第5話 勇者と姫騎士の出会い~異世界に召喚された直後に追放されかけたけど、そんなん無視して魔王をぶっ倒して姫騎士をざまぁします~

「ほう……ここがアキトの部屋か」


 おっぱいについての言い争いの後……橘顕人の部屋に案内されたリーゼロッテは、興味深そうにその中を見回した。


「別に大して面白いもんはないぞ」

「ふむ、意外と本棚に本が多いな」

「ほとんどが漫画と小説、あと趣味関係の本だけどな。それよりもう遅い時間なんだからさっさと寝ろよ」


 顕人は部屋の隅に置かれたベッドをポンポンと叩いた。


「俺のベッドに寝かせてやるんだから感謝しろよ」

「分かった。その礼として貴様と結婚しよう」

「ああ、りょーかい……って、やめろ!どさくさに紛れて結婚しようとすんな!くそっ、お前……油断も隙もあったもんじゃないな……」

「敵の油断を突くのは戦いの基本原則だ」

「その原則をこんな所で使うんじゃない。……それじゃあ、俺はリビングのソファで寝るから」

「む?同じベッドで寝るのではないのか?」

「んな訳ないだろ。じゃあな、おやすみ」


 顕人はそう告げてそそくさと部屋を後にした。残されたリーゼロッテは、ベッドで横になる。


「……アキトの香りがするな」


 なぜだが、胸がドキドキする香りだ。しかしその事を意識しまいと、リーゼロッテは蒼く澄んだ瞳を閉じた。


「あの男に会った頃は、まさかこんな事になるとは思っていなかった……」


 そして脳裏に思い描く。初めて橘顕人と出会ったあの日の事を。



 リーゼロッテの住む異世界ゼバルギアでは魔王と呼ばれる強大な存在が人類と敵対していた。魔王とその配下たちは着々と支配領域を広げ、リーゼロッテが17歳になる年には世界の半分は魔王軍の支配領域となっていた。そして人類は、その状況に対して手をこまねいている事しか出来なかった。その理由は、魔王の持つ圧倒的な力にあった。


 『魔王軍と戦う者に呪いを与える』それが魔王の持つ能力である。


 魔王軍と敵対した者は、ただそれだけで呪いに蝕まれ瞬く間に衰弱する。鍛え上げた騎士であろうと大魔術師であろうと、魔王軍と対峙しただけで呪いに蝕まれ体力を奪われ、僅か数分で動く事すら出来なくなってしまう。それ故人類に出来る事は、魔王軍に対して最低限の防衛戦と撤退戦を行う事のみ。


 しかし、人類には一縷の希望があった。それは、魔王の呪いを受けぬ者――『運命の御子みこ』と呼ばれる者の存在だ。そのひとりがリーゼロッテ・リ=フェール・ファルツバルトである。


 リーゼロッテが運命の御子みこである事は生まれた時から周知の事実であった。それ故、彼女は幼い頃から魔王討伐のために剣術を叩き込まれて育った。たぬまぬ努力の結果、17歳になる頃にリーゼロッテは世界最強の剣士とまで呼ばれるに至る。そして、いよいよ魔王討伐の旅に出発する10日前というある日――リーゼロッテは、驚くべき言葉を耳にした。


「異世界から召喚した勇者を魔王討伐の旅に同行させる……!?どういう意味ですか、父上!?」

「そのままの意味だ」


 王宮内、玉座の間にてリーゼロッテと向かい合うのは威風堂々たる容貌を持つ中年男性。彼こそがファルツバルト国王……ルドルフ・ゼリガ=フェール・ファルツバルトである。ルドルフは、重々しい口調で言葉を続けた。


「以前より、宮廷魔術師主導で異世界召喚の実験が行われていた事は知っておろう?」

「はい。ですが、異世界召喚の成功例はないと聞いていますが……」


 異世界召喚。すなわち、異世界から物体や生物を召喚するという超高位魔術。理論上は可能とされているが、成功例は皆無だ。


「それがな、昨夜ついに異世界召喚に成功したのだ。もっとも、偶然に近い形での成功で再現性は無いようだがな」

「いったいどのような者なのですか?異世界から来た勇者と言うのは……」

「お前と同い年の青年だ、リーゼロッテ。名前は……アキト・タチバナと名乗っておった。異世界では学生として過ごしておったそうだ」

「学生……?」


 父の言葉にリーゼロッテは眉をひそめた。


「つまり、戦いの素人という事ですか!?」

「……そうなるな」

「その素人を『勇者』に仕立て上げて魔王討伐の旅に同行させると、父上はそう仰るのですか!?」

「その通り。何しろ、異世界人は魔王の呪いを受けぬはずだからな――」


 魔王の呪いは、この世界で生まれた者にのみ作用すると言われている。ならば、この世界の外から来た者ならば?おそらく、魔王の呪いは通用しない。


(だが、例え魔王の呪いの影響を受けないとしても……ただの一般人ではないか)


 魔王の呪いを受けないとは言っても、戦いの心得が無ければ魔王軍に勝つ事は出来ない。つまり、異世界人アキト・タチバナはほぼ確実に魔王討伐の旅で死ぬ事になる。


「例え戦いの素人であろうとも、旅立ちまでの10日間訓練を積めば下級兵士程度の実力にはなるだろう」

「それで?その下級兵士程度の実力の『勇者』をどうしろと言うのですか?」

「少なくとも、囮程度の役には立つだろう。異世界から来た勇者が魔王を倒す……という古代の予言は有名だ。魔王軍の目を引き付ける事ができる」

「つまり、そのアキト・タチバナという男を囮として犠牲にして……その隙に魔王軍を倒せ、と言う事ですか!?」


 リーゼロッテは父を睨みつける。ファルツバルト国王は、苦々し気な表情を作りつつも娘の言葉に肯定の意を示す。


「そうだ」

「くっ……!」


この世界ゼバルギアの人間である私が、この世界を救うために命を賭けるのは当然だ。しかし、無関係の異世界人を犠牲にするなど……許される事ではない!)


「父上、その異世界人は今、どこに?」

「客人用の部屋、『白薔薇の間』だ」

「承知しました」


 答えるや否や、リーゼロッテは駆け出していた。「おい、待つのだリーゼロッテ!」と叫ぶ父の声を無視して。


 目当ての部屋に辿り着くと、リーゼロッテはノックもせずに扉を開け放つ。部屋の中では青年が椅子に腰かけていた。黒髪で、やや人相が悪いがなかなか整った顔立ちをしている。リーゼロッテは、無遠慮に青年に歩み寄る。


「君が異世界人、アキト・タチバナだな」

「そうだけど、あんたは?」

「我が名はリーゼロッテ・リ=フェール・ファルツバルト。この国の王女だ。そして、魔王討伐の運命を背負った者でもある。その私が貴様に告げよう。――貴様は不要だ!貴様をこの世界から追放する!」

「は?」

「戦いの経験もない異世界人など不要だと言っている。宮廷魔術師殿に送り返すように頼んでやるから、さっさと元の世界に帰るがいい」


 リーゼロッテは、男を見下しながら傲岸不遜を体現するかのような口調で告げた。このような態度を取ったのには彼女なりの計算がある。


(わざと相手を怒らせ、元の世界に帰らせる――それがおそらく最も良い方法だ)


 命を落とす事になるから帰った方がいいと説得したとしても、もしもアキトが責任感の強い男であれば「命を落とす事になったとしてもこの世界を救う手助けをしたい」などと言いかねない。だからリーゼロッテは、あえてアキトを怒らせるような態度を取った。


「はあ?なんだよ、いきなりわけわからん世界に呼び出しておいて不要って」

「怒りたければ怒れ。貴様など、その、えーっと……ゴミだ、カスだ、変態だ」

「……なんでそこまで言われないといけないんだよ」


 リーゼロッテの予想通り、アキトの表情に怒りの色が浮かぶ。


(よし……)


 リーゼロッテは自らの作戦が成功した事を確信した。おそらくアキトは、「そんな事言うならこんな世界こっちから願い下げた!帰ってやるよ!」などと言って元の世界に帰ってしまうだろう。……だが、リーゼロッテのそんな予想は見事に裏切られてしまう。


「正直、異世界のために戦うとか全然ピンと来なかったけど……なんか、そこまでボロカスに言われると逆に魔王討伐とやらをやってみたくなって来たな」

「え……?」


 アキトは椅子から立ち上がると、意外な言葉にきょとんとするリーゼロッテに顔を近付けた。


「こうなったら、意地でもあんたの旅に同行して魔王を討伐してやるよ」

「な、何を言っている!?わ、私は君の事を不要だと言っているのだぞ!?そんな私と一緒に旅をするだと!?」

「ああ、一緒に旅して……俺が魔王をぶっ倒してやるよ。そんで、俺が魔王を倒した時はちゃんと言えよ。『ゴミでカスで変態で役立たずなのは私の方でした』ってな」

「いや、ま、待て!何故そんな話の流れになっている――!?」


(なんだ、なんなんだこいつは!?いったいどういう性格をしている!?この、ひねくれ者め――!)


 こうして、魔王討伐を成し遂げる『勇者』と『姫騎士』は、出会った。それは、控えめに言って――最悪の出会いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る