ともだち

さくらみお

前編


 黄色いは自分が不幸の元に生まれたことを嫌というほど自覚していた。


 ふつうの仔は薄茶色なのに、自分だけが黄色い姿で生まれたのだ。

 自分だけ色が違うからみんなが遊んでくれなかった。


「あそぼ!」


 と、声を掛けても、


「またね」


 と、ふつうの色の仔は異質な姿に驚き逃げるように去っていく。

 黄色い仔はただ『ともだち』が欲しかっただけなのに……。




 黄色い仔はとても寂しかった。

 ふつうの仔が楽しそうに遊んでいる原っぱから少し離れた大ケヤキの下で、その仔たちを見ていることしかできなかった。


 つまらなくて足下に転がっていた石に顔を描いてともだちにした。

 ニッコリと笑うその石がともだちになった。


 黄色い仔はその石と一緒に遊んだ。

 一緒に走って、一緒に跳ねて、一緒に寝転んだ。


 石は黄色い仔が大好きで、黄色い仔も石が大好き。

 ……でも、周りのともだちの笑い声を聞いていると……やっぱり、他のともだちも欲しいなと思った。




 黄色い仔はともだちが欲しいから、ふつうの色の仔にお願いをした。

 ふつうの色の仔は遊んでくれた。


 楽しかった。

 かけっこして、ボール投げをして、遊具で遊んでくれた。

 けれど、一時間経つと「時間だから」と帰ろうとした。

「もっと遊んでほしい」と黄色い仔が頼むと「じゃあ、もっとお金をちょうだい」と黄色い仔に手を差し伸べた。

 黄色い仔はもうお金を持っていなかったら、去っていくともだちの背中を寂しそうに眺めた。

 とても楽しかったけれど……同じくらい虚しい気持ちでいっぱいになった。




 黄色い仔はともだちが欲しいから、手紙を書いた。

 たくさん、たくさん、書いた。

 たくさんの瓶に入れて、たくさん川に流した。


 一通の返事が来た。

 嬉しくて、黄色い仔はたくさん返事を書いた。何度も手紙を繰り返した。

 ある時に「会いたい」と書かれていた。

 黄色い仔はうれしくて、うれしくて、その日になるのを待ちわびた。


 しかし、その日。

 待ち合わせの大ケヤキの前には、ともだちは来なかった。

 ずっと、ずっと、待っていたけれど、ともだちは来なかった。

 その日から手紙も来なくなった。きっとどこかで黄色い仔の姿を見たのかもしれない。


 悲しくなって、それから手紙を書くのをやめてしまった――。




 ◆




 黄色い仔の石のともだちはたくさん増えていった。

 丸い仔、四角い仔、三角の仔。

 いろんな石の仔が黄色い仔のともだち。

 みんなにっこりとした顔をしていて、黄色い仔のことが大好き。


 その日はバラバラと音を立てて降る重たい雨の日で、ふつうの仔たちは誰もいない。でも黄色い仔はこんな雨の日でも一緒に遊んでくれる仔が来るかもしれないと思い、大ケヤキの下で石を磨きながら、新しいともだちを待っていた。


 湿気を帯びた日の石はとてもピカピカになる。

 黄色い仔は夢中で大好きなともだちを磨いた。


 だから、その仔の足音にすぐ気がつけなかった。



「……そこに、誰かいるの?」



 石から顔を上げた先には、ふつうの色の仔がいた。黄色い仔は突然に声を掛けられて緊張から「う、う、うん……!」と、少しどもった。


 その声を掛けた仔はよく見ると『ふつうの仔』と少し違っていた。

 

 白い杖を持ち、杖で足元を探りながら歩いている。そしてこの大雨の中、傘も差さずに歩いていたようでずぶ濡れだった。


 どうやら目の見えない仔の様だった。

 目を瞑ったまま杖で足元を探りながら、黄色い仔を見下ろす所まで歩み寄ってきた。


「……こんな雨の日に、一人で何やっているの?」

「……と、ともだち」

「ともだち?」

「う、うん。ともだちと、遊んでいたの」


 目の見えない仔は首を傾げた。


「ともだち? 君以外に気配を感じなかったけれど?」

「僕のともだちは、この仔たちだよ」


 黄色い仔は目の見えない仔にまるい石を差し出した。その仔の手に乗せると、その仔は黄色い仔の石をきゅっと握りしめた。

 その感触を何度も何度も確かめた後、目の見えない仔は眉を顰めて言った。


「……石?」

「そう……だよ。僕の……ともだち」

「石が、ともだちなの?」


 その無邪気な言葉にズキリと胸が痛む。

 きっと他の仔のように石がともだちなんておかしい、と馬鹿にされるのではないかと思ったから……。

 しかし、目の見えない仔は肩から掛けた水色のポシェットから手探りで何かを取り出した。

 そして黄色い仔に差し出した。

 それは綺麗な桜色のつややかな貝殻だった。


「……その仔は、僕のともだち! よろしくね!」


 その時の目の見えない仔の満面の笑顔は、黄色い仔の曇る心を一気に晴れやかにしたのだ。




 ◆




 それから二人は、お互いのともだちの紹介をした。

 目の見えない仔は巻貝や二枚貝、さまざまな色や形の貝殻を見せてくれた。黄色い仔も負けずと自慢の石のともだちを紹介した。


 その一つ一つを紹介するごとに大事そうに持ってくれる目の見えない仔の仕草に、黄色い仔は泣きそうになった。そして目の見えない仔は俵型の石の感触を確かめながら言った。


「僕の家の近くには海があるんだ」

「……海?」


「知らないの?」

「うん」


「海ってね。この貝殻がたくさん落ちているところだよ。ザザーン、ザザーンっていつも波の音がして、しおの匂いがして、すごく広いんだ」

「ねえ、『波』ってなに? 『潮』ってなに?」

「波はしょっぱい水が誰かに押されてたくさんやってくるんだ。触るとつべたいよ。潮は臭いよ」

「なにそれー?」

「じつは僕も……よくわかんない!」


 二人はくすくすと笑い合った。


「ねえ君はどうしてここにいるの? 海に帰らないの?」

「…………僕……迷子になっちゃって」

「あ……」

「僕は目が見えないんだ。バスを乗り間違えちゃったみたい」

「いつもはどんなバスに乗っているの?」

「ふかふかの座席のバス。でも今のバスはふわふわの座席のバスだった。あとバスの音もブロロロロじゃなくて、バロロロロだった」


「じゃあ……僕が家まで送ろうか?」

「……えっ! いいの?」

「うん!」


 黄色い仔は石のともだちを布の袋に入れリュックに入れた。それから大ケヤキに立てかけて置いた黄色い傘を持つと、目の見えない仔に差し出した。


「はい、傘。差して」

「わあ、ありがとう! 一緒に入ろうよ!」


 と、目の見えない仔は手を差し伸べてきた。


「え、でも……」

「僕は目が見えないから手を繋いで歩いてくれると、すごく助かるんだ」


 黄色い仔は目の見えない仔と手を繋いだ。

 目の見えない仔の手は雨に濡れたせいかとても冷たくて、でも、ふわふわだった。


 ――嬉しい。

 手から伝わる感触が嬉しかった。

 そして二人は小雨になったころ、目の見えない仔を家に帰してあげるため最寄りのバス停へ歩き出した。

 大ケヤキのバス停にやって来た、赤くて四角いバスに乗り込むと海を目指して出発した。

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