第27話「不審な声と二つの選択」
警備員室跡での報告を終えたあと、俺は少しばかり目を閉じて頭を整理していた。
ここはビル地下。完全停電で、普段の生活リズムが崩れている。窓から光が入らないから昼夜の感覚が薄れているが、時計を確認すればそろそろ夕方に近いはずだ。
——そんな中、見張りをしていた藤崎が「謎のうめき声」を聞いたという情報が入り、今は数名がバリケード越しにその“声”の変化を見極めている状況だった。
(4階での激戦の疲労も残ってるし、怪しい声がするなら厄介だな……)
思わず額に手をあて、歯を食いしばる。二度の大きな戦闘をこなしたばかりの仲間たちは、もう限界ギリギリだろう。先ほどまで気を張っていたせいか、あちこちから小さなうめきや安堵の吐息が聞こえる。
「ハジメ、時間がない。どうする? あの声、だいぶ弱ってる感じがするって、藤崎たちが言ってるけど」
軽く昼寝をしていた柿沼が、足を引きずりつつこっちへやってきた。足の状態は良くはないが、拠点の指揮には参加できそうだ。
「そうだな……行ってみよう。変な声ってだけで放置して、仮に仲間が苦しんでるなら見殺しになるし、モンスターならモンスターで早めに対処すべきだろう」
俺が腰を上げると、そばで聞いていたリナもすぐに反応する。
「わ、私も行く。もし本当に負傷者がいるなら、手助けしないと……」
「俺も付いて行くぜ。あんまり長く歩けないけど、見張りやサポートくらいはできる」
柿沼が歯を食いしばりながら頷く。回復士ヒロキは別の負傷者を診ているため、今はリナの支援スキルでサポートする形になる。
バリケード付近には藤崎と北村が警戒態勢で待機していた。
「ハジメさん……さっきからずっと、か細いうめき声が聞こえてるんです。まるで呼吸するような……でも、何を言ってるのか分かりません」
藤崎の額には汗がにじみ、目に不安が宿る。北村も懐中電灯を握りつつ小声で言った。
「もし本当に人間なら救いたいけど、下手に扉を開けたら一気にモンスターがなだれ込むかも。どうする?」
状況を整理すると、大きく二つの選択肢があると感じた。
(1) バリケードを解いて外へ出る、あるいは最低限開けて状況を確かめる。
(2) しばらく待ち、声の正体がはっきりするまで様子を見る。
(リスクはどちらも高い。中途半端に開けてモンスターだったら、こっちが危ないし……)
俺は廊下の奥で待機する仲間たちを一瞥する。小野田や橘は作業を中断してこちらを見守り、ヒロキは衰弱した中年男性を看病中だ。あまり人手を割けない。
「うーん……夜間に扉を開けて確認するのは怖いな。でも、もし人が苦しんでるなら、ここで何もせずに放置するのか?」
柿沼が気まずそうに言うと、リナも唇を噛む。「仲間かもしれないし、知らない人でも放っておけない……でも、危険は否定できないよね」
「そうだ。大型異形みたいなヤツがもし待ち伏せしてたら……」
北村がバリケードに耳をつけ、外の様子をうかがうが、相変わらずかすかなうめき声しか聞こえないようだ。さっきより頻度も弱まり、危険かどうかの判断ができない。
「どっちかといえば、オレは“様子見”に賛成かな……。無理に外へ出るメリットが低すぎる。こっちの体力もないし、下手すりゃ全滅する」
北村がはっきり提案する。盗賊ジョブとして危険察知を大事にしているのだろう。
「でも……もし本当に人間で、救えるかもしれないのに、遅れたら手遅れになるかも」
リナは眉をひそめる。彼女の“誰かを助けたい”という思いは強い。士気アップのスキルを使うのも、結局は“仲間を生かしたい”一心からだ。
「正直、どちらにも理がある。(1)外へ出るか (2)待つか……決断はハジメが下してくれ。俺たちは従う」
柿沼が視線を合わせてくる。
(どうする……万全であれば、俺が少人数で見に行くのもありだが……)
先ほどの4階探索で既に疲労が大きく、ユニークスキルに頼るのも限界がある。誰かを連れて外に出て、万が一異形の群れだったら圧倒的不利だろう。
かといって、何もしなければ...。“悲鳴”だった場合に見殺しになるのが後味悪い……。
短く息を吐き、俺は言う。
「……いま、外は薄暮か夜に近い。敵が蠢く可能性が高い時間帯に、体力のない俺たちが動くのは危険すぎる。まずは様子を見よう」
「それじゃ、もし人間だったら……」
リナが心配げに目を伏せる。
「分かってる。だから **“待つのも一時間だけ”**にしよう。もし声が消えないで続くなら、夜になる前になんとか小規模で覗く手段を考える。ただし大勢は無理だ。ごく少数で行く」
俺は譲歩策を出す。すぐに飛び出すのは避けるが、チャンスを完全に捨てるわけでもない。
「……それなら、時間を区切ればリスクは多少減るか」
北村が静かに頷く。柿沼は「一時間後、まだ声が続いてたら何らかのアクションを起こす……了解」と復唱する。
「リナ、悪いがこの場で見張りを続けてくれ。もし変化があったらすぐ報せて。体力がキツいなら交代しつつでいい」
「うん、分かった。やってみる……」
リナは意を決してうなずく。顔には迷いが見えるが、これが最善策だろう。
こうして、俺たちは“1時間だけ様子を見る”と決定し、それまでバリケードを維持することになった。
もし声が収まるのか、それとも強まるのか——判断材料が増えれば動きやすい。
少し離れた警備室へ戻ると、そこでは橘や小野田が再び地図や素材を広げている。
「決まったか?」
橘が口を開く。彼は“夜間外出”にリスクが大きいことを十分理解しており、俺たちの判断を尊重する構えだ。
「一応、方針は決まった。もし1時間後も声が続いてて、モンスターの反応がなければ、最小人数でバリケードを開いて確認する。危なそうなら諦める」
「分かった。どうせ俺らも今は満足に動けねえし……何かあったら声をかけてくれ」
小野田が頷きながら、甲殻ワームの外殻をトントンとノックする音が聞こえる。素材武器の改良に没頭しているが、そっちも大事な作業だ。
(この声がもし人間なら、すぐ助けないと命が危ない。だけど、仲間の安全を優先しないと……ユニークスキルに頼りすぎるのも危険)
俺は見張りのほうを一瞥する。ユニークスキルを発動しても、また腕や体に甚大な負荷が来る可能性は高い。万が一モンスターの罠だったら取り返しがつかない。
「……チュートリアル5日目も、もう半分終わりか。明日には6日目、明後日が7日目……本番が近い。マズいな」
自分にも言い聞かせるように呟く。あとわずかな日数で、この“デスゲーム”が一層激化するのは明らかだ。
もしこのビル拠点が破壊されたら、次の拠点を築く時間もないかもしれない。異形のような強敵を何体も相手にする余裕などない。
だからこそ、仲間と戦力を少しでも増やしたいし、本当に声の主が生存者なら仲間入りしてもらいたい——そう願う気持ちがある。
だが、どこかで嫌な予感が拭えないのも事実だ。
それから30分ほど、ビル地下は静寂に包まれていた。
見張りに立つリナや藤崎が小声で会話しているが、声の大きさを上げないように配慮している。バリケードの向こうからの“うめき声”は、ときおり微かに聞こえるが、強さも頻度もあまり変わらないらしい。
(人なのか、モンスターか……分からない)
仲間たちは全員が一様に疲れ切っていて、警備室では何人かが仮眠をとり始める。小野田も素材の切り出しを途中で止めてウトウトしだした。
柿沼は足を伸ばして座り込み、「ほんと、休めるときに休まないと死ぬよな……」と苦笑いしている。
俺は壁にもたれて懐中電灯のスイッチを何度かカチカチと確かめる。電池の残量が気になるが、今はこれが貴重な光源だ。
(こんな小さい灯りしかない状況で、外に出るなんて正気の沙汰じゃないかも……でも、敵がここに来るよりはマシか)
——そして、約束の1時間が近づく。
リナが足早に警備室へ戻ってきて、報告をする。「まだ……声、続いてる。なんか弱々しくて、もうすぐ消えそうな感じ……」
「そっか……一応、“行くか行かないか”の決断をするときだな」
俺は地図をしまい、腰を上げる。仲間たちは無言でその動向を見守る。北村は腕を組み、複雑な表情だ。小野田は作業途中のメモを放り、すぐ対応できるようスタンバイしている。
藤崎は不安そうに俯くが、「オレもついてく……」と決意を固めたようだ。
「よし、分かった。最低人数で、バリケードを少し開けて確認しよう。もし罠ならすぐ撤退……万が一、人なら“救出”を試みる」
俺の言葉に、皆が固唾を呑む。
真相は何なのか。声の主は人か、敵か——。
こうして俺たちは、チュートリアル5日目の夕刻、拠点の存亡を賭けた**“小さな賭け”**に踏み出そうとしていた。
新たな力を身につけ始めた仲間たちと、俺自身のユニークスキル。はたしてこの先、何を選び取るのか……
すべては、バリケード越しの“声”がもたらす、予想外の運命へ向かって収束していくのかもしれない。
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