第18話 結果
「レナール……大丈夫でしょうか」
上へと続く自然生成の足場を一つ、また一つと超得ている最中、そんな言葉がつい口から溢れる。
ヤマエは何かを吹っ切れたようだったが、今回の目的は未だ解決することは出来ていないのだ。
「大丈夫だ、奴らにとって彼女は最終手段だからな。
そう簡単に手放すほど、馬鹿じゃないだろう」
そう言って安心させてくれるハガリさん。
そんなことを言うのはただの気休めというわけじゃない。
実際、フードたちは近接戦闘を苦手としていた。
村ではナイフで襲われたりもしたが、そのレベルも素人の域を出ず、簡単に対処することができた。
あの火が飛んでくる能力や、地形を操作する能力。
そう言った強力な力を持ちながらあえてナイフを使ってくる場面が存在するのは、近接では使いにくい能力であるということを証明してくれている。
使おうとしてから使えるまでにラグがある、近距離で使おうとしたら自分も被害を受ける、一直線上にしか技を放てないため後ろに回られるとなす術なし。
パッと想像しただけでもこれほどのリスクが思いつく。
予想が当たっているかは分からないが、どこかしら突く隙がある力というのは間違いないのだろう。
逃げるのにも一苦労なこの地形。
戦闘においても、さっき考えていたことが首を絞める。
とにかく、負けそうになった時の保険としてレナールを生かしておくことは大きな意味を持つはずだ。
「ちょっと、止まった方が良いかもしれねぇ」
ゴウラスさんが鼻をひくつかせながらそう言う。
相手に姿を見られて悟られないよう、少し下の方からやってきているヤマエたちにも手を振って合図を送った。
ヤマエも手で了解と返してくれる。
覚悟の決まった顔だ、どうやら本当にもう迷いはないらしい。
この一瞬で頼もしいメンバーの一人になってくれた。
「あの洞窟、かなり人の気配があるな……」
切り立った部分が多いこの山の中でも、かなり平地に近い地形。
その奥には、確かに洞窟の入り口が見える。
相手には地形を変化させることが出来るやつもいたことや、滞在出来そうな場所が上にほとんどないことからも断定する。
「俺なら顔が割れていないし、モンスターの一人程度に数えられるかもしれねぇ。
どうしますか、俺が陽動しましょうか?」
ゴウラスさんの提案に素直に頷くハガリさん。
全員の緊張感が高まってきていることを肌で感じる。
「とにかく知能があることや、喋れることがバレなければ良い。
目があった瞬間、逃げるふりをしながらこちら側まで誘導してくれ」
「了解、レナールって子がいる可能性も高いからとにかくリスクが無いように動きますぜ」
「勿論だ……合図に関しても大丈夫か?」
「それも打ち合わせ済みでさぁ。
危険は犯しません、任せてください」
一通りの会話を終わらせた後ゆっくりと洞窟に近づくゴウラスさん。
その間にもう突撃することを身振り手振りでヤマエたちに伝えておく。
「グルゥ……」
ゴウラスさんがわざと上げた声に、フードたちの一部が洞窟から顔を出した。
「おいおいまじかよ……?
こんな山頂まで餌でも探しにきてんのか?」
ゾロゾロと姿を見せるフードたち。
人数は三人、見張り役でもこの数ならば十数人くらいは人数がいると仮定してもいいのかもしれない。
この焦りのなさから、中腹で会ったフードの一人と連絡は取れていないらしい。
とりあえずヤマエたちには感謝だ。
冷静に動くため、状況を整理しておく。
……レナールの姿は確認できない。
俺が来た可能性を考慮すれば洞窟内に隠しておくのは当たり前の行動か。
見張りたちの態度は完全にゴウラスさんを舐め腐っている感じ。
俺たちから見れば、こいつらは脅威じゃ無い。
レナールさえ人質に取られていなければ、このまま強行突破でも良さそうなレベルだ。
勿論、あんなことがもう二度と起きないよう細心の注意は払うつもりではあるが。
「ほんで……こいつどうする?」
「そうだな、特別知能は無さそうだがやっておくか」
ゴウラスさんは殺意に怯えてジリジリと後ろに下がる感じの演技をする。
だんだんとこちらに近づいているのが分かった。
「……ウォーン!!」
と、高い遠吠えが響き渡る。
その瞬間、俺たちも飛び出した。
「……っ、敵……がっ!」
敵の存在を知らせようと叫んだフードの一人に強い衝撃を与えて気絶させる。
だが、それでも異変には気付いたようで中にいたフードたちも続々と洞窟から姿を見せる。
その中の一人、そいつが手と足を縛ったレナールの髪を乱雑に掴みながら、引きずっていた。
湧いてくる怒りは、とりあえず奥にしまい込む。
レナールの位置は最後部、そう簡単に返してはくれないらしい。
「おい、馬鹿かお前ら?
この人質が死んじまっても良いのかよ。
さっさと後ろに下がれ!」
俺たちは手を挙げる。
フードたちはニヤリと笑って呪文を構える。
だが手を挙げたのは一瞬、呪文を構え始めた奴らに一気に飛びかかった。
「は?
おい、その子供のこと一発殴ってやれ!」
そんな風に指示したのが、奴らのリーダーなのだろう。
だが、そんなリーダーさんは振り返ってみて戦慄したことだろう。
人質を取っていたフード含めた数人はすでにその場に伏せ、敗北の確定を理解せざるを得ないのだから。
「よし、成功したか」
見上げた目線の先、そこにはレナールを抱えるヤマエとそれを乗せて飛ぶエマの姿があった。
二人には山の後ろ側から回ってもらってゴウラスさんの遠吠えの合図で奇襲をかけてもらっていたのだ。
縛っていた縄を外すと、すぐにヤマエのことを強く抱きしめて離さないレナール。
そんな彼女の頭を撫でながら告げるヤマエ。
「とりあえず……作戦成功!
後は村に帰るだけだよ!」
噛み締めるように勝利を告げたヤマエは、そのままこの場から離れようとする。
もちろん、フードは彼女たちに狙いをすました。
「こっち見ろよ、てめえらは詰みだ!」
勿論飛んでいく彼女らの邪魔をすることを許すわけがない。
俺とハガリさん、ゴウラスさんの三人で一気に数人を吹っ飛ばす。
ヤマエたちのシルエットはどんどん遠のいていって、遂には見えなくなった。
本当の本当に俺たちの勝利が確定したというわけだ。
自分たちの優位を失い、その場から逃げようとするフードたち。
俺たちの仕事はもう終わったのだ。
あえて追う必要もないため、しなかった。
「後は任せるとしよう」
一方その頃、山の麓にはたくさんの生物たちが揃っていた。
ピンチを救ってくれたドラゴンに、エマの森に住んでいた生物たち、途中で帰ることになってしまった村人たち。
とにかく下山の隙を与えないほどに大量だ。
それだけの数を集められてしまうほどにフードたちはこの世界で怒りを買ってしまったのだ。
きっと降りてくる彼らに残されている道はそう多くないのだろう。
……全てが終わった。
一体どれくらいの時間をかけて下山したのだろうか。
ここまでが長すぎたからかもしれない、下山の体感時間はあまりに一瞬に感じた。
「ミドロ、大丈夫!?」
俺たちの拠点に戻ると先に戻っていたレナールとヤマエに抱きしめられる。
レナールの手と足には強い打撃痕が残っており、彼女も相当怖い思いをしたことを簡単に理解できた。
それでも、最初に出てくるのは大丈夫という心配の
言葉。
ああ、こんなに優しい彼女に辛い思いをさせてしまった。
「本当にごめんな。
何度も何度も自分を捨てる判断をしようとした。
二人は、必死に生きて……本当に強いな」
レナールとヤマエ、俺は二人をもう危ない目に遭わせないと強く抱きしめ返す。
頭の中はやっぱり後悔に塗れている。
きっと前のような生活、というわけにはいかない。
それでもようやく、またやり直せるところまでは戻って来れたのだった。
「それじゃ、話を聞こっか?」
三人で喜びを分かち合ったすぐ後、ヤマエの標的になったのはドラゴン二体である。
彼女の両親のパートナーであったこの二体も、ヤマエにとっては家族同然だった。
それなのに両親が亡くなった後、そのまま姿を消して今に至るまで帰ってくることはなかった。
ドラゴンとは思えないほどの弱々しさで声を上げる。
「……ガゥ」
「それで?」
「グァ、ゴウ……」
「……だったら一声かけてくれればよかったのに」
ドラゴンたちとヤマエの会話は勿論分からない。
それを察したゴウラスさんが俺とハガリさんにも教えてくれる。
「あの方たちは、我々様々な生物たちの仲を取り持ってくれた偉大な方たちなのです。
昔はそれこそ、別種族同士が顔を合わせればお互いの生存のために、殺し合いが行われた。
しかし、あの方たちの呼びかけや力により弱いものたちや争いを好まない生物たちも守られるようになった。
それこそ、我々のように強い種族もドラゴンたちが恐ろしくて今はそう簡単に他の種族に手出しは出来ませんよ」
俺のことも守ってくれたくらいだ。
とても悪者とは思えない。
事実、この世界の平和のためにかなり尽力してくれていたらしい。
フードたちも、拠点が見つかりさえすればすぐにドラゴンにやられていたことだろう。
「……まさか、パートナーを失ったことに対する贖罪だとは思ってもいませんでしたがね」
ヤマエはドラゴンの足をゆっくりと撫でる。
そして彼女の姿は大きな翼に覆われてみえなくなってしまう。
まるで子供を外敵から守るように、優しく。
……いずれにせよ、どうやら話はついたらしい。
「全員聞いてくれ、とりあえず今日はお疲れ様。
明日のことは明日考えれば良い、だから今はゆっくり休んでくれ。
今日は解散だ!」
リーダーらしい迫力のある声が全員の鼓膜に響く。
ここ最近ずっとあった、なんとなくの緊張感がようやく解かれた感じがして、気の抜けた身体を何とか動かしながら、全員帰路に着く。
何度も思うことになるのだろう、ようやく終わった。
「あのねミドロ、明日のどこかでも時間あるかな?」
皆の移動の流れに身を任せて、俺もテントに戻ろうとした瞬間、そんな風にヤマエが声をかけてくる。
「え?
……いつでも大丈夫だと思うけど」
「そっか……また明日」
そんな含みを持たせたまま、自分も家に戻るヤマエ。
……どうやらこの世界での物語は、後少しだけ続きそうだ。
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