第2話 信頼の念

「――いやー、気持ちいいな真昼まひる!」

「……うん、そうだね彩氷あやひ……でも、お願いだから前見て、前!」



 それから、一時間ほど経て。

 パッとこちらを振り向き、何とも無邪気な笑顔でそう言い放つ彩氷。うん、確かに気持ちいいんだけど……でも、お願いだから前見て、前! あっ、ところで彩氷と呼び捨てになっているのは、彼自身からそう呼んでくれと頑なに言われてしまったから。



 ともあれ、僕らがいるのは車一つない開放的な広い道路――その下り道を、二人それぞれが風を切りながら自転車で走っているわけで。





『――ひと夏の逃避行、かな?』



 一時間ほど前のこと。

 そう、ニコッと微笑み告げる彩氷。その後、茫然とする僕を連れてやってきたのは地元の総合病院――神経の衰弱にて、現在両親が入院している病院で。……いったい、何のために? そう思っていると、思い掛けない事態に――なんと、場所は言えないけど僕を連れて行ってよいかどうか両親に尋ねたのだ。……いや、流石にそれで承諾を得られるとは――


 だけど、事態は更に思わぬ展開――しばし茫然としていた両親だったが、その後どこか縋るような表情かお真昼ぼくを宜しくとお願いしたのだ。知り合い……ではないと思うけど、それでも二人の目に確かにあった。見ず知らずのはずの青年、彩氷に対する確固たる信頼の念が。



 そういうわけで、前述の通り僕らは今二人で自転車を飛ばしているわけで。少しだけ弱まった陽射し、そしてそっと頬を撫でる風が心地好い。


 その後、しばらく走っていくと到着したのは両側に田園の広がる畷。じめっとした草の匂いが、何処か心地好く鼻をくすぐる。普段の無機質な世界とは異なる開放的な景色に、何処か心までが広がっていく心地がして。もう、ずっとこのまま走っていた――



「……さて、この辺りかな。降りるぞ真昼」

「…………へっ?」


 すると、ふと自転車を降りる彩氷。……えっと、急にどうしたのだろう? ともあれ、彼の言葉に従い自転車を降りる。そして、数分ほど歩みを進め到着したのは見ているだけで心安らぐ素朴な茅葺き屋根の一軒家。どうやら、こちらのお宅になにか用事があるようで――



「――おお、よく来たな二人とも!」

「…………へっ?」



 すると、姿を現したのは褐色肌の男性。太陽の下がよく似合う、爽やかな笑顔が印象的な恰幅の良い男性で。


 ただ、それはそうと……えっと、お知り合い? ご親戚、とか? でも、あんまり似て……いや、それは関係ないか。兄弟じゃないんだし。



「いやー今日もあっついなあ。二人とも、すっかり疲れただろ。ほら、早く上がりな!」

「……へっ? あっ……」

「ありがと、元輝げんきさん。お邪魔します」

「……えっ? あっ、その……お邪魔します」


 すると、快活な笑顔で告げる男性。……えっと、入ってもいいのかな? そっと隣に視線を移すと、ニコッと微笑み頷く彩氷。そんな彼の様子に安堵しつつ、再び一礼し玄関へと足を踏み入れる。……いや、まあ緊張はするんだけども。




「……………うわぁ」


 ほどなく、呟きを零す。そんな僕の視界には、水色の風鈴が心地好く響く縁側。そして、左手には種々の木や草花が彩る穏やかな庭が広がって――


「……いいところだろ? 真昼」

「……彩氷……うん、とっても」


 すると、僕の心中を察したように尋ねる彩氷。その表情は、この空間に優しく溶け込むように穏やかで。視線を移すと、元輝さんもニカッと快活な笑顔を浮かべてくれていて……うん、良いなぁこの雰囲気。




「二人とも腹減ったろ。ほら、遠慮せずに食べな!」

「ありがと、元輝さん。ほんと、もう腹ペコで」

「……あ、ありがとうございます……元輝さん」

「おう、気にすんな!」


 それから、数十分経て。

 桧木の香り漂う和の居間にて、太陽のような笑顔でそう口にする元輝さん。僕らの前には、ご自宅の畑で採れたという野菜をふんだんに使った料理の数々。どれもとても美味しそうで、恐縮しつついただきますと手を合わせる。そして――


「…………美味しい」

「おっ、嬉しいねえ! そう言ってもらえると作り甲斐があるってもんよ!」


 そう、声を洩らす。すると、本当に嬉しそうな笑顔で告げる元輝さん。……うん、ほんとに美味しい。僕なんかが通ぶるのもどうかとは思うけど……それでも、食材の質からして普段食べているものとはまるで違う気がする。彼が、いかに丹精込めて作っているかが見なくても分かるようで。そして、料理もあれこれ手を加えるわけでなく、素材の味を最も生かす形で最低限の……うん、何を語っているんだろうね、僕は。




「……ご馳走さまでした。改めてですが、本当に美味しかったです」

「ごちそうさま、元輝さん。今日も美味かったよ

「おお、お粗末さま。気に入ってくれて嬉しいぜ!」


 それから、数十分後。

 他愛もない会話に話を咲かせつつ、楽しく美味しい食事を終えた僕ら。まあ、僕はコミュ障ゆえほとんど話せていないと言うか……彩氷と元輝さんのお二人が会話をリードしてくれたので非常に助かりました。


 その後、しばし縁側にてのんびりする僕ら。そっと鼓膜を揺らす風鈴の音が、何とも心地好く眠気を誘う。だけど、眠っているわけにはいかない。パシッと自身の頬に手を当て、すっと立ち上がる。そして――



「……あの、元輝さん。僕に、なにか出来ることはありますか?」


 



 


 




 






 

 

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