第29話 契約

 「まだまだおわらねぇぞ!」


 必死にボスとの攻防を繰り返すウィンプ。

 ツタで壁を作ったところですぐに内側に入り込まれてしまうため、とにかく動き回るしかない。


「これは、確かにミドロが言っていた通りだ」


 そう漏れてしまうほどに、ボスのヤバさがだんだんと見えてくる。

 本質的なヤバさは能力以上に、その圧倒的な戦闘センス。

 ボスは自分のことを普通なんて揶揄したが、ここまでの強さを有している時点でとっくにそんな領域は過ぎている。

 ただ、彼にとっての昔に縛られているのか何かトラウマのような出来事があったのか、とにかくまだまだ強さを求めている、そんな感じ。


 ギアはドンドンと上がっている、恐らく時間が経てば経つほどウィンプの動きを把握して、優に超えてしまえるほどに。

 それに加えてあの能力だ、神様は一体何をしているのか。


「お前じゃ、足りない!

 ミドロ、ミドロと戦わせてくれよおおお!」


「ったく、最初は冷静ぶってたくせに……!」


 はぁ、こっちは老体なんだ労われ。

 何年生きていてもたまに生まれる怪物たちには毎回手を焼かされる。

 仕方ない、まだまだ遊んでやるか。

 目の前に現れる扉から距離を取る。

 その扉を開いて出てきたのは、ボス……ではなく恐ろしい雰囲気の悪魔、と呼ばれる奴だ。


「ガッ……グググギ」


 目の前に差し出される平手から、紫のエネルギーが溜まっていく。

 避けるしかない、本能的に躱わす。


 その後ろにはボスがいた。


「ようやく尻尾捕まえたぁ!」


 ウィンプは顔面に一発…大きな蹴りを貰う。

 意識が落ちそうなほどの強烈な一撃。

 そろそろ、終わってしまいそうだ。

 完全に扉から身体を乗り出した悪魔は準備運動のように身体を動かす。

 どこにでも繋げる扉、こんなイかれた使い方もあったのかよ、ウィンプは必死に立ち上がりながらこの状況を憂う。


 これは恐らくボスのペットや、従順な下僕でも何でもない。

 ただ、一番近い距離にいた獲物がウィンプだったから狙ってきただけ。

 この後はボス自身が襲われてしまうかもしれない。

 それでも勝てると、そう思っている彼の文字通りイかれた能力の使い方、と言うわけだ。


 悪魔はゆっくり、俺の方に手を向ける。

 エネルギーが溜まっているのが見えて、避ける準備をする。

 恐らく、ボスも今扉を潜り絶好のチャンス狙っているはずだ。

 とにかくこの一撃だけでも何とか逃れろ。


 ……だが、悪魔の手から途端にエネルギーが消える。

 悪魔も驚いたように自分の手を何度も見る。


「きたきたきたきたぁ!

 やっとだぜ、おい!」


 ボスも気づけば、少し遠いところに姿を現してテンションが上がっている様子を見せている。


「ウィンプ、ごめん。

 待たせ過ぎちゃったね。

 後ろの壁の中に隠れていてくれ」


 ウィンプは後ろの扉を見て、ようやく自分の役割を勤めきったことを知った。


「……何だか分かんないけど、上手くいったみたいだな。

 ミドロ!」


 恐らく誰も見たことがないであろう剣を握ってその場に立つ俺の姿、何だか清々しい気持ちだ。

 新たに得た力の使い方が自然と分かっているからかもしれない。

 この事件の全貌をようやく全て知れたからかもしれない。

 やることが明確だからかもしれない。

 とにかく、今はただ最後の仕事を終わらせる。


「ボス、最後の対決といこうぜ」


「当たり前だよおおお!

 俺とミドロ、どっちがこの世界を救う主人公に相応しいか、ぶつけ合おう!」


 扉を使って急接近したボスのことを斬りつけようとする。

 いとも簡単にそれを避けられて、そのまま蹴りが入る。


「そんなもんじゃないだろ!」


 また飛んでくる扉を思いっきり閉めて、元々いた場所に向かって剣を投げる。

 その剣は、ボスの心臓部を思いっきり貫通した。


「ぐっ、あ?

 何でだ、痛みがない」


 驚き呆けている彼から剣を抜き、そのまま構える。

 怪訝そうな顔で、ボスは俺のことを見た。


「これがお前の新たな力?

 ……どういうことだ、笑えないぞ」


 そのまま、彼はその場で力を込める。

 力を込めて、静止している。


「あ、あぁ」


 俺は剣を向けた。


「どうした、もしかして能力でも使おうとしたか?」


「おい、まさか……」


 不殺の剣、殺すどころか傷つけることも出来ない。

 一見するとあまりに貧弱なその剣。

 だが、その真価は能力を切れることにあった。


「これは能力を切って使えなくしちまうそんな力。

 ようやく、これで少しは話が出来そうだな」


 ……とはいっても、その効果は一分程度。

 それだとしても強力な力ではあると言えるが。


「そうか、これがお前の新たな力か」


 膝を落とすボス。

 顔を覆って手をぐしゃぐしゃと動かす。


「これが俺にとっての試練。

 こんな時、主人公の素質を持っている奴なら笑って全部跳ね除けてしまう」


 ボスは立ち上がった、勿論とっくに余裕は無い。

 それでも笑って、俺の方に拳を構える。


「やはり最高の敵に出会えた。

 俺は越える、とんでもない力を有しているお前。

 いや、ミドロすらも」


 やっぱりさっきと変わらない。

 無我夢中に向かってくるボスを俺は能力を使わずに迎え撃つ。

 俺たちは全力で自分自身の力をぶつけ合う。


「ボス、一体今お前は何をやってるんだ。

 どうしてこんなことしてる」


「俺は、ただ欲しい。

 強さを持って、俺をあらゆる世界に認めさせたい」


「それが、こんなやり方か?」


「……分からない。

 俺は別に、誰からも教えられたわけじゃ無い。

 正解や不正解は知らない。

 知らないから自分のやり方でやるしかない」


 まだまだお互い余力は残っている。

 喋りながらも互いに隙を見せぬよう、極限の状態で戦い続ける。


「俺もさ、分からないんだ。

 むしろボスと違って、行動に起こさなかった。

 能力が無くて出来ないって蓋をした」


「能力が無ければ出来ないよ。

 俺はそもそも、終わった世界の人間だ。

 脳力が無ければ、別世界に行くことすら出来なかった」


「俺の先輩にさ、能力の一つもなくて。

 それでも異世界に行ける船を作って、自分の武器を作ってお前が認めちゃう能力を持った俺を引っ張ってくれる人がいるんだ」


 こんなことを話すのは、やっぱり自分によく似ていると思ってしまったからかな。


「それだけじゃなくて、能力無くても強くてさ。

 それから、能力無いのに俺より強くて俺の能力のアドバイスしてくれる人もいて。

 それからそれから能力をろくに使いこなせかったはずなのに皆のためにって、制御しちまったやつまで」


 そうだ、異世界救助隊の皆んな。

 俺は強さや目先の利益で好きになったわけじゃ無い。

 たくさん過ごして、弱さも優しさも全部教えて貰って。

 だから、今ボスに言いたい言葉は。


「俺と、友達になろう。

 ボスのこと俺は知りたい、きっと沢山傷ついて。

 それこそ俺と同じ悩みを持ってて。

 この先、沢山罪を償って貰わないといけないし沢山痛い思いも嫌な思いもしないといけないけど。

 それでも……きっと沢山面白いこと教えてあげるから」


「…………」


 答えないボスは、もう力が抜けてしまったようにそこから動かない。

 繊維喪失、俺はそんな彼に手を差し出す。


「グガ、ガガ」


 その間を割って入るように、レーザーを打ち出したのはさっきの悪魔だ。

 クソっ、もう能力が戻ってしまったことに気付いたか。

 悪魔のことは、俺が戻ってきた時に不意打ちで切った。


「ボス、もう能力戻ってるぞ」


「お前!

 それを敵の俺に言うなんて何を考えてる!」


「何考えてんだろうな」


 向かってくる悪魔に剣を向ける。

 次は勿論、同じように行くわけはなく剣から距離を取られてしまった。

 悪魔はドンドンレーザーを打ち込んでくる。


 剣は、その力すら奪い取る。

 レーザーを受けるとその場で能力が消失する。

 直接相手を斬らない限りは能力自体が消えることはないがこんな使い方もあると言う話だ。


 レーザーを受けながら走ってくる俺に、悪魔は遠距離での攻撃を諦める。

 長い爪にエネルギーを込めて、切り裂いてこようとする。

 喰らえばそれこそ、一瞬で終わってしまう気がする。


 素早く懐に入り込み、今度は光を身に纏いながら悪魔に一撃を喰らわせる。


「ぶっとべ!」


 そのままぶっ飛ぶ悪魔の着地先に剣を構えて貫いた。

 そのままもう一発。


 だが、当たり前みたいに立ち上がる。

 ピンピンした様子で、また俺を見る。

 攻撃を喰らっている感じが全く無い。


「ボス!」


 俺のさっきの話の後、その場に立ち尽くしたままだったボスに声をかける。


「……何だ」


「扉開いてくれ、さっきまでこいつがいたとこ!」


「…………ああ」


 感情が混乱して、扉の力が弱まっているのか。

 それとも大きい扉をどこかで開いて、限界なのか。

 その扉は、丁度悪魔がギリギリ入れるくらいのサイズだ。

 ……まあ、充分か。


「グギギギギギ、ガゲギ」


 俺は扉の前に立つ、今の能力がない悪魔なら勿論俺に向かって攻撃を仕掛けてくるはずだ。


 凄い速度で飛んでくる悪魔、俺はその身体を逃さないように掴む。


「ボス、同じルートの扉。

 十秒後にまた作ってくれよ」


「おい、そんなの俺の気持ち次第だぞ!

 正気か」


「信じるかは任せるぜ!」


 俺はそのまま悪魔と一緒に、扉の中に飛び込む。

 そこは暗い、不気味な世界。

 こんなところ、一刻も早く抜け出したい。


「悪いな、お前がまた悪さしたら。

 その時はまた勝負しにくるわ」


 掴んだ身体を離した瞬間、思いっきりぶっ飛ばす。


「四……五……」


 向かってくる悪魔のことを何度も突き飛ばす。

 逃すまい、と本気で向かってきているが後もう少しの辛抱のはずだ。


「ハ……九……」


 次に悪魔を吹っ飛ばした瞬間、扉が現れた。

 ようやくか、ようやくここまで……。

 扉の先は、勿論あの壁の場所だった。


「ボス、ありがとな」


 ボスは自分がやったことに驚くように震えた手を見る。


「友情や愛情、俺の中では本当に安い言葉だ」


 大粒の涙が溢れてくるのが見える。


「だが、それでも手に入れたらどうなるか。

 想像してしまった」


 この後すぐに、笑顔で世界を巡る。

 そんな都合の良いことにはならない。

 それほど、ボスたちのやってしまったことは重いし沢山の人を不安に貶めた。

 だけど、今だけはもう。


「これから、頑張ろうな」


 俺はボスの身体をただ、抱きしめた。

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