第20話「完全停電と、深まる夜の恐怖」
翌朝——5日目の早朝、まだ外が薄暗い時間帯。
ビル地下に小さくうめき声が響く。「……うう、寒い……」 かと思えば、誰かが「ライトが点かない!」と叫ぶ。どうやら懐中電灯のバッテリーが切れたのかと思ったが、それだけではないようだ。
「非常灯も消えてる……?」
ヒロキが辺りを見回し、警備室側にあった微弱な照明が落ちていることを確認する。少し前から点滅していたが、とうとう完全にダウンしたらしい。
「つまり、ビルに残っていた電力がついに切れたんだな……」
橘が顔をしかめる。こうなると地下は本当の闇に包まれ、夜と区別がつかない。見張りをしていた仲間が慌ててロウソクや懐中電灯を使っているが、電池や燃料も無限ではない。
「街の外も、もう発電所がやられてるはずだ。多分これで、本格的な完全停電状態だよ」
リナの声は震えている。明かりを失うというのは、思いのほか大きな絶望感をもたらす。人間は文明の灯りに慣れきっているから、真の闇には耐性がないのだ。
この時刻はまだ朝5時前後で外も薄暗い。ビルの上階に行けば朝焼けの光がある程度入るが、ここは地下深く。どこを見ても暗いコンクリートの壁が迫る。
「でも、夜が明けたら多少は外光が届くだろうし、3階や4階なら窓もある。そっちに行って昼間のうちに活動したほうがいいかもな」
ヒロキが提案する。確かに、このまま地下に閉じこもるのは不便すぎる。ただ4階の制圧がまだ完了していないから、安全とは言いがたい。
「どうする……? 5日目の今日、4階に挑む予定だったけど、完全停電したこの状況で、さらにリスクは上がる」
橘が悩ましげに言う。もし4階に強力なモンスターが潜んでいたら、暗闇と疲労で事故が起きる可能性が高い。
「逆に言えば、昼間のうちに4階を攻略しないと、夜はさらに暗闇が深まって行動できなくなる。今日を逃せば残り2日で本番が来るし……やるしかないだろう」
俺は強い調子で言い切る。昼間でもビルの奥は薄暗いが、まったく光がないわけではない。懐中電灯やロウソクの補助を使ってなんとか探索を進めるしかない。
「となると、今日のメンバーはどうする? 柿沼はまだ怪我が治りきってないし……」
リナが顔を曇らせる。昨日の3階探索で弱っているメンバーは多い。特に柿沼は動けるとはいえ戦闘には参加しづらい。
「じゃあ、柿沼には留守番を頼もう。浅海さんも足を痛めてるし、北村や小野田、橘、ヒロキ、リナ……あと俺で行こうか。できれば他に2〜3人ほど加えたいけど、あまり大人数でも動きが鈍る」
ざっと考えた頭数を挙げるが、実際に誰が最適かは難しい。ゴブリン亜種や甲殻ワームが複数いたら、6〜7人でようやく対処できるかもしれないし、大きな廊下なら人数が多いに越したことはない。しかし暗所での行軍は混雑すると危ない。
結果、7人の探索チームが結成される。昨日と違い、新入りのうち体力のある者を優先的に加えて、仲間の体調を見ながら最終調整をする形だ。
「オーケー、それで行こう。朝6時頃にビルの上へ移動して光を確保し、昼までには4階の主要エリアを見て回る」
ヒロキがまとめる。誰もが暗い顔をしているが、進まねばならない。いつまでも停電の地下に籠もるわけにはいかない。
こうして完全停電の朝が始まった。ビル外では太陽が昇れば多少の明るさがあるが、市街地の様子は不明だ。停電が行き渡った以上、信号や街灯も完全に死んでいるだろう。モンスターは夜だけでなく、昼間でも好き勝手に徘徊しているかもしれない。
「神……中ボス……チュートリアル……どうせなら、もう少しぐらい生き残る術を与えてくれたっていいのに」
リナが吐き捨てるように呟く。彼女も昨日の激闘で体力をすり減らしており、テンションは低い。
「神が最初に言ってた“ステータス”や“スキル”は、確かに助けになってるけど、あいつはそれ以上に楽しんでるだけだろうな……俺たちの苦しむ様を見て」
俺も同感だ。どれだけゲーム的なシステムを与えられても、インフラ崩壊の恐怖は拭えないし、中ボス級の怪物に立ち向かうほどの強さも簡単には得られない。
朝食代わりに、わずかなカップスープや非常食を口にし、見張りを数人残して、4階への探索チームが出発する。このビルが俺たちの“ホーム”だとすれば、1〜3階の制圧が進んだとはいえ、まだ上階が残っている以上、本当の安心は得られない。
「行こう……これが5日目だ。チュートリアルの折り返しを過ぎ、あと3日で“本番”が来る……」
全員がその緊迫感を共有する中、俺はふと薄暗い通路で足を止め、視界の右下を確認する。昨日と同じく、ステータス画面がわずかにノイズを走らせた。まるで何かが呼び起こされようとしているかのようだ。
(ユニークスキル……もっと確実に引き出せるなら、ここから先の試練も超えられるかもしれない……)
そう願ってやまない。停電と闇が支配する世界で、俺たちが生き延びる手段は、神のシステムを逆手に取ることしかない。だからこそ、俺はこの胸の奥でくすぶる力を何としても形にしたい。仲間を守るために、強くならなければ——。
「ハジメ、どうした?」
ヒロキが振り返る。俺は「何でもない。行こう」とだけ返して、階段を上がる足を速める。
完全停電による真の闇。モンスターが闊歩する4階の未知領域。ユニークスキルとやらの制御不能な衝動。
チュートリアル残り3日——俺たちは日増しに混沌へ踏み込んでいる。それでも目の前の道を進むしかない。光を求めて足を踏み出し、ビルの上層へ。この先、どんな絶望が待ち受けているのか、まだ誰にも分からない。
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