第2話 悪役令嬢からの贈り物

ヤンデレ兄のエドワードとの最初の接触から数日が経った。


彼は毎日のように私を訪ね、まるで自分の所有物であるかのように接してきた。


「私だけのアリア。欲しいものがあれば言ってごらん。お兄様が何でも叶えてあげよう」


贈り物、優しい言葉、甘い微笑み。

私の頬を撫でる、兄の冷たい指。

エドワードの濡れた唇が頬に何度も押し当てられる。


繰り返される、兄妹にしては行き過ぎなスキンシップ。


ーーそれらは全て、私を彼の歪んだ愛情の檻に閉じ込めるための罠だった。




私は恐怖を感じながらも、平静を装っていた。

原作のエドワードの行動パターンを思い出し、彼が喜ぶ反応と嫌がる反応を予測し、適切な対応を心がけた。

……まるで綱渡りのような日々。いつ足を滑らせ、奈落の底に落ちてしまうかわからない恐怖が、常に私につきまとっていた。



そんなある日、予期せぬ訪問者が現れた。


「アリア様。エドワード殿下の婚約者、セシリア様がお見えです」


侍女の言葉に、私は息を呑んだ。

セシリア。ゲームでは、高慢で意地悪な美しき公爵令嬢として描かれていた彼女。

エドワードに執着してアリアに嫌がらせを繰り返す、まさに悪役令嬢。


一体、彼女が私に何の用があるのだろうか。

推しには会いたい……でも、私はセシリアに嫌われているアリアなのだ。


緊張しながら応接室に入ると、そこには想像とは異なるセシリアの姿があった。

ゲームで描かれていたような派手な赤いドレスではなく、落ち着いた水色のドレスを身に纏い、淡い金色の髪を上品にまとめた彼女はーーまるで聖女のような美しさだった。


セシリア、イメチェンしても、可愛すぎる!


「初めまして、アリア様。突然の訪問、失礼いたしました」


セシリアは優雅に一礼し、穏やかな笑みを浮かべた。

その表情からは、ゲームで感じたようなアリアへの悪意は微塵も感じられない。まるで別人のようだった。


私は戸惑いながらも、挨拶を返す。「初めまして、セシリア様。お越しいただき、ありがとうございます」


セシリアは私の隣に座り、小さな愛らしい宝石箱を取り出した。


「これは、貴女への贈り物です」


ーーまさか罠では?

警戒しながら箱を開けると、中には美しい銀色のペンダントが入っていた。中央には、小さな青い宝石が輝いている。


「これは……?」


私が尋ねると、セシリアは静かに答えた。


「特別な治癒魔法の込められたお守りです。身につけていると、病気から身を守ってくれます」


私は言葉を失った。

原作では、私はこの後すぐに病に倒れ、足が不自由になるはずだった。

まさか、セシリアがくれたこのペンダントは、それを防ぐためのものなのだろうか。


しかし、なぜ彼女は私にこんなにも親切なのだろうか。ゲームでのセシリアは、アリアを憎み、嫌がらせを繰り返していたはずなのに。


「なぜ……私のような者に、こんな貴重なものを……?」


私が問いかけると、セシリアは意味深な笑みを浮かべた。


「貴女のためではありません。これは、私自身のためでもあります」


彼女の言葉の意味がわからず、私は困惑する。

セシリアは私の手を取り、静かに語り始めた。


「アリア様……私は貴女に、ある提案をしたいのです。それは、この国から一緒に逃げるということです」


彼女の言葉は、まるで雷鳴のように私の心に響き渡った。


逃げる? この国から? エドワードから?


「……どういう、意味ですか?」


私が尋ねると、セシリアは深く息を吸い、そして衝撃の事実を明かした。


「私は違う世界からの、転生者なのです」


彼女の言葉に、私は驚愕した。


転生者? セシリアが? ーー私と同じように……?


セシリアは、ゆっくりと自分の境遇を語り始めた。

彼女はこの世界に転生する前、日本に住む乙女ゲーム好きな男子高校生だった。


そして、彼女にはもう一つ、大きな秘密があった。

彼女は、性別を持たない種族、エルフィーンとの混血として生まれていたのだ。

エルフィーンは成人の儀を迎えるまで性別を持たず、その時に自身で性別を選択することができる。


「私は、男として生きたいと願っています。……しかし、公爵家にはすでに兄が二人おり、エドワード殿下の婚約者である私は、女性としての役割を強制されるでしょう。エドワード殿下との婚約も、私にとっては苦痛でしかありません」


セシリアは悲しげな表情で語った。

彼女の言葉は、私の心に深く突き刺さった。

私もまた、エドワードの歪んだ愛情に苦しめられていた。


私たちは、同じ境遇にいるのだ。


「だから、私はこの国から逃げたいのです。そして、アリア様にも、私と一緒に逃げてほしいのです……近い未来、貴女に不幸が起こる前に」


セシリアの瞳は真剣だった。

彼女の言葉は、絶望の淵に立たされていた私に、一筋の光を差し伸べた。


「……でも、どうやって?」


私が問いかけると、セシリアは自信に満ちた笑みを浮かべた。


「心配いりません。私は既に、逃亡計画を立てています。そして、貴女の協力が必要なのです」


セシリアは、彼女が持つ特殊な魔法道具を使って、王宮の結界を一時的に解除し、夜陰に紛れて国外へ脱出する計画を説明した。

それは、非常に危険で困難な計画だったが、他に選択肢はなかった。


私は、セシリアの手を握り返した。


「私も、一緒に逃げます」


私の声は、小さくても力強かった。

ーーこの瞬間、私たちは、運命共同体となったのだ。エドワードの支配から逃れ、自由を掴み取るために。


窓の外には、満月が輝いていた。それはまるで、私たちの逃亡を祝福しているかのようだった。

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