戦好きな武士は、異世界で暴れまわることにしました。泰平なんてクソ喰らえ!【鎧殻戦鬼】

熱燗徳利

第1話 武士、異世界に行く

 時は元和げんな五年(一六一九年)。大坂の陣で豊臣家が滅びてから四年の歳月が流れていた。

 

 元和偃武げんなえんぶにより、血生臭い戦乱の世は終わり、時代は泰平へ移りゆく。しかし、それを受け入れられない古き武士もののふが日ノ本には大勢いた。


 諸白鬼十朗もろはくきじゅうろうもまた、そんな一人である。


 この男、身の丈は六尺に届く偉丈夫で、筋骨隆々。戦においてはありとあらゆる武器を使いこなし、いくつもの首級をあげてきた。


 よわいは四十を過ぎているものの、まだまだ戦場で活躍できる自信はある。だが、このところ戦はなく、鬼十朗は戦いに飢えていた。


(どこかに戦はないものか。いっそのこと国外にでも参るか……)


 異国では、戦の絶えない地域もあるだろうし、実際、この時代には戦いの場を海外に求めにいく日本人傭兵も大勢いた。


 しかし、鬼十朗の頭の中には、とある家伝の言い伝えが思い出されていたのである。


 鬼十朗の諸白家は、平安の時代に、この世とは違う異界よりやってきた鬼の子孫である――そんな頓痴気な話が語り継がれていた。

 

 そして、先祖が建立した鬼樫神社に強く願えば、鬼の血を引く人間は異界に行けるのだとか……


 鬼十朗とてこの話を心から信じていた訳ではなかった。しかし、元来、真偽の怪しい話は実際に試さねば気が済まない性分であるので、一か八か鬼樫神社に足を運ぶこととした。


 鬼十朗は翌日の朝、代々家に伝わる大太刀と多少の兵糧を携え、籠手などを着けた小具足姿で鬼樫神社の鳥居の前まで来ていた。


 己でも馬鹿なことをしているという自覚はある。あやふやな伝承を信じて、夜分に何をしているのかと。


 それでも、やはり足を運ばずにはいられなかったのは、鬼がいるという異界への強い憧れであった。鬼と合戦出来たらさぞ楽しかろう……今朝の鬼十朗は童心に帰っていた……

 

 鬼樫神社は、諸白家の屋敷の目と鼻の先にあり、幼少のころはこの神社の境内で遊んだ事を覚えている。 


 古びた本殿はもう長い間修繕されておらず、それがまた何とも言えない懐かしさを喚起させる。

 本殿の脇には狛犬や仁王像の代わりに、二体の鬼の木像がある。向かって右の木像の額には、目玉くらいの大きさの黒い玉が埋め込まれており、左の木像には白い玉が埋め込まれていた。黒い玉は黒曜石、白い玉は大理石だろうか?


 鬼十朗は本殿の前に立つと、己を異界に連れて行ってくれるよう、強く強く願った。 


 しかし、特段不思議なことなど起こらない。


「うーむ、やはりそれが道理か……」


(はは、我ながら何を期待しておったのだか…… かような夢物語みたいな話なぞ、ある訳なかろうに。愚かなことよ)


 夢のお告げや古い伝承を馬鹿にしつつ、それにすがろうとした己を恥じながら、鬼十朗は深いため息をついた。


 そして、屋敷に戻ろうとしたとき、鬼の木像の額から、黒い光が発せられる。よく見ると、木造の額の黒い玉が発光しているようで、それは怪しく、この世のものとは思えない輝き方であった。


「おお、これまたなんと……」


 夢でも見ているのかと鬼十朗は思った。それとも狸や狐の類に化かされたか……


 しかし、そうやって輝く玉に手を伸ばしたその時だった。玉は鬼十朗の胸に吸い込まれ、その身体と一体となる。


「これは、如何いかなることぞ!?」


 そして、玉が鬼十朗の身体で心臓のように脈打った次の瞬間、鬼十朗はこの世界から忽然と姿を消した。

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