第4話 少し落ち着きたいだけ
…彼女の目的は分かった。だが、どうすればいい?このまま黙って人類の滅亡を見届けるのか?俺は彼女に抗えないのに、それでも反抗するか?…どちらにしろアイツはマジでやるつもりだ。
「…マスター」
「ルナリア……今は一人にしてくれ」
こんな状況では再会も喜べやしない。ユナに従ったところで、彼女は譲渡などしない。いずれ人類は俺と彼女を残して消え去る。それが遅いか早いか、それだけの違いだ…
「…マスターと一緒なら、私は幸せです。まだ出会って日は浅い、けれど…誰よりもあなたを大切に思っている。この感情は決して、ただのプログラムなんかではありません」
やめてくれ…これ以上俺に背負わせないでくれ…もう疲れたんだ、いっぱいいっぱいなんだ。何もかも捨て去りたい気持ちと、それを良しとしない気持ちが衝突して苦しいんだ…
「…分かってる、分かってるんだ。大丈夫…俺が全部片付けるから…全部片付いたら…その時に答えるから…」
気がつけば涙が頬を伝っていた。今までどんなことがあっても泣くことはなかった。きっと、過剰なストレスで身体がおかしくなっているのだろう。
「みんな…ここにいるんだよな…ルナリア、みんなに…いや、なんでもない…俺が無事ってことだけ伝えてくれ…」
「……はい」
ルナリアは去った。…一度寝よう。情報を整理するためにも、心を落ち着かせなくては…迫られて無理矢理出した答えに突っ走るときっと後悔する。そういう奴をたくさん見てきた。
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『——それで…結局、彼はどこに?』
「さぁね、生きてはいるだろ。あの程度でくたばる男じゃないからな、アイツは」
なんとか生き延びたガーベラは、車でアストラ本部へと向かっていた。ラプラスも無事なようだが、その声はどこか重い。
『…もし戻ってこないなら…クロノス研究所の捜査は君に任せる。いいな?』
「もう7年も経ってるんだろ。何が残ってるって言うんだ?」
『全てのアレスに搭載されているブラックボックス…その元になったものが残っているかもしれない』
「かもしれない…って…」
『僅かな可能性に賭けるしかない。…間も無く企業連合の会議が始まる。アレスを失った今、企業勢力はもはや個別で力を維持することができなくなった』
「面倒なことにならなきゃいいがな…もうなってるか…」
『オラクルの破壊活動による人的被害は初日と比べて激減したが——軍事施設はかなりの被害を受けているようだ。君も気をつけることだな』
通話はそこで切れた。ガーベラは肩に力を入れ直して、ハンドルを強く握った。
「…腹括れよ、クロード」
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『また来たの?』
『何度だって来るさ』
『そう…ありがとう』
『…君はいつも泣いてるね』
『私は君ほど強くないから…』
『でも、いつも君に助けられてる。…ごめん、もう行かなきゃ…また母さんが呼んでる。また明日来るよ!』
『そう…バイバイ』
『あ、そういえば名前聞いてなかった。僕はクロード、君は?』
『ユナ。じゃあ、またね…』
「—————っ……」
目が覚めた。随分と奇妙な夢を見た。
「…大丈夫か?」
「リーリャか…」
「あら、私もいますわよ?」
部屋にはリーリャとクラーラがいた。旧エーデルワイス小隊のイメージカラーである白に髪を染めているので、やや寝ぼけた目でもすぐに分かる。…どうもこいつらは、俺を一人にさせてくれないらしい。
「随分とうなされていたな?」
「…こんな状況じゃ、悪夢の一つや二つくらい見るさ」
「私が添い寝してさしあげてもよろしくてよ?」
こんな状況だと言うのに、呑気というか危機感が無いというか…このメンタル回路でよく狙撃手が務まるものだ。
「遠慮する。寝る時は一人がいい。…死ぬ時もな」
「一人にはさせない。私達がついている」
「…ならあのイカれ女をぶっ飛ばしてくれよ…」
結局良い案は思い浮かばないままだ。半ば自暴自棄になっているからか、不思議と焦りは感じなくなったが…
「なぁ、お前らは…どんな気持ちで支配されてるんだ?メンタル回路の奥底から屈服しちまったのか?思考から行動まで全部操られてるのか?」
ルナリアもそうだが、妙な感じだ。心の底から人類を嫌っているとも思えないが、一方で躊躇も感じない。
「そうですね…クロード様も、スラム街で暮らす人々のドキュメンタリー番組を目にしたことはあるでしょう?その時、確かにその人達を憐れみ、想い、救ってあげたいと思う気持ちが芽生えますが———果たして、実際に救えたことはありまして?」
「相変わらず分かるようで分からん例えを…まぁ、言い得て妙ではある。一部のメンタル回路が強靭ではないアレスは、半ば強制的ではあるが…我々の多くは割り切っているんだよ」
「…分かった。お前達を責めたりはしないよ。…すまなかったなリーリャ。とは言え、指を咥えて見ているだけというわけにもいかない。また俺の行く道に立ち塞がるのなら、何度でも破壊してやる。何度身体を替えようと、何度蘇ろうとな」
まったくの強がりだ。手立ては無いし、正直心の半分は諦めようとしている。
「いいですねぇ…あなたの手で私の身体を滅茶苦茶にされるのなら…ふふ…四肢をもぎ取り、人工皮膚を切り開き、人工血液の滴るエーテルコアをその手で握り潰されて…ふふ…バックアップのデータに意識を移した時、私はあなたの手が胸の中に無いことに喪失感を覚えるのでしょうね…そして再び戦場に赴き、またあなたに出会い、破壊され、犯される…ふふ、ふふふ…」
アレスも妄想するのか、と聞かれれば、YESと答えざるを得ない。彼女がそうだからだ。…本当に、この性格でよく狙撃手が務まるものだ…
「…行ってくる。答えを出す時だ」
やっぱり他の隊員にも顔を出すべきか——いや、会うと未練が残るかもしれない。申し訳ないが、全てが終わったらまた会いに行くとしよう。
「…より良い未来が来ることを祈っている」
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Profile:PN-455
コードネーム:クラーラ
製造:ペンティメント・インダストリー
所属:オラクル
実戦経験:4年
備考:PN-455『クラーラ』はペンティメント社が開発した第6世代遠距離特化型アレス。大型の対物ライフルを使用し、遠距離から魔物の堅固な組織を撃ち砕くことを得意としていた。第6世代だが、後期生産型であるため、半ば第7世代のプロトタイプと分類でき、演算能力や全体的な性能はPN-496ルナリアにも迫る。
メンタル回路は不安定だが、感情の昂りという程度に留まっている。一言で性格を表すなら、『熱狂的』という言葉が相応しい。スプラッター映画を好み、他のアレスを巻き込んで映画鑑賞をすることがあるが、不評である。曰く、『我々は神経ネットワークでいつでもどこでも映像を見ることができるのに、なぜわざわざ巨大なスクリーンの前に長時間拘束されなければならないのか』とのこと。そのため最終的には彼女の隊長と二人きりで鑑賞することになるが、彼女は今やその口実のために映画を観るようになっていた。鑑賞の最中、彼の手を握ってその人間特有の自然な皮膚の感触を堪能しているが、本人にはまだ気づかれていないようだ。
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