04 豊臣秀吉
豊臣秀頼との二人きりでの対面を望み、山里丸にある茶室に招じ入れられた。
ちなみにこの山里丸という曲輪は、秀頼と茶々が終焉を迎えた場所として、後に知られることになる。
「こたびはお忙しい中、
「くだらん世辞はいい」
秀頼は巨大な体躯を窮屈そうにして、茶室に入った。
床に置いたその刀は、噂の一胴七度か。
茶室にまで佩いて来るとは、よほど気に入ったと見える。
「
わざわざ城主の間に招いての歓待などやる時間や余裕が無いから、という風にも見える。
だがお微行で来たのはこちらだ。
文句は言えぬ。
忠栄は堂上公家らしい挙措で秀頼の茶に応じた。
*
「で?」
これでは公家の
忠栄は床に置かれた一胴七度をちらりと見てから、茶碗を下ろした。
「他でもござらん、秀頼どの、昨今のご乱行、目に余る。どうか控えられよ」
「何だ、そんなことか」
秀頼はいかにもつまらぬという風で、耳をほじった。
野卑なふるまい。
それもまた、父の子であるというあらわれか。
「秀頼どの」
忠栄は思い切って、床の一胴七度をつかんだ。
「おやめくだされませ。そのような乱行を召されたところで、この刀の前の持ち主すなわちお父上はどうともされませぬ」
「たっ」
忠栄どの、と言おうとしたらしい。
秀頼は思い切り目を剥いて、つかまれた一胴七度を取り戻すことも忘れ、そのまま忠栄を見つめつづけた。
「やはり、そう思われておられたか」
沈黙する秀頼。
忠栄はその手につかんだ一胴七度に目を落とした。
「しかし、だからといって、そのような振る舞いをして、何になるのでしょう。お父上が生き返るのでしょうか。お父上の子であると証されたいのか。だとしても、豊臣の家は破滅に」
「滅びればよいのじゃ」
秀頼はぽつりと言った。
あれほど蝶よ花よと大事に育てられ、やがては豊臣の家を背負うことを運命づけられた子が――豊臣の子が、その滅びを口にした。
「滅びればよいのじゃ。このような、破倫の家など、滅びた方がよい。わが父、豊臣秀次を使い捨てのように殺す家など」
「…………」
今度は忠栄が沈黙する番だった。
そしてもう一度、あの夜の、完子の乳母の発言を思い出す。
──何にせよ、めでたきこと……完子さまが嫁がれ、そして秀頼さまも、今改めて見ますと、何と見事な男ぶり。まさに豊臣の子。お父上の関白さまを見ているようでございます。
お父上の関白さま。
他でもない、完子の乳母すなわち豊臣秀次の侍女だった女が、そういうことを言うと。
当時十一歳だった秀頼には、そのちがいに気づかなかったであろう。
関白と、太閤のちがいに。
だが気づいた者がいた。
その者の名は茶々。
茶々はその発言の危険さに気づいて、あとで乳母を呼びつけ、問いただしたのであろう。
だからこそ、城主の私的な空間の一室で、乳母は死んでいたのだ。
城主あるいは城主の家族でないと入れない空間、その一室で。
*
「
秀頼はぽつりと、そう語り始めた。
豊臣秀吉は、やはり自分の
ならどうするか。
ふと、おのれの後継者に擬した、豊臣秀次のことを思い出した。
「
その時の秀吉の心境はどうだったであろう。
おのれの血筋を残せないことの悔しさか。
豊臣家というしくみの不安定への歎きか。
「…………」
秀次にはまだ、石田三成のような能吏をつければ、何とかやっていけるであろう。
だが、秀次の次はどうか。
「これが
豊臣家の臣ですら、「若造」と秀次をなめる者がいる――たとえば、福島正則のような。
そうでなくとも、徳川家康のような潜在敵がそのような隙を見逃がすであろうか。
「……ひとつ、しかけるか」
秀吉はひとりごちた。
そして誰にも言わずに、そのしかけを作り上げ、実行した。
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