第33話「朽ちた回廊と深まる闇」

 暗い通路の先——潜んでいた“ほとんど動かないが、確実に人ではない存在”を排除し、俺たちはさらに奥を目指すことになった。

 ずり落ちかけた本棚や机を踏み越えながら、北村や橘が周囲を警戒し、リナと藤崎が後方を固める。小野田は改造パイプを片手に、足元の地形をチェックする形で中間を進む。

 俺(ハジメ)は先頭を行きつつ、微かな嫌な臭いを感じながら、足を運ぶしかない。



「……まだ続いてるのか、この通路」

 北村が息をついて小声で言う。幅は狭いのに、やけに奥へと伸びているこの裏回廊は、本来のビル図面には書かれていない(少なくとも、俺たちが確保している地図には)。明らかに“非常用”か“管理者用”のスペースだろうが、放置されていたのか、散々荒らされている雰囲気がある。


「壁の亀裂とか多いし、いつ崩れてもおかしくないな……」

 橘が周囲を照らしながら口を開く。薄っすらとコンクリが欠け、骨組みの鉄筋が見える箇所もある。

 もし大きな衝撃があれば、通路自体が崩落するリスクは否定できない。


「ハジメ……前方になんかあるよ」

 リナが後ろから呼びかける。その視線の先、通路の先端が少し広くなっており、下へ向かう階段のような段差が見える。


「下に降りる階段か? 地下フロアや配管ルートに繋がってんのかも……。でも、この建物の構造上、もうすでに俺たちは地下を拠点にしてるはずだよな」

 俺は混乱する。地図にはない場所からさらに下へ向かう階段があるなんて、どういうことだろうか。別棟の地下や旧設備層なのか、それとも……。


「行くのか? 戻るなら今だぞ」

 藤崎が尻込みしながらも、俺たちの意志を確かめる。目は恐怖で揺れているが、彼も覚悟は捨てていない。


「……調べるだけ調べよう。戻って“ここを放置する”のは怖いし、六日目のうちにできる限りリスクを消したい」

 俺はそう決め、仲間もうなずく。大規模な探索になれば、疲弊は避けられないが、ここを見落としたせいで背後を取られたら本末転倒だ。


 狭い階段を慎重に降りると、気配がひんやりと変わる。まるで地下水路のような冷たさが漂い、壁のコンクリから染み出した水が滴っている。

 まっすぐ数メートル下ったところで、そこに**鉄扉**が見えた。案の定、古びた鍵がかかっているが、錆びついて機能していないのか、少し押すだけでガコンと動いた。


「うわ、また嫌な予感しかしねぇな」

 北村が顔をしかめる。狭い階段で異形に襲われたら逃げ道がない。


「俺たちで一斉に警戒して入るしかない。……行こう」

 橘がナイフを構え直し、小野田は工具を持ちつつパイプを持ち替える。リナはバフ詠唱を切らさないように後ろを確保し、藤崎は懐中電灯をぎゅっと握っていた。


 扉をゆっくり引くと、嫌な音が金属の軋みとともに鳴り、内部から空気が漏れる。



 そこに広がっていたのは、**薄暗いコンクリ空間**。高い天井にパイプや配線が絡み合い、壁には古びた機械類が並んでいる。まるで配電施設や給排水設備の部屋のようだが、規模が妙に広い。


「なんだここ……? ビルの地下設備? でも、俺たちが拠点にしてる地下とは繋がってないのか?」

 俺は懐中電灯を照らしつつ辺りを巡らす。設備らしきパネルやメータ類は軒並み破壊されている。床には散乱した部品と……またしても怪しい汚れが点々と続いている。


「地下施設が二重になってるってことか……。昔の増築部分とか、秘密区画ってパターンかね」

 小野田が感心するように呟く。工場勤務の経験からみても、ここは“普通のオフィスビル”の設備層とは違うと感じているようだ。


「でも、すでに崩壊してるな……。壁に穴も開いてる」

 藤崎が視線を走らせる。確かに、奥の方でコンクリが崩れ、**洞窟のようになった空間**が覗いているのが見える。そこから湿った風が漂ってくる。


「こりゃあ、モンスターがいつ巣食ってもおかしくないな……。正直、深入りするのは危険過ぎねぇか?」

 北村が腕を組んで警戒を強める。実際、こんな地下のさらに裏に繋がる通路まで発見してしまったら、手の打ちようがないと思う気持ちもある。


「……この六日目に、あえて探るメリットはあるのか。リスクばっかりじゃないか」

 橘が不安そうに言うが、俺は歯を食いしばる。


「もし、ここを放置して明日(七日目)を迎えたら、さらに強化されたモンスターがここから出てきて拠点を襲う可能性もある。少なくとも“ある程度”安全を確かめないと落ち着けない」


 今回のビル探索は、**“背後を断つ”**ためでもある。

 生半可に無視して、本番の七日目に背後から大型異形がなだれ込んでくる展開は最悪だ。


「分かったよ……じゃあ、もうちょい先を見て、無理そうなら撤退ってことで」

 橘が提案し、みんなもうなずく。俺も同意だ。全てを把握できなくても、せめてどんな敵が潜んでいるかは確かめておきたい。



 そうして、設備室を抜け、崩れたコンクリの壁を回り込むと、そこにはまるで“土のトンネル”のような空間が広がっていた。

 地面がむき出しになり、岩や砂が混ざり合ったような穴……まるで異世界との境界が歪んだかのようにも見える。


「……これ、ビルの地盤が崩れたわけじゃなさそうだ。何か、内部から掘られた感じがある……」

 小野田が懐中電灯で天井を照らす。そこには、まるで**巨大な爪痕**のような溝が走っていた。


「大型モンスターが地中から掘り進んだとか……? まじでシャレにならねぇ」

 北村が唾を飲む。藤崎はあまりに恐ろしい想像に顔が真っ青だ。


「こりゃあ、敵が**地底から湧いてくる**可能性もあるってことか……」

 橘が低く舌打ちし、壁に手を当てる。土がパラパラと崩れ、何か小動物の骨が引っかかっているのが見える。


「やっぱここは、これ以上行くの危険じゃない? 私……、どんな化け物が潜んでるか想像しただけで心臓が……」

 リナが震え声で訴える。士気アップのスキルを維持しているが、本人のメンタル消耗は激しい。


(確かに、この先へ進むのは下策かもしれない。でも、完全放置すれば七日目に背後を襲われるリスクが跳ね上がる……)


「……みんな、どう思う?」

 俺は皆に尋ねる。小野田は「作戦なしで奥へ突っ込むのはヤバい」、橘は「一度引き返して人数増やすのも手だが、時間がない」と苦い顔。北村は唇を噛んで黙り込む。


 すると、意外にも藤崎が意を決したように口を開く。「ここまで来たら、最低限“どのくらい広がってるか”だけ確かめるってのは……どうでしょう。先に進んで、すぐ戻る」


「おまえ、恐かったんじゃねぇのか?」

 北村が少し驚いた顔で尋ねると、藤崎は震える手を拳にしながら、「怖いけど、今このままじゃ……。ハジメさんが言うように、七日目にやられたら最悪だ」と答える。


「……そりゃそうだな。嫌だけど、見ないわけにいかない」

 小野田が同調し、橘も無言で頷く。


「リナ、無理せず引き返して待機してもいいんだぞ? ここはリスク高いから……」

 俺がリナを見やると、彼女は青ざめつつも首を横に振る。


「そ、そんな。私だけ戻ったら皆を支援できないし……足手まといかもだけど、せめて士気アップくらいは……」

 その眼差しは決意に満ちていた。もはや全員で進むしかないか。



「よし、分かった。ほんの数分だけ奥を覗いて、危なそうなら全速力で撤収する」

 俺は号令を出す。北村、橘、小野田、藤崎、リナがそれぞれ覚悟を固める形で頷き合う。


 土壁の洞穴を更に進むと、ビルのコンクリ空間とはまるで無縁の異世界が待ち受けているかもしれない。**地底からモンスターが出入りしている道**があるのなら、それを放置すれば七日目以降の拠点防衛が破綻する可能性が高い。


「行くぞ……。絶対に気を抜くなよ!」


 こうして俺たちは、**ビル内部**でありながら、まるで異世界へ繋がるかのような通路へ足を踏み入れる。恐怖と隣り合わせだが、ここで逃げたらいつか決定的な脅威に追い詰められるだろう。

 **チュートリアル六日目**。限られた時間の中、俺たちは更なる一歩を踏み込んでしまう。


**――闇に穿たれた地底の穴。その先で何が待つかは誰も知らない。

だが、いま仲間と決意した――安全を確保し、拠点を守り抜くため、限界まで行動するしかない……!**

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