中古で買った家の庭から骨が出て来た。

白川ちさと

本編


 嘘か、真か。



 友人が家を買った祝いのために居酒屋に飲みに来たはずだった。だが友人から神妙な顔で言われたのだ。中古で買った家の庭から骨が出て来たのだ、と。



 俺は一瞬何を言われたか分からず、とりあえず同じ言葉を繰り返してみる。



「庭から骨が出て来た……、動物の骨か?」



 居酒屋の活気の良い声で聞こえなかったのではと思うほど、あいまいな返答になってしまう。しかし、骨と言っても動物のものだと考えるのが普通だろう。



 庭から骨と言うと、飼っていたペットの骨だろうか。先住民としては大事な墓でも、あとで買った人間からしたら思い入れのないものだ。



 さぞや、驚いただろう。祝いの場でも言いたくなるのも当たり前だ。



 しかし、目の前の友人は首を振った。



「違う。……頭がい骨だ」



 俺は友人のビールジョッキの減り具合を横目で見る。半分しか減っていない。俺はむしろ酔った方がいいのではと、俺はジョッキを傾ける。



「それは人間の、という意味か?」



「もちろんだ」



 頭が痛くなって、眼鏡を外して眉間をもむ。そして、もう一度ジョッキを傾けた。



 常日頃からおかしなことを言う友人だったが、今日の告白は事件中の事件だ。どうしたものかと思いつつ、誰かに話したいことは間違いないだろう。続きを促す。



「警察には届けたのか」



 友人は黙って頷いた。



「そうか。それならよかった」



 ショッキングな事件だが、骨にまでなっているなら友人とは無関係だ。届けたならば一安心だろう。あとは警察に任せておくだけでいい。



 しかし、ホッとしたのも束の間だった。



「だが、その前に不動産屋に文句を言いに行った」



「なんだと」



「だって、そこで買った家から出た骨だぞ。あんまりにも酷いとは思わないか」



 確かに酷い話ではある。だが、不動産屋も寝耳に水な話だっただろう。警察に通報する前に行くなんて、厄介なクレーマーだ。



「なんて言ったんだよ」



 俺はもう一度、ジョッキを傾ける。酔っても構わないはずだが、酒に強い自分自身が恨めしい。



「庭に穴を掘ったんだ。油を埋めるために」



 さらに恨めしいことに、俺につられてジョッキを傾けていた友人は一杯開けただけで、既に酔い始めている。



 ツッコミどころがありすぎて、何から尋ねるか整理しながらおかわりを二杯注文した。とてもシラフでは話す気にはならない。



「普通、燃やすごみに出さないか、油」



 とにかく本題を話す前に聞いておきたい話題を先に聞く。すると、心底信じられないという目をされた。



「うそ。穴掘って、油を作物の栄養にするだろ。普通」



「いや、いちいち手間が……、いいや。お前んちは、そうしているんだろ」



 あまり突っ込んで問答しても、不毛な話だと判断した。ちょうど、追加のジョッキが運ばれて来る。それを口に運びながら友人の話の続きを聞いた。



「そう。五十、いや八十センチぐらい縦長に掘ったんだ。穴を。どっかの誰かがタバコでも捨てられたら、火事になるかもしれないだろ」



「ああ、まあそうだな」



 結構な縦穴だ。埋まっていた頭蓋骨もまさか堀り当てられるとは思いもよらなかっただろう。



「穴を掘っていて、カツンとスコップになにかが当たったんだ。最初は石か何かだと思った。邪魔だからどけてしまおうと思ったのが間違いだったんだ。掘り進めると、丸っこい何かがある。手に取ってしまうと、頭がい骨の空洞の目と目があってしまったんだ」



 友人はグッとジョッキをあおった。どうやら、よほどの恐怖体験だったらしい。さすがに頭蓋骨と目があった経験はないので同情を誘った。



 しかし、次の瞬間に酔いが覚める。



「だから、頭がい骨持って不動産屋に行って、前の住人を連れてこい。一発殴ってやると言ってやったんだ」



 もしや頭がい骨を埋めた人間より、こいつの方がおかしいのではと疑ってしまう発言だった。



 確かに住んでいる家から骨が出て来たら、その家は完全に事故物件だ。呪われていないだろうかと心配にもなる。とはいえ、殺人鬼かもしれない元住人に立ち向かおうなどとは思わないだろう。



 ただ、酔って調子に乗って言っているだけではと思いなおす。自分を強く見せるような嘘をつくなんて、よくあることだ。



 嘘か、真か。



 しかし、友人の口を塞ぐことなどできず、ただ垂れ流される話に耳を傾けた。



「だが、もちろん前の住民は引っ越し済みだ。違う地方に行ったらしい」



 それはそうだろう。



「だから、すぐに引っ越し先の住所を教えろと言ったんだが、教えられないの一点張りだ」



 それほど殴りたかったのだろうか。怒りを発散させたかったのだろうか。



 移動している内に冷静になるだろうが、そこまで言われた不動産屋は困りに困っただろう。



「すると、その土地の売買を担当していた男が語り出したんだ。その家の人間のことを……」



 つまり、時間稼ぎをすることにしたのだろう。ただなだめているよりも効果的な気がする。



 友人は続けた。



「元々、住んでいた家族は夫婦と一人息子の三人家族だ。元は仲のいい夫婦だったらしいが、いつしかいさかいが絶えなくなっていた。息子も親をならったかどうかは知らないが、中学になるころからケンカ好きの不良になっていたらしい」



 家族仲が悪く、子供がグレる。一般的ではなくとも、よくある話だろう。



「奥さんはガーデニングが趣味で、いつも広い庭を色とりどりの花で満たしていた。それこそ、自分たちの家族よりも大事にしていたらしい。青虫ひとつ見逃さなかったそうだ。家事もそっちのけでゴミ出しも買い物も旦那がしていたらしい」



 家族とケンカばかりならば、趣味に打ち込みたい気持ちも分かるが、他の家事もしないほどとなると奇妙な感じがした。猟奇的にさえ思える。



「ある日、物が壊されるほどの大ゲンカが行われたそうだ。近所の人が通報するか迷うほどの大ゲンカだ。もちろん、あくる日には終わっていたが、あれほど美しかった庭が踏み荒らされ、見るも無残なものに変わっていたそうだ。奥さんは息子がキレて踏み荒らしたと言っていたそうだが、その日から旦那の姿を見たものは誰も……、いない」



 酔いは覚めていた。目の前の友人も同じではないだろうか。ジョッキの取っ手を握ってはいるが、口を真一文字にして黙っている。



「まさか。その、お前が見つけた頭がい骨が旦那のものだっていうのか?」



 友人は黙って頷いた。



 なるほど。不動産屋の担当者はなにも時間稼ぎのために話したわけではなく、自分一人で抱えきれなくなって友人に話したのだ。そして、友人も同じく――



「たぶん、家の売買もその奥さんが全部したんだろうな」



「……そう言っていた」



 そうかと呟いて、苦いビールを舐めるように口に運ぶ。



 聞きたくはなかったが、友人は事故物件を買わされた被害者だ。骨まで掘りあててしまって、同情に価する。まだ買ったばかりの家だが、このような特殊な場合はキャンセルなどできるのではないだろうか。



 それらを話して、暗い気分から気をそらしてやろうと思ったときだ。



 友人の胸ポケットのスマホが鳴る。友人ははいと言って電話に出た。はい、はいとなんだかかしこまって頷いている。スマホを切った友人が俺の顔を見つめた。



「警察からだった」



 ごくりとのどを鳴らす。警察からということは、犯人の奥さんが捕まったという知らせだろうか。



「あの頭がい骨、骨格標本だったって。樹脂で出来ていたらしい」



「樹脂……ま、まあ、よかったじゃないか! 本物じゃなくて!」



 俺はわざと明るい声を心がけた。ずっと緊張していただろう友人は、魂が抜けたような顔でうんと頷いている。



「でも、たぶん中学で盗まれたやつだから実況見分には来るって」



「……まあ、そこはしょうがないだろ」



 少しだけ酒が美味くなったので、ジョッキを一気に傾ける。



「だけど、なんで盗まれた標本の頭がい骨が埋められていたのかね」



「さあな」



 俺と友人はこの頭がい骨の話はこれまでにして、昔話に花を咲かせる。骨の話よりよっぽど楽しい。改めて、家を購入した祝いもした。









 これで終わりと思いきや、その後おまけの話がある。



 友人宛にお詫びの菓子折りと手紙が届いたのだ。送り主は家の持ち主だった奥さんだ。



 なんでも、家は奥さんの実家の援助で建てられたものだったらしい。旦那はやはり大ゲンカをした日から家を出ていったそうだ。なんでも、ケンカの原因は浮気らしい。



 奥さんはあまりにむしゃくしゃして、大事にしていたはずの庭を滅茶苦茶に踏み荒らした。息子が踏み荒らしたというのは嘘だったのだ。



 そして、その嘘に怒ったのは息子だ。確かにグレてはいたが一時のもので、その頃には一般的な男子生徒と変わらなかったらしい。もちろん、花を踏み荒らしたりなどしない。



 せっかくグレていたときの評判も落ち着いてきたのに、母親が逆戻りさせたのだ。しかも、両親が離婚することは確実だった。荒れた庭に穴を掘り、盗んできた標本の頭がい骨を埋めた。また庭を整備する母親を驚かせるつもりだったらしい。



 友人が頭がい骨を見つけて震えるほど驚いたのは当然だ。そのように仕掛けたのだから。



 しかし、奥さんはそれどころではない。離婚の件もあったが、当然息子のことも気にかけていた。いまさら、自分がやったことだと言っても信じてはもらえなかった。



 当然だ。庭を大事にしていた奥さんとグレていた息子とどちらがやったかなど考えるまでもないだろう。



 そこで、思い切って引っ越すことにした。元々三人家族でも持て余すほど広い家だった。二人になったからには新天地で、息子も新しい友人関係を築いた方が良い。



「なるほどなぁ」



 俺と友人は再び同じ居酒屋で酒の肴に話を聞いている。



「しかし、ひとつだけ気になることがあるな」



「なにがだ」



 あのときは神妙な顔をしていた友人も今日はさっぱりした顔をしていた。



「穴の深ささ。八十センチも深く掘る必要はどこにもないじゃないか。それじゃ、母親を驚かせるどころじゃない」



 ガーデニングをしていても、それほど深く掘る機会など一切ないだろう。見つからなければ、驚かせることもないのだ。



「それだけ考えが及ばなかったか、怖くなって隠すことに夢中になったか」



「油を埋めるときに見つかるかと思ったか」



 友人が真面目な顔で言うが――



「それはない」



 どちらにしても、本人にしか分からないことも世の中にはあるのだ。





  了

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