第17話 雪解け
今年初めての雪が窓から見える。
家の中ですら凍えてしまうのではないかというほど寒くなってきたこの頃だが、今日だけはそんなこと気にならない。
だって……
「「ハッピーバースデー、ヤマエ!」」
お父さんとお母さんが同時に声をあげる。
目の前には普段の1.2倍くらいは豪華になったであろう食事達が並んでいた。
貧乏がトレードマークみたいな私たちの村ではそれだけで凄いことだ。
それだけ、特別なことであるという証拠である。
……そう、今日は私の誕生日だ。
「ありがとう、お父さんお母さん!」
私は二人に抱きつく。
二人は困ったように、それでもハグを返してくれる。
今日は私にとって特別な日。
それは、誕生日でパーティがあるからじゃない。
こうして二人と一日をずっと過ごせるからだった。
「なあ、ヤマエ。
もうヤマエは七歳になったんだよな。
どうだ、あっという間だっただろ?」
「うーん……。
そんなことないよ?
だって、一年が365日でそれが七年だから……」
「ハハハッ……!
言われてみれば、凄いよなぁ」
ご飯を食べて、雑談を交わして。
あまりにどうでも良い内容で笑い合って。
そんな私の我儘が通るのは今日だけだから。
「そうだ、ヤマエにサプライズプレゼントがあるのよ!」
ある時、そんな気になることを言いながらお母さんが席を立つ。
お父さんも嬉しそうに私の表情を眺めている。
サプライズプレゼント、裕福とは言えない私たちにとって今までプレゼントがないことが当たり前だった。
突然の申し出に我慢しようとしても心が躍ってしまう。
……ドンドンッ!
突然、家のドアが強く叩かれた。
私はこんな場面を過去に何百回も目撃して来た。
だからこれからどうなるかもよく分かっている。
私の幸せな一日は幕を下ろすようだ。
両親は急いで扉を開いた。
「ルアード、リエル!
……こんな日に本当にすまない。
大変なことになってるんだ、来てくれ」
やって来たのは村長、相当焦りが見える。
優しい私の両親は、すぐに行くことを決める。
二人が駆け出していく後ろ姿を見送ることしかできない。
私はただただ、急な出来事に立ち尽くすのみだった。
父と母は、この村にとっての最重要人物だった。
昔から強かった二人はある日、ドラゴンと対峙し結果的に契約を結んだ。
そこから飛び抜けた強さと信頼感を得た二人は気づけば村の人々から引っ張りだこに遭い、ほとんどの時間をそれらに費やすことになる。
分かってる、私だってもちろん分かってる。
こんな過酷な世界、二人が居なければもう何度私たちが絶滅していたことだろう。
分かってる。
二人が頼み事を断れないほどのお人好しで、今回のことだって必要なことだって。
だから私は感情を隠すようにベッドに潜り込む。
枕の色が変わってしまうほど濡れるまでに、そう時間はかからない。
とは言っても、次の日には普段通りの生活だ。
元々、忙しい両親だ。
こっちが当たり前で、これからも味わわなければいけない日常なのだ。
心が壊れてしまわないように、必死に本音を隠しながら今日も淡々と畑仕事をこなす。
そういえば今朝、少し小耳に挟んだ。
二人が呼び出されたのはサイクロプスという巨人のモンスターが近くで暴れ回っているかららしい。
サイクロプス……正直に言って見たことはないがドラゴンに比べれば、かなり見劣りする強さだったことを記憶している。
帰ってくるのは、およそ一週間後くらいだろうか。
二人が帰ってくるのが待ち遠してくて、何となくどれくらいで帰ってくるかの予想はつくようになった。
そんなことを考えているうちに、両親の帰りが楽しみになる。
我ながら、単純だと思った。
…………次に二人に会ったのは墓の前だった。
後ろではあの二人が英雄だと、感嘆の声が上がる。
どうやら、サイクロプスは最終的にその場の地形を利用して土砂崩れを起こしたらしい。
その勢いは村まで届く勢いだった。
私…のことを考えていたかどうかはこうなってしまった以上分からないが、二人は村を守るため土砂崩れを全力で止めに行った。
手が空いていない中、死ぬ気で特攻してきたサイクロプスたち。
そのサイクロプスたちはドラゴンが倒してくれたらしい。
つまり、私たちを守りながら敵を倒すところまでをやってのけたということだ。
まさしく本に出てくる英雄のような話だ。
………………辛い。
こうもあっさり、二人は私の前から姿を消した。
村人たちは人の死に歓声を上げ、ドラゴンはどこかに雲隠れし、今もこうして一人で私は苦しみ続けている。
辛い、悲しい、憎い、許せない、分からない。
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして…………ああ、もうやめよう。
このままじゃ私は壊れてしまう。
忘れる、今の私に出来る唯一の手段。
私は生きるために全部忘れて笑うことにした。
もう、誰かと深く関わることもやめにした。
でも、人間はそう簡単じゃないらしい。
村の人たちと過ごしていくうちに魅力が見えてくる。
村長はとっても楽しくて、いるだけで癒される。
レナールは本当に愛らしくて、私に懐いてくれている。
ダーンさんは危なっかしい私を叱ってくれるし、ミスラさんは会うたびに私のことを気遣ってくれるし、ユーンドは色んな世界のお話を聞かせてくれるし……
本当は分かってた。
皆、私を悲しませないと笑顔でいてくれたこと。
裏では悲しんで、たくさん泣いてくれていたこと。
どうして、こんな悲しいのに忘れられないんだろう。
……当たり前だ、愛していたんだから。
お父さんも、お母さんも。
「どうして、勝手にいなくなっちゃうんだよ……!」
今、こうして目の前に現れたドラゴンたちも。
「「ウオオオオオオオオオオ!」」
未だかつてないほどに大きく響く逞しくも、優しい声。
二人はこれまた大きい羽を大きく振って飛び上がる。
流石にビビった様子のフードも一度、身を引く。
良かった、ミドロたちも無事のようだ。
「はぁ、危なかった」
ぐったりとしながらも安堵を述べるミドロの元へ飛んでいく。
「もうやめて、自分をそうやって犠牲にするの」
「でも……うん、そうだよな。
……本当にごめん」
ミドロは言い訳は必要ないと思ってくれたらしい。
すぐに謝ってくれる。
うん、そう短く頷きかけた時。
冷たい感覚を頬に覚えた。
「……雪?」
ハガリさんが上を指差して言う。
真っ白な雪がゆっくりと舞い落ちてきた。
あ、もしかして……
「ねえ、今日って何月何日?」
「えーと今日は確か、十一月の一日だな」
「そっか……」
そうだったんだ、今日は私の誕生日だ。
あまりに色々なことがありすぎて、気づいていなかった。
ドラゴンがゆっくり降りてきて、私の頭に何か乗せる。
それは、白い花冠。
「おお、エリーゼの花か」
ゴウラスさんが声を上げた。
エリーゼの花、数千年は枯れないとされる希少の花だ。
なんだか、懐かしいような温かい気持ちになる。
……きっと、お父さんとお母さんのものだ。
「……ありがとう」
言いたいことは色々あった、でも全部終わってから。
ドラゴンはまたも声を上げた。
さっきよりも優しくて切ない、そんな声。
……私も、そろそろ覚悟を決めないといけないらしい。
「エマ、おいで」
エマにもたくさんの迷惑をかけてしまった。
たくさん心配させたし、たくさん悩ませた。
私との境遇と重ね合わせて、遂自分の名前の一部をあげた。
今では、パートナーで家族だ。
エマが私の元へ顔を差し出す。
そんなエマの頭を優しく撫でた。
「……契約、しようか」
エマはただ、目を瞑る。
「契約……ってまだしてないってこと?」
驚く二人のリアクションを横目に捉える。
そう言えば、ハガリとミドロには契約をしたって嘘をついていた。
後で謝らないといけないな。
エマの頭に手を乗せたまま、私の力を送り続ける。
全てを任せるように。
「決着、つけなきゃ。
心配させてごめん、もう大丈夫だからね。
じゃあ……行ってくるよ」
ハガリは私を下山させようとしていた、今ならそこには心配や親心のような優しい気持ちしか無かったことを理解できる。
エマの背中に乗っかって、私は高く飛び上がった。
その間、ゴウラスさんの声が耳に入ってくる。
「お二人とも、エマ達が契約していたと思われていたんですか?
……やはり、異世界の方なんですね。
見ておいた方が良いですよ、彼女の才気は凄まじい。
あれが、契約の真髄というやつです」
さっき逃げていたフードの一人を見つけた。
私たちに火を浴びせてくれたやつだ、間違いない。
大きく息を吸う、エマの心音が心地よい。
「それじゃ、始めようか」
お父さん、お母さん。
私は今日でもう十四歳になったよ。
あれから、七年。
あっという間に過ぎていった。
それでも、忘れることはできなかった。
……もう、忘れない。
あの時抱いた悲しみも怒りも。
二人と過ごした楽しさも喜びも。
皆で築き上げてきた確かな覚悟も。
全ての思い出は私のものだから。
「竜化!」
湧き出てくる感情は私の姿を変えていく。
全身に鱗が張り巡らされて、歯が鋭くなって。
マヤも私と同じように、龍を模した姿に変わっていく。
「とりあえず、最初の一撃」
マヤが放った冷気のブレスがフードの元に飛んでいく。
あまりの衝撃に、フードも後ずさる。
「クソ!」
フードは構える、段々と杖の先に火が灯っていく。
もちろん、マヤもすかさず冷気のブレスを放った。
ぶつかる二つの力、まさしく互角だ。
じゃあ、勝った。
私も大きく息を吸う。
一人でダメなら、二人で押し切る。
私も冷気のブレスを放つ。
重なった私とマヤの力は威力を増していとも簡単にフードの攻撃を跳ね除ける。
その勢いは留まることを知らず、そのままフードに向かっていった。
フードの全身がガチガチに固まるまでに、そう時間はかからない。
「なんて強さだ……」
「凄い、凄いよヤマエ!マヤ!」
下を見ればミドロやハガリさんが大きく手を振っていた。
とりあえず、ミドロの敵討ちは出来たらしい。
ふと、涙が溢れる。
これまで溜まっていた感情を解き放っているようだ。
「……うわああああああああん!」
あの時、二人がいなくなっちゃった時泣けなかった。
ようやく、あの時の清算をするように悲しみを覚えることが出来るようになった。
覚悟が決まっても涙は止まってくれない。
あれから7年、時間が経つのが早すぎたからかな。
どうやら私はまだ、子供のままのようだ。
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