ここまで来た以上、何か手がかりを見つけなければならない。教授が示した座標に、一体何が待っているのかを知るために。
歩きながら周囲を見回すと、村の中には一本の道が延びていた。その道を進んでいくと、藁葺きの家がひとつまたひとつと現れる。すれ違う人も、物音一つもしない。その景色は次第に寂れていき、やがて村の外れに近づくにつれて、ますます廃墟のような佇まいになっていった。家々は朽ち果て、窓は割れ、ドアも開け放たれている。ここはまるで、誰も住んでいない廃村のようだった。
「どうしてこんな場所に…?」
研吾は自問しながらも、どうしても立ち止まることができなかった。足を進めながらも、この場所に何かしらの意味があるはずだと信じ、さらに村を進んだ。しかし、進めば進むほど、心の中で「帰りたい」という気持ちが強くなっていった。
そしてふと、振り返ったその時、研吾は驚愕の事実に気づく。歩いてきた道――タクシーを降りた場所に戻ろうと振り返ったが、そこにあったはずの道が消えていた。車を停めた場所も、タクシーの痕跡も、もうどこにも見当たらない。
「どういうことだ…?」
心臓が一瞬止まりそうなほどの衝撃を受けた研吾は、慌てて周囲を見渡した。村は静寂そのもので、周りに人影も車も何も見当たらない。歩いてきたはずの道が、今や無に帰したように消えていた。まるで、すべてが幻想のように思えた。
どうしようもない状況に、研吾は冷や汗をかきながら立ち尽くした。どこをどう進んでいいのか、どうしてここに来てしまったのか、何もわからない。だが、そこでただ立ち尽くすわけにはいかなかった。仕事を抱えたままこの異常な場所に迷い込んでしまった以上、なんとかしなければならない。
研吾はふと、普段から持ち歩いている仕事用のノートパソコンを取り出し、開いてみた。無理矢理にでも手を動かさなければならない、という焦燥感に駆られたのだ。周囲がまるで自分の感覚を否定するかのように感じられたが、それでも彼はノートパソコンを開き、いつものように図面を描き始めた。
スマホの電波さえ繋がれば、図面を送ることができる。そんなことを思いながら、ポケットからスマホを取り出し、画面を確認した。しかし、画面に表示されたのは「圏外」の文字だけだった。村の中では電波が全く届いていないようで、ネットに接続することができなかった。研吾は一瞬、冷や汗をかいたが、それでも手を止めることなく作業を続けた。
「こんな場所で、こんなことをしている自分は…」
画面に映る真四角な家の図面を見つめながら、研吾は皮肉な気持ちになった。廃村での混乱の中でも、いつも通りの作業をしている自分に少し呆れた。まるでパズルを解いているかのように、決まった形の家を描き続けていた。これで何かが変わるとは思えないのに、手を動かさないと落ち着かない自分がいた。
「結局、どこに行っても俺は社畜か…」
そう感じながら、さらに図面に手を加える。下請け仕事の納期も迫っている。こんな場所で、帰れるかどうかわからない状況に陥っているにもかかわらず、ふと気づけば仕事のことを考えている自分が情けない。自分がどんなに場所や時間に縛られ、日々に追われていても、仕事から逃れられないことに、嫌でも思い知らされていた。
それでも、こうして仕事を続けることが正しいのかどうか、研吾にはわからなかった。ただ、今は何もできずに立ち尽くすよりも、手を動かしているほうが、少しだけ心を落ち着けることができる気がした。
登場人物
安藤研吾:主人公。40代半ば。2級建築士。
佐橋教授:研吾の大学時代の恩師。
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