(他称)可愛い俺、猫を被ったイケメン女子に助けられたら助けた側がグイグイ来るんですが?(修正中)
星崎夢
第1話 偶然の出逢いに感謝を
「ん〜、いい朝だ」
あまり止め慣れていないアラームを止め、時間通りにベッドから起き上がった篠雲優希はカーテンを勢いよく開き、窓から差し込む光を浴びる。
欠伸により少し潤みを帯びている茶色掛かった目に太陽の優しい光が差し込んでくる。眩しいが、今日に限っては勇気を貰える。
何故かといえば、今日は知らない土地で知らない学校の入学式だ。少しくらい勇気を貰っても罰は当たらないだろう。そう思い、新しい制服に袖を通して鼻歌を歌いながら身支度を整えに洗面所へ向かう。
自分でも思うが、かなり寝相が良い。
夜にある程度髪の形を整えて寝れば、朝に慌てずに済む程度には崩れない。新しい家でも昔と変わらないようだ。
「有難いな」
そう呟きながら洗顔液で顔を洗い、髪を整える。肩にかからなない位の黒い髪をドライヤーの風で温めてあげれば、フワッとした髪型の完成だ。
女の子の髪型になっているのは、男の子の髪型にした時に失敗すると分かっている為に冒険できずにいるからだ。目元にかかる髪をちょちょいと直せば、やる気に満ち溢れた新高校生が鏡に映る。
「よしっ、ばっちり」
朝ご飯はトーストでいい感じに焼いたパンに市販のハムを2枚乗せ、残りの2枚はそのまま食べた。パンの焼けたいい匂いと、ハムの何ともいえない匂いが広がる。
「いただきます」
しっかり手を合わせ、パンにかぶりつく。市販のパンなので味はそこそこだが、パン特有の匂りが鼻を駆け抜けて行く。朝はあまり食べない派なので、椅子に座りパンをササッと食べ終える。
「ご馳走様でした」
またしっかり手を合わせ、食器を洗い場に置き、前日の内に準備してあったバックを見る。今からあれを持って行くと言う緊張感に少し身を震わせながら歯を磨く。
口の中がスッキリした所で、念願のバックを肩から提げる。何故緊張しているかは、バックを見れば分かる。
優希は男だ。だが、今肩から提げているのは一般的に女子高校生が使うバックだ。制服はズボンだが、中学の頃はこの女性寄りの容姿も相まって女の子と間違えられる事も多々あり、懐疑的な視線をよく受けた。身長が小さく女の子顔だから仕方が無いと言えば、仕方が無いが。
その点、近年の学校は制服が多少なりとも自由なのが唯一の救いだ。女の子がズボンを履いていいと言う校則は、俺にとっては中々に革命的である。多くの人は興味を示さないだろうが、いざ関係者となれば中々に嬉しいものがある。しかし、男の子がスカートを履いている所はあまり見ないので、そこはまだまだ時代を感じる所である。
「それじゃあ、行ってきます」
誰も居ないマンションの一室に挨拶をし、鍵を閉めた。階段をリズムよく降りて大きな窓で自分の格好を見る。
ネクタイを少しキツめに締め気合いを入れるが、マンションに住む人が来て少し気不味くなったので足早にエントランスを抜ける。このマンションの敷地は以外に広く、木々が規則正しく並んでおり、広めの芝生や公園まである。歩いていて非常に気持ちが良い。
学校までは歩いて20分くらいだ。
学校を挟んで反対側に行けば、都会とは言わずとも大きなショッピング施設や大きめの駅などがある。こちら側も民家やコンビニが並んでいる。そこそこに発展した街を抜けて行くのは良くも悪くも中学時代とは大きく違った登校景色だ。
別に中学生の時が嫌いだとか、そう言うのでは無い。ただ、少し息苦しかった。それだけ。
昔の事を少しばかり思い出しながらコンビニ等がある学校の近くを歩いていると、同じ制服が自転車で通り過ぎる。それを見て胸が高鳴っている気がするのは、完全に自分で生活をするのは初めての事だからだろう。以外にも、楽しみにしている。
そんな矢先、こんな問題が起こるとは。
「ねえ君。今から登校?」
昔も逢った事があるが、まさか今になってもう一度起こるとは思わなかった。俗に言うナンパと言うやつだ。今から登校するから何なのか分からないが、傍迷惑なので辞めて欲しい。
「そうですが、何か?」
「初日くらいサボってさ、俺と遊ばね?」
見た目がチャラチャラしている男は、取って張りつけたようなテンプレ文を言う。ピアスにサングラス、今の流行の服など頑張ってチャラく取り繕っているが下心が丸見えだ。優希は声も中性的なので、本当に優希を女の子と勘違いしているようだ。
「すみませんが、急いでますので」
時間に余裕を持って家を出たとはいえ、あまり時間を取られすぎると遅刻してしまう。初日から遅刻は勘弁願いたいので先に行こうとするが、手首をがっちり掴まれる。
「まあまあ。そう言わずにさ」
半ば無理やり路地裏に連れ込もうとしているのだろう。現代のナンパは無理やりが普通なのか?大体、朝からやるなんてこいつ暇なのか?てか不味い。このままだと本当に遅刻する。それに、何されるか分からない。
「ちょっと、辞めて下さいよ!」
「お、抵抗してんの?カワイイじゃん」
やばいやばいやばい。本気でやばい。
こいつ完全に女の子と思い込んで不埒な事をしようとしている。どうなるか分からないし何より遅刻は本当に不味い。スタートダッシュから匍匐前進になってしまう。
「あっ、あの!」
そんな時、後ろから可愛らしい声がする。その声は少し裏返っていて、緊張を孕んでいた。
そこに居たのは、女性らしい身体で黒髪ロングに俯いている影響で目の隠れたあまり活発ではなさそうな高校生だった。
顔も清楚で可愛らしい感じを醸し出しているが、よく見れば目はキリッとしているし鼻も少し高めで、俗に言うイケメンと言うやつだ。身長は男子高校生の平均くらいで女子にしては高めだ。バッグを両手でキュッと持っているのを見る辺り、あの子も少しばかり怖いようだ。
思わず見入ってしまったが、この状況を思い出し我に返る。
「その子、嫌がってると思うんですけど……そう見えるのは私だけでしょうか……?」
「……あぁ?」
更に不味くなった。助けてくれた事には感謝するが、女子二人でこの大きい男から逃げ切れるとは思えない。精々、2人で連れて行かれるのが関の山だ。
「何してんだ!早く逃げ……」
「君も混ざりたいなら言えば良かったのに」
男は優希の手を離し、女の子の方へ手を伸ばす。この状況をどうしろって言うんだ?と思っていた矢先、女の子が急に体制を低くし、男の腹に重い蹴りを入れる。
「ガッ!?」
「ばーか。さ、早く逃げるよ!」
どうやら声も態度も演技だったようで、男に舌を出しながら優希の手を掴んで走り出す。女の子に手を引かれ、全力で走る。さらさらの髪が風に揺らされ美しさを纏っているが今はそれどころではない。多分優希の速度に合わせてくれてはいるが、流石に速すぎる。
この子、どんな身体能力してんだ?
「ちょ、ちょっと、速、い…!」
「あぁごめんね!気持ちよくなっちゃった!」
満足した顔で満面の笑みを浮かべる少女だが、さっきの事を思い出せば少し可愛くない。後ろを振り向けば、さっきの男はもう見えなかった。一心不乱に走ったからか、道路の奥には目標地点の学校が見えた。
「ふぅー。君、災難だったね。名前は?」
「し、篠雲、優希、です」
息が途切れながら自己紹介をしているので、途切れ途切れになってしまった。仕方が無いだろ。これはアクシデントだ。
「私の名前は……おっと、始業に間に合わなくなっちゃうね。早く行こ!」
学校の敷地に入ったが、気が付けば周りには誰も居ないし、教室の窓から外を眺める人も見当たらない。名前を聞けると思ったが、時計を見れば始業5分前である。焦って昇降口まで走り、事前にスマホで見てあったクラスへ駆け上がる。だが、教室へ滑り込んだのは優希だけだ。
「おはようございます、皆さん」
「…………!?」
なんとかチャイムの前に教室に来れたと思ったら、遅れてさっきの女の子が姿勢よく歩いて来ていた。しかもなんか、凄く清楚な感じを出している。
いやいや待て待て。どういう事か、全く持って分からないのだが?
「あ、あのー?」
「あら、どうかしましたか?優希さん?」
これはあれか。表の顔、ってやつか。さっきとは違う優しさと上品さ溢れた笑みをしている。さっきの無邪気な子供のような笑顔とはまた違った美しさがある。
『あの人、凄く綺麗じゃない!?』
『あれが生徒の理想像って感じ!』
そんな声が教室から、何なら廊下から聞こえてくる。皆の優希への視線は、『何だあのズボン履いた女は?』だ。まぁ初日からほぼ並んで登校しているような物だし自分自身珍しい立場にいる事くらいは分かってはいるが、いざこうなるとどうしても体は動かないものだ。
『……なんか隣の子、疲れてない?』
『女の子?でもズボン履いてるし男か?』
『お友達?もしかして彼氏なのかな?』
色々な声が聞こえてきてドアの前に立っているのが無性に恥ずかしくなり、顔を赤らめながら自分の席に着き窓の外を眺める。あの女の子とは席が離れていたので視線と話題はそっちへ向かってくれた。席に座った瞬間チャイムが鳴り、先生が入って来ると皆自分の席に座った。
言い忘れていたがこの学校、結構な優等生が入る学校なのだ。父は手がかからないからと、近くのマンションに仕送りまで手配してくれたので父には頭が上がらない。
「えーでは、朝のHRを始めます」
ホームルームは担任の自己紹介、今日の簡潔な予定などを聞いただけなので五分程で終わった。ほぼ全員席を立ち、各々の知り合い達と会話をしている。勿論優希は少し遠くから来ているので知り合いは居ない訳だが。
机に座り肘をつきながら窓の外を変わらず眺めていると、チラチラ視線を感じる。横目で見れば、周りの生徒達がこちらを見ている。それどころかクラスの人達もチラチラみている。
関係性が気になるのだろう。二人殆ど同じタイミングで登校して話もしていたのに無関係な事について疑問を持っているらしい。まあほとんど赤の他人みたいな物なので、この視線達は気付かないふりをしてやり過ごした。
少し経てば、皆が体育館に向かって教室を出て行く。廊下に出てもやはり視線を集めてしまうのは朝の事が広がったからなのか分からないが、こちらとしては少々やりずらい。
そうして少し息が重くなりながら体育館に着いた。やはり進学校であるだけでなくスポーツ強豪校なだけあり人の数が凄まじい。ただ、入学式と言っても椅子に座って話を聞くだけなので小一時間程度で終わる。
内容はこの学校の事、理想の生徒像、生徒会長の言葉等のありふれた入学式だ。新入生代表であの子が上に上がった時に目が合った時には少しばかり心臓が跳ねたが、それ以外は特に何も無かった。
(……びっくりした……まさか俺を見てくるとは思わなかった……)
そんな事を思っていれば入学式も終わり、今日の日課は全て終わった。帰りの号令をした後に外を見れば、部活動勧誘で忙しそうにしている先輩達が見える。優希は部活をする気は無いし今日の予定も無いので、勧誘の熱が冷めるまで本でも読みながら待つ事にした。
「あの、ちょっと良いかな?」
教室側に目を向けるとそこにはさっきまでクラスの中心になって話をしていた女の子がいた。少し茶色が混ざった黒髪を綺麗に後ろで結び、制服は着崩しているが決して下品にはならない絶妙なラインを保っている。ギャル、とまでは行かないがいかにも明るそうな感じで、黒い目がキラキラしている気がする。優希に興味があるようだ。
「えー、と、ごめん。名前、覚えてなくて…」
初対面の人と話すのはそれなりに緊張するものだ。彼女みたいに会話の主導権を握ってくれれば、そっちの方がやりやすい気もするのだが。
「あ、ごめんね!私は琴音美紅!」
腰に手を当て、胸を張って自己紹介をして来る。名前を褒めて欲しいのか、自己紹介ができて嬉しいのか分からない。優希は昔から他人にノリや理解を押し付けてくるタイプは少しだけ苦手だ。
「えと、美紅さん?は、何か用?」
名前を呼ばれて嬉しいのか、彼女の顔には笑顔が溢れている。どうやら名前を覚えられて嬉しかったようだ。少しカタコトになってしまったが、それでも彼女の機嫌が良いならそれで良いだろう。
「えっとね、クラスでグループを作りたいんだけど…見た感じ、知り合い居ないでしょ?」
グループとは、恐らく連絡アプリの事だろう。クラスでグループを作って連絡をするのは良くある事だ。そして優希に知り合いが居ないことも見抜いている。流石陽キャ。他人をよく見ている。
「そうだね。知り合いは居ないから…取り敢えず、美紅さんと繋げばいいかな?」
美紅は「うん!ありがとー!」と言い、スマホを取り出すので優希も連絡アプリのQRコードを提示する。それを読み取ったらしい美紅は早速『よろしくね!』と書いてある熊のスタンプを送ってくる。まぁ俺は文字でよろしくお願いしますだけで良いだろう。
「それじゃ、招待は送っておいたからよろしくねー!」
とだけ言い残し、教室を走って出ていった。友達と遊ぶ予定でもあるのだろう。取り敢えずグループに入って『よろしくお願いします』とだけ打ち込み、スマホを閉じる。外を見ると、まだ勧誘はしているようだ。
もう少し待つか……と思っていた時に、スマホの電子音がなる。何かと思えば、柊鈴乃という人物からメッセージが来ている。誰かと思いトーク画面を開けば『朝助けた辺りのコンビニまで来て。なるべく早くね!』と言った文面が表示された。恐らくグループから個人の連絡先を入手したのだろう。
「………はぁ」
助けられた手前、すっぽかす事もできないので頑張って行く事にした。昇降口を出れば、やはり勧誘がお熱い事この上ない。申し訳ないがお誘いはキッパリお断りし助けられた辺りまで足早に向かう。
「……あ、来た」
コンビニに着けば、柊鈴乃が礼儀正しく手を振っている。自然と視線が集まっているのを見る辺りやはり優等生に見えるようで、この時の柊鈴乃はとても綺麗だと思う。
「来たけど……何するの?」
優希が鈴乃に聞けば、鈴乃はにっこりと笑い、
「貴方の家はどこ?」
と、脅迫じみた事を言ってくる。
待て。何故家を聞く。朝のやつを見てしまったから口封じでもしようとしているのか?どちらにせよ家に上げていい事はなさそうだ。
「じゃ、俺はこれで……」
「逃がすと思いましたか?」
早くこの場から逃げなければ、と思い振り返るがさっきのニコニコのまま肩をがっちり掴まれる。力が強すぎて逃げられない。
「さ、一緒に帰りましょう」
「…………ハイ」
2人で並んでいれば周りの生徒からの視線が集まり、とても居心地が悪いのでさっさと帰った。あのマンションは遊びに行く所とは反対にあるしあそこに住んでいる自分達の学校の生徒は恐らく優希だけなので、少し道を外れれば生徒は居なくなった。
「……はぁ〜、やっと2人きりになれたね」
急に鈴乃はリボンを緩め、第一ボタンを開け始める。さっきのお嬢様みたいな雰囲気は無く、朝のような、子供のような雰囲気だ。
「まさか、かっこよく助けてくれた人がこんな猫を被ってるとは思わなかったよ」
優希は鈴乃を軽く睨むが、鈴乃はカッコよかったと言われた事が意外だったようで目を丸くしている。
「あははっ。まさか私が助けるなんて思わなかったけどね」
頭の後ろに手を組み、笑いながら隣に着いてくる。なんだか皮肉めいている感じだが実際助けられなかったら何をされていたのか分からないので何も言えない。
そんな事を話しているうちにマンションの前まで着いた。ここに住んで一週間も経たずに2人で入る事になるとは思わなかった。
「へぇー、結構いいところだね」
「親には頭が上がらないよ」
今回は鈴乃が居るのでエレベーターで自分の部屋がある階まで上がって行く。自分もエレベーターを使うのは初めてだ。5階なので、結構高い所まで上がって行く感覚があった。
「ここだよ」
鍵を回し、家の扉を開ける。引っ越して来てから間も無い為に生活感があまり無い一室になっているが、ここが優希の家である。
「おぉー!ひろーい!」
靴を脱いで廊下をまっすぐ走っていってリビングを見渡しソファにダイブする。今の優希の部屋は殆ど見ないテレビに寛ぐソファ、ご飯を食べる為のテーブルと来客を考えての椅子が2つというごく普通の部屋だ。
「で……何をしに来たの?」
優希はバッグを下ろした後、一応コップにお茶を注いで机の上に置いて椅子に座る。鈴乃はソファに寝そべりながらひょっこり顔を出す。
「私の素を見られちゃったからねー」
そう言うと鈴乃はソファから立ち上がり、優希の正面に座る。
「できれば黙ってて欲しいかな。あ、お茶いただきます」
解釈一致と言うかなんと言うか、お茶を飲む動作は凄く綺麗だった。そういう教育をされているのだろう。
「まぁ元から話す気はないし。何なら、こっちが感謝をしたい。今朝は本当に助かったよ。ありがとう」
立ち上がり深々と頭を下げる優希に鈴乃は困惑の色を見せていたがその礼を受け取ってくれたらしく、コップを置いて「いいよ、そんなに改まらなくて」と言ってくれた。優希は頭を上げ、椅子に座り直す。
「いやまあ実際、助けがなかったら今頃ここにも居ないだろうし……何かお礼をしたいな」
そう言い鈴乃を見るが、そう言った物は対して望んでいないようで再び困惑の色を見せていた。迷った末、一つ思いついたらしい。
「貴方、男の子?それとも、女の子?」
なんの脈絡も無い質問に戸惑うが、「男」と答えれば、鈴乃はニヤリと笑った。
「決めた。一人称を『僕』にする事」
「………は?」
意味が分からなかった。お礼と言うとはこう、なんと言うか……何かを買って渡す物とばかり考えていたので、変な要求をされるとは微塵も思っていなかった。
「なんでいきなりそんな事に……!」
「えぇ〜?貴方、恩人からのお願いも聞けないのかにゃ〜?」
くっそ。こいつ腹が立つ。確かに助けられた。だが、こちらも要求された身だ。自分だけと言うのは不公平だと思った優希は、反撃に出る。
「じ、じゃあお前はバラされていいのか!?」
「うっ……!そこを突いてくるとは……!」
椅子に座りながら口論は白熱する。こっちは変な要求を取り下げたい。あっちはバラされたくない。互いの思惑が交差し、言い争いは長く続いた。
10分程が過ぎ、互いに疲弊し合った所で同時にお茶を飲み干す。
「ぷはっ…………降参します……」
「はっはー!勝ったぞー!」
鈴乃はガッツポーズをし、拳を振り上げる。
結局助けられたと言う事が大きすぎて敗北した。よって、優希の一人称が『僕』になってしまったのである。
「クソッ……なんで俺が……」
「はいそこー!俺って言わなーい!」
「うぐっ……」
僕なんて言えるか。ただひたすらに恥ずかしい。そんな事もお構い無しに鈴乃はドスドス突っついてくる。
「そんなに可愛いんだから、もっと胸張ればいいのに!」
『可愛いんだから』
あんなに白熱していた言い争いも、その一言で優希は黙り込んでしまった。その言葉が胸に引っ掛かる。客観視はやはり、そう感じてしまうだろう。
俺は、あまり好きじゃ無いんだけどな。
「………可愛い、か。」
自分の事なのに重い雰囲気が溢れ出てしまったのか、鈴乃も少し暗くなってしまった。
「ご、ごめん。気を悪くするつもりは……」
「あ……いや、大丈夫だよ、全然。気にしないで」
鈴乃は下を向いて気まずそうにしているので何とか雰囲気を明るくしなければと思い、優希は立ち上がりコップを持つ。
「お茶、いる?」
「……い、いただきます」
コップにお茶を注いで居ると、お茶に自分の顔が映る。ふと、昔の事を思い出してしまった。
『可愛いね』
そう言われた時、少なからず喜んだ自分が居た。素直に喜んだ。そのはずなのに、相手の方がそうは行かなかった。偶然、聞いてしまった。
『あいつ男のくせに……』
ハッと意識を戻せば、コップからお茶が零れそうだったので慌てて注ぐのを辞める。揺れる水面に映る顔はさっきの顔では無く、今にも倒れそうな酷い顔だった。最近は思い出さなかったのに何故今になって思い出したんだ?イレギュラーが重なって疲れているのか?
そうだ、まずはコップを持っていかないと。鈴乃が待ってる。
……頭がぐるぐるなって、何を考ているのか、分からなくなってきた。あれ?今俺は、何をしてるんだっけ…?
「……き!…い…………ねぇ!優希!」
いつの間にかキッチンの手洗い場に手を着いていた優希は鈴乃の声によって現実に引き戻される。気が付けば鈴乃の手によって体は支えられていた。
「あ、………ごめん、ね。心配、させて……」
「何言ってんの……!こんな顔色で……!」
昔の事は思い出すと今の自分が篠雲優希と言う存在を否定してしまいそうで、思い出したくない。でも思い出してしまう事もある。そうなってしまった時は、度々こうなる。そして、夜に耐えられなくなって一人ベットで泣いている。自分が悪いと思っている。自分が弱いからだと。でも、本当に、胸糞悪い。
「だいじょうぶ、だから」
「………」
頑張って笑顔を作るが、鈴乃は顔を真っ直ぐ覗き込んでくる。その瞳は心配と、他の感情が混ざっているような感じだった。
「体、借りるよ」
鈴乃は優希を優しくお姫様抱っこし、急いでソファに座らせる。別に具合が悪い訳では無いので安静にする必要はない。
「本当に、大丈夫だから…」
「黙ってて」
立ち上がろうとすれば、鈴乃がそれを止めさせて体を抱き締めて頭を撫でてきた。意味が分からず困惑していると鈴乃から声が聞こえる。
「辛い事なんて幾らでもある。私は貴方の過去にあった事とか、辛い事とか何も知らない。でも、そのストレスの捌け口は必要でしょ?だから……」
そう言って鈴乃は、今日知り合ったばかりでほとんど他人の優希を、抱き締めた。
「今は、私で我慢して」
確かに、今までは自分のうちに押さえ込んできた。その分、また心が重くなって苦しくなる感覚があった。忘れても深く根付いた物はそう簡単には消えないと分かっていた。今思い返せば、こんなに楽しく話せたのは久しぶりだった。だから、つい思い出してしまったのかもしれない。
それなら、今くらいはいいのかな……?
色々な感情が混ざりあって、泣いてしまった。他人に安心させられるなんて、初めてかもしれない。
「……絶対、振り向かないでね」
「分かってる」
鈴乃の首に手を回し、肩を借りて年柄もなく大泣きしてしまった。鈴乃の大きな体が、俺を優しく包み込んでくれた気がする。
「もう大丈夫なの?」
「うん……ありがとう」
目元が真っ赤になるまで泣いた優希は鈴乃の体から離れ、ソファにちょこんと座った。鈴乃も隣で座ってくれている。窓の外は、そろそろ夕焼けが綺麗に見える時間だ。
「夕方になっちゃったね」
「そうだねー。そろそろ、帰らないと」
鈴乃は立ち上がり、荷物を纏める。優希も立ち上がり、一緒に玄関まで行く。鈴乃はさっきよりも元気だったので、さっきの事はあまり気に病んでいないだろう。
「それじゃ、また明日」
鈴乃は手を振って外へ出て行った。優希はできる限りの笑顔で見えなくなるまで手を振り、扉がしまった後にソファまで行ってから腰を下ろして俯きながら赤くなった顔を手で覆う。
(……恥ずかしいとこ、見られちゃったなぁ)
……いや、僕は何を考えているんだ。
別に、これから関わりがある訳でもない。優希が黙ってさえいればあの人とはただのクラスメイトという関係になるだろう。
泣いた記憶を洗い流す為にお風呂に入ってから趣味でもある料理をして軽く夕ご飯を作り、気を紛らわせた所で明日も学校なので今日は早く食べて早く寝る事にした。
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