第7話
「因みに、弟さんとは肉体関係だったりします?」
「はい?」
突拍子もない質問に出鼻を挫かれた。
思わず生返事で返したが、それは答えを求める問いでなく、話題を切り替える為の口実だと直ぐに判った。
「最初は願掛けかと思いました……重い病を患っておられる方への……でも違う。もっと抽象的な、占いとかお守りに近い意味が込められています」
途切れることなく話し続ける、和哉が何よりの証拠。
だが、肝心の話の骨子に穂華の理解が追いつかない。いきなりの不躾に驚いたと言うより、前後の脈絡の無さに戸惑っていた。
「ごめんなさい、何の話してはるんです?」
言葉が口を衝いて出た。
「失礼、先走ってしまいました。痕跡です、この作品に残された……。贈った方の身体を思う、作者の強い願いを感じました」
嫌な悪寒が背筋に走った。『願掛け』、『病』、『占い』、『お守り』……。
思い返すと、一部の集団が巧みに用いる、便利な常套句が端々に潜んでいる。
風向きは途端に変わり、雲行きが怪しくなる。
「本気で言うてるんですか? そんなこと」
「信じられないのも無理ありません。でも、私の中では確かなこと、なんです」
「確かなこと?」
「ええ、そういうイメージです!」
「イメージ?」
最早、どんな言葉にも引っ掛かりを見せる。
「繋がりと言うか、回帰する……そう、肉体に回帰するイメージ! ところで、」
ここに来て、急転!
「本当にお二人、何もないんですか?」
会話が振り出しに戻った。
違いを上げるとすれば、今度の問いには答えが求められているという点……。
「無いですよ」
穂華は努めて冷静に返した。漸く、生返事を解消できた一方で、その実、内心が穏やかで無い。
当たらずと雖も遠からず……。
同じデザインが身体に刻まれていることを思えば、和哉の言うイメージ、は的を得ている。ただし、それがリーディングによって導かれた可能性も否定できない。
往々にして、例の集団は人の不幸に付け込んでくる。
口に出すことも憚られるようなことが、実際には起こってもいないのに起こったかのような口ぶりで話す。一旦、相手に否定させて安心を与えるのだ。油断させる為に……。
自分がそこまで不幸じゃないと思うと、人は口が軽くなる。普段なら絶対しない秘密を暴露してまでも、『ね、大したことないでしょ』と、同意〈もしくは同情〉を得たくなる。
そこで得た情報を利用してくる! リーディングの完了だ。
(仕掛けてくるとしたら、次あたり)
万全を期して、穂華は『それっぽい展開』に備えた。
ところが……。
「失礼、軽はずみな質問を……嫌な過去は忘れるのが一番です」
和哉の妄想によって、禁断の関係は一気に既成事実化! 労せず、穂華は堕罪の憂き目をみる……。
「ちょっと待って、無い言うてるでしょ!」
「判ってます、判ってます」
「判ってます、やないねん! ニュアンスが逆! 判りました、でしょ!」
言ってる傍から、回顧される記憶が一つ。
予想とは別の、あらぬ方向に話が展開するというのは大抵……。
(嗚呼、そうやった!)
仕組まれたレールの上を走っている。
どの角度で、どう照らせば、どう印象が変わるのか……。
それを巧妙に使い分けるのが、鹿目和哉――この男の手に掛かると、景色は突然ガラリと変わる。
「冗談です! ちょっと、良からぬ商法と勘違いされてるようなので話の腰を折りました」
(いけず〈意地悪〉やわぁ)
改めて、穂華は男の本性を悟った。
「ですが、この程度とは考えないで下さい!」
「……どう言う意味です?」
「痕跡の話です! こんな遠回しにしなくても、もっと判り易い方法もありますので……」
真っ直ぐに向けられた視線は力強く、何の澱みも無い。
「疑問に思われませんでした? 昨日の件で、どうして自分の事まで明るみに出たのだろうと……」
(そうや、ウチのことまでバレた理由……)
「持ち帰ったCDの痕跡を辿って、貴女の悪巧みを私が知ったから……じゃ、説明になりませんか?」
(いや、ありえへん)
「貴女の痕跡を辿れる物は、他にもありますよね?」
和哉はアクセサリーケースを取り出した。
「確実に正解をご存知でしょう? 所有者だったんですから……」
痕跡の対象は、晋吾だけに留まらない。その可能性を穂華は否定できない。
「証明が必要でしたら、全然続けても構いません」
「それは遠慮しときます」
迷う時間すら惜しむように、穂華は直ぐ諦めた。暴露されるだけならまだしも、和哉の勝手な妄想で辱められるくらいなら……。
(自分の口で喋った方が、全然マシ!)
至極当然の理由で……。
「では、先程のイメージに関して、心当たりがあれば教えて下さい」
簒奪者、和哉による弾劾が口火を切った。
それまで遠ざけていた黒歴史を、穂華は自ら触れる。
「先に同じデザインのタトゥーを晋吾に彫ってもらいました」
「タトゥー! そうでしたか……なるほど、辻褄が合いますね」
思った以上に、スッキリした解放感が穂華を包んだ。
「因みにモチーフの蝶は、どちらの発案ですか?」
ここに来て、それらしい質問も始まった。
「晋吾です、っていうか全部任せてましたけど……」
「随分、独占欲の強い弟さんですね!」
意外な感想に少し戸惑った。幼い頃から紐解いても、晋吾に纏わり付かれた記憶など殆ど無い。
どちらかと言えば、穂華が構いに行って晋吾に煙たがられる構図の姉弟。
当て推量も甚だしい!
だが、悪い気がしないのは、その関係が穂華の憧れだったから……。
「独占欲? そんなん、初めて言われましたけど」
声にハッキリと艶が出た。
「随分前に、海外で『意外な日本語』のタトゥーが流行った話を知りませんか?」
「全然……」
夢を醒ますような和哉の話など、どうでもよかった。
「九十年代に世界中で日本の中古車がブームになって、結構な数の車に書かれてたので日本では大流行してると思い、タトゥーにする人が急増したそうです」
「へぇー」
「碌に、漢字の意味も知らずに『自家用』って! 入れてから後悔する『タトゥーあるある』です」
(あれ? 何か知らんけど、めっちゃ馬鹿にされてる気ぃする……)
「蝶のモチーフには男除けの意味があります。パートナーの名前入りで彫った後、別れたら悲惨です。それこそ目も当てられません。半分呪いですね……酒の肴にはできますが」
(あー、んー、ん? 晋吾はグッジョブ? ほんでコイツ、殺す!)
さらりとエピソードトーク風に触れ、跡を濁しまくる――立つ鳥。否、害獣――鹿目和哉を駆除する方法が、瞬時にいくつも思い浮かんだ。
穂華は順番にそれを試して、心の内でほくそ笑む。
「ただ、独占欲が余り強くないのであれば、弟さんはもう一つの意味を大切にしたかったのかも知れませんね」
三番目の釜茹でにした後、羽を毟り取ってる最中で穂華の手が止まった。
「何です? もう一つの意味って」
「幸運、変化、飛躍……蛹から蝶に成長して羽ばたくイメージです」
(またイメージ)
「お姉さんが羽ばたくことを願ってデザインされたのでしょう」
(嗚呼、そう言うこと……ホンマ嫌やわ)
雰囲気で穂華が何かを察した。
「そんな姉想いの人が嫌な顔するでしょうか?」
(ほら、やっぱり! 下心丸見えやし、持って行き方が下手やねん!)
「行き違いで距離は離れたかも知れませんが、想いは当時のまま、変わってないんじゃありませんか?」
(感情入ってへんし、言うてることペラペラやし)
「どうです? 代理人の件! お互いの距離を縮める、良い機会だと思いますよ」
(別にウチらのこと何て、どうでもええと思てるクセに……よう喋るなぁ)
「今からでも、十分に」
「うるさいなぁ、もう」
限界に達した穂華が、それ以上の詭弁を阻んだ。
「うるさい?」
「アンタみたいなんばっかりか?」
「……どういう意味でしょう?」
「作品にしか興味無いんでしょ? 人の気持ちとか感情ほったらかしですか?」
「そういう意味ですか……だったら多分、その通りです」
悪びれる様子もなく、平然と和哉が答えた。
その素っ気ない態度が穂華には我慢ならない。
「そんな、ペラペラなトコに晋吾を巻き込まんといて下さい! 根性だけやのうて性根まで腐ってまうわ!」
これまでに無い勢いで和哉を問い詰める。
「ペラペラ、確かにペラペラですね! でも、巻き込まれるのは仕方ありません。評価される才能を持っている証ですから、諦めて下さい」
「そっちが諦めるのが筋でしょう!」
「では、仮に諦めたら、どうします?」
確かに! 和哉に言及されるまで、そのことに考えが及んでなかった。
「これまでと同じように距離をとって、お互い別々に暮らすのですか?」
「それは……」
「それとも会いに行きますか? 会って全てを打ち明けて、変な連中に気を付けろと忠告でもしますか?」
「……」
「少なくとも、今すぐ打てる有効な手段が思い付かない……違いますか?」
反論の余地が無くなった穂華に、和哉から真実が告げられる。
「聞いてた通り、本当に強情な方ですね」
(聞いてた通り?)
「でも、それで良いと思いますよ。彼は全然ダメですが……貴女は簡単に人を信用しない。騙される側の人じゃなく、騙す側の人だ! 実際、それでお金を稼いでもいますしね」
「何ですかそれ、今度は脅すつもりですか?」
(彼って誰や?)
「いやいや、褒め言葉ですよ! それに人を見る目も確かだ! 出会って間もない私をペラペラと評したのですから……作品にしか興味無い、言い得て妙です」
(ひょっとして……根に持ってる?)
「そんなペラペラの私でも、作品の為なら人と真剣に向き合ったりするんですよ」
(うわぁ、結構、根に持ってるわ)
「でも、これは自己評価です。ともすれば、自己都合かも知れません。そこで貴女です!」
「ウチ?」
「貴女の評価が知りたい! 私は、どれだけ作品に真摯と言えるでしょう? 興味の対象が作品にしか向かない私が簡単に作品を裏切ってしまう、そんなことはないでしょうか?」
「何でそんなこと、答えんとアカンのです」
「人をペラペラと評した罰です!」
(やっぱり!)
「……良いんですか? 別に遠慮はしませんよ」
「率直に言ってください」
「アンタのは、興味やない。執着や! 真摯もクソもない」
「同じ見立てで安心しました。彼の見立ても同じでしたね!」
「彼?」
「このままじゃ、性根が腐る……でしたっけ? 人が良すぎて騙される見本のような人ですね」
「それって!」
「私が探していたのは橘花穂華さん、貴女です! 弟の晋吾さんに貴女を代理人にするよう、私が薦めました」
「晋吾に会うたんですか?」
「このままだと、彼はまた騙されて失敗しますよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます