中編

 二人の仔はバスに揺られてちぎりパンみたいな山をいくつも越えていると、やがて雨は止み、黒い雲から晴れ間が見えてきた。


 赤いバスの終点は真っ直ぐに続く白い石造りの歩道。そこに点々とバス停が続く、長い長いバスターミナルだった。

 黄色い仔は生まれて初めてバスターミナルにやって来たのだ。

 いろんな色のバスが右へ左へと走り回り、いろんな形のバスが行ったり来たりしている。

 黄色い仔は近くにいたお客の一人だと思われる年老いた者に声を掛けた。


「すみません。海へ行くバスはどれですか?」


 年老いた人は黄色い仔の姿に少し驚きつつも、


「海に行くバスは500本あるから、どれか分からないよ」

「ご、500本もあるの!?」

「そうさ。海は広い。バス停だってたくさんあるんだ。お前たちはどこの海へ行くんだい?」

「こんな貝殻が取れる海です」


 と、目の見えない仔が桜色の貝殻を見せたが、年老いた者は顔を顰めて、


「悪いね。この貝殻だけでは、儂には分からん」


 そう言って、たった今到着した『切り株行き』の青くて細長いバスに乗って行ってしまった。


「……聞いた? 500本もあるんだって」

「知らなかったな」


「いつもはどうしていらの?」

「……さっきも言ったけれど、バスの音で乗っていたんだ」


「じゃあ、今もわかる?」

「うーん……いつもはこんなにたくさんのバスの音がしないからな……僕のバス停はもっともっと遠くなのかもしれない」


 二人はまっすぐ伸びるバスターミナルを歩きだした。


 たくさんたくさん歩いて、たくさんたくさんバスとすれ違ったけれど、目の見えない仔のバス停は見つからない。


 次第にお腹が空いてきて、黄色い仔のお腹がぐううと元気に鳴った。

 すると、目の見えない仔は慣れた足取りで、バスターミナル沿いに点々と建つ露店に歩いて行き、おにぎりを一つ買ってきた。


「ごめんね。あんまりお金を持っていなくて一つしか買えなかった。これを一緒に食べようよ」


 そう言うと、目の見えない仔はおにぎりを半分に割った。

 そして昆布がはみ出る半分のおにぎりを黄色い仔に差し出した。


「どうぞ」

「あ、あ、あのっ!! 僕、僕も……お金を持っていなくて……お金、バス代しか持っていなくて……!」


「お金はいらないよ」

「な、なんで? 僕が知っている仔たちはいつも遊んでくれたり、何かしてもらうと、僕からお金を取るんだよ? お金欲しくないの?」


「そうなんだね。でも僕にはもうお金は必要ないんだ。……ねえ! この辺に座れる所ある? 僕、もう足がクタクタなんだよ」


 お金の事は気になりつつも、目の見えない仔を休ませてあげたい気持ちの方が動いた。自分だって目の見えない状態で知らない道を歩いていたらふつうの仔よりも疲れると思ったから。


 黄色い仔はトタン屋根のついた待合室のベンチを見つけ、そこでおにぎりを食べた。とても美味しいおにぎりだった。


 それを噛みしめながら黄色い仔は思った。お金も取らず、しかも半分も分けてくれるなんて……なんて優しい仔なんだろうと思った。だから言った。


「君はとっても優しいね。きっと、ともだちもたくさんいるんだろうね」


 目の見えない仔のともだちが羨ましいと思ったのだ。

 自分もこんなともだちが欲しいし、目の見えない仔みたいになりたいとも思った。

 しかし、目の見えない仔は少し悲しそうな表情を浮かべた。


「……ううん。僕は目が見えないから鬼ごっこもかくれんぼも出来ないって、いっつも仲間外れなんだ。むしろ優しいのは君の方だと思う。僕みたいな仔は、みんな面倒って思う仔が多いんだ」


「…………」


 黄色い仔は自分が他の仔とちょっと違うことが言えなかった。

 きっとそのことを知ったら、目の見えない仔もみんなと同じになると思ったのだ。

 だから怖くて言えなくて、言葉が詰まった。



 ――そんな時だった。



「あっ! あの音!!」


 目の見えない仔が急に立ち上がった。

 二人の目の前を、緑の三角形の形をしたバスがブロロロロと音を立てながら横切った。


「今のバスだ!」

「ええっ!?」


 そのバスは二人のいる待合室の少し先で停まった。


「急ごう!」

「走れっ!」


「君、走れるの?!」

「君が引っ張ってよ!」


 自分だったら。

 目の見えない状況で、誰かに引っ張って貰うなんて怖くて出来ない。


 でも、黄色い仔は確信した。

 信じてくれている。

 目の見えない仔が自分を信じてくれているから、そう言ってくれるのだと。


 黄色い仔は思ったよりもヒンヤリとした目の見えない仔の手をぎゅっと握った。


「走るよ!」

「うん!!」


 引っ張る形で、黄色い仔は走った。

 緑のバスめがけて。

 全力で走る。段差はないか。障害物はないか、確認しながら。


 そして、二人はなんとか緑のバスに乗りこめた。

 まだ息が乱れた二人を乗せて緑のバスは動き出す。


「……かったぁ!」


 まだ息が荒い目の見えない仔は胸を押さえながら何か言った。

 聞き取れず「なんっ……て言ったの?」と同じくらい息が切れている黄色い仔が尋ねると、


「あんなに、全力で、走ったの、初めてっ! 楽しかったぁ……!」


 と笑う。黄色い仔も同じ気持ちだった。だから目の見えない仔にも伝わるように、ものすごく明るい声色で言った。


「僕もっ!! 楽しかった!!」


 二人は自然と手を繋ぎ、一番後ろのふかふかな座席に座った。たくさんたくさんのバス停を通り過ぎる。


 そして、太陽が水平線に近付いたころ――終点に辿り着いたのだ。


 バスから降りた先には広い広い海が一面に広がっていた。

 黄色い仔はその広大な風景に圧倒され言葉を失っていた。


 自分が見た事ある川や池と違って、水が満ち引きする力強さ。広大さ。

 そして鼻につく癖のある匂い。


「ああ、これが『波』で、これが『潮』なんだね?」

「そうだよ! 僕は毎日この音を聞いて、この匂いを嗅いでいるんだ。音だけでも海がとても大きくてすごいものだって分かる。臭いけどね!」

「うん、すごく大きくて綺麗!! でも臭いー!!」

「あはははは!」


 目の見えない仔は黄色い仔を砂浜へと案内した。


「ここに僕の好きな貝殻がたくさん落ちているんだ。君が好きな石もたくさんあるんだよ。薄くてまるい仔が多いよ」


 と、小さな巻貝と綺麗な楕円の石を見せてくれて、黄色い仔の両手に乗せてくれた。


 それから二人は夢中になって砂浜で遊んだ。

 二人で砂山を作り、石と貝殻を飾った。

 しかし、満ちていく潮で作りかけの砂山はどんどん溶かされて行く。

 二人は溶けるとめげずに新しい山を作った。


「僕がお堀を作るから、君は山を作って! 今度こそ山を完成させよう!」

「わかった!」


「わー! もう波が来たよ!」

「急げ、急げ!」


 しかし、次の瞬間。

 大きな波が来て、二人の砂山は影形なくなった上に、波に押される形でその場に尻もちをついた。


「「わーーーー!!」」


 転んでずぶ濡れになった二人の仔。

 波が引いていくと、お互いに声をあげて笑った。

 こんな楽しい時間を過ごしたのは初めてだった。

 それから日が暮れるまで二人は遊び続けた。


 楽しかった。

 とても楽しかった。

 楽しくて、こんな時がずっと続けば良いのにと黄色い仔は思った。

 しかし、太陽はもうすぐ水平線に沈もうとしている。


 二人は砂浜に座り、ぼんやりと海を眺めていた。

 お互いに無言だけど居心地がよく、ただ同じ時間を共有するひと。


 黄色い仔は『ともだち』ってきっとこんな存在なんだろうと思った。

 やっぱり、ともだちになりたい。

 この仔とともだちになりたい。


 しかし、今までたくさんの仔に避けられて嫌われてきた黄色い仔にとって、ともだちになりたいという言葉はとても勇気のいる言葉だった。怖かった。

 断られたら、この仔に断られたら……自分はどうなってしまうのだろうか。

 そんな不安が胸に広がって怖くて言い出せない。


 でも、その不安と恐怖よりも、この出会いの奇跡に掛けたかった。

 ともだちになりたい。

 もう一人は嫌だ。

 黄色い仔はグッと拳に力を入れると「あのね!」と隣にいる目の見えない仔に語り掛けた。


「僕、今日はとっても楽しかった! 良かったら……その、僕と……『ともだち』になって、くれる?」


 ドクンドクンドクン……。

 せいっぱいの勇気の言葉。

 無言が続いた。


 潮騒だけが、黄色い仔の耳に何度も何度も打ち付ける。

 

 ――すると、目の見えない仔の目がゆっくりと開かれていた。

 視点が合っていなくて白く濁っているその目は歪で、思わず息を飲んだ。

 その目から涙がぽろぽろと、綺麗な涙がぽろぽろと零れたのだ。



「…………ごめん。ごめんね……僕……君と『ともだち』に、なれない……」



「…………そ……そっかぁ」



 半分予想通り、半分期待外れの答え。

 しかし、ほんの少しだけ期待の方が大きかった分だけ黄色い仔のショックは大きかった。


「そ、そうだよね。僕とともだちなんて……嫌だよね……! 君は目が見えないから分かんないけれど、僕って他の仔と違うんだ! みんなと違って醜い姿をしているんだよ。だからさ、ずっとともだちがいなくて、付き合い方が分からないというか……うん、遊び方も分からないというか……うん! きっと君は優しいから、今日は遊んでくれたけど……うん……!」


 黄色い仔は泣きそうになりながら、自分の悪いところを自分で羅列し、自分の心を守ろうとした。自分が「そう」だから、ともだちになれないんだ、と自分に言い聞かせるために。しかし、


「ちがう!! ちがうよ!!!!」


 目の見えない仔は叫んだ。


「ちがうんだ!! 僕だって、君とともだちになりたい! 心の底からそう思ったんだよ!…………でも、もう遅いんだ……。遅かったんだよっ!」


「……遅い……?」


 その時、黄色い仔は初めて気が付いた。

 陽に照らされた目の見えない仔の姿には、影がなかった。

 自分の足元からは長く伸びた黒い影がある。

 しかし、目の見えない仔には、ない。

 その違和感に身がブルリと震えた。

 目の見えない仔の白い眼の奥から黒い闇のようなものを感じる。


「……僕は目が見えなくて、今日の今日までみんなに馬鹿にされて、騙されて、揶揄われていたんだ。それが辛くて、悲しくて、いつも消えてしまいたいと思っていた。だから僕は大雨の降る中、知らない土地へ行って消えることにしたんだ」


「……消えるって……」


「僕は君が大ケヤキに来る少し前に、あの場所で命を終わらせたんだ」


「……そ、そ、そんな!! じゃあ、今、ここにいる君は??」

「今、君の目の前にいる僕はこの世への『未練』みたいなものなんだと思う」


 目の見えない仔は、すうっと息を吸うと、


「一度で良いからともだちを作って、一緒に遊びたかったんだ! でも、君のおかげでその未練もなくなった。ありがとう……」


 目の見えない仔は、黄色い仔に桜色の貝殻を手渡した。


「これ、君にあげる。今日はすっごく楽しかった!」


 そう呟く目の見えない仔の輪郭が薄くなっていく。


「やだ、待って、やだ! やだよ! 待ってよ!!」

「……君は、僕みたいに『ともだち』つくるチャンス、なくしちゃダメだよ……」


 目の見えない仔は音もなく、すっと消えた。

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