勝利の宴

 今回の戦いでは、ベルナデット隊の奇襲攻撃により有利に戦況が運んだため、王国軍側の負傷者はごく僅かであった。リシャールたちがグリシアの街に帰ってくると、

「リシャール様! 兵士の皆様もよくぞご無事で! 街を守って下さりありがとうございます!」

 町長を始めとした街の住民が、総出で迎えてくれた。

「グリシアの皆、出迎え感謝する。今までシャルリーヌとその供たちを守ってくれたことにも礼を言いたい」

 リシャールが街の住民たちへ感謝の言葉を述べた。すると、住民たちの後ろからシャルリーヌがエリーナを連れて出て来た。

「リシャール兄様!!」

 シャルリーヌはまたリシャールに抱きついた。ベルナデットはそこで初めてシャルリーヌの姿を目にした。波打つ金の髪と深い緑の瞳は、リシャールにもジャンヌにも似た顔立ちであり、とても愛らしい少女だ、とベルナデットは思った。ただ、その髪は結っていたものが解けてボサボサになった痕があり、顔も少しやつれているように見える。きっと兄が姿を見せるまで、幼いながらも一人で不安や恐怖に耐えていたのだろうと想像すると、ベルナデットの胸は痛んだ。

「皆様のために街の集会場と宿屋を開放するので、是非休んで下さい。この後に戦いに勝利したことを祝して宴を開きたいのですが、いかがでしょうか?」

 町長はリシャールに尋ねた。

「気持ちは嬉しいが、街の食糧は大丈夫なのか? 特に今年はどこも作物が不作だと聞いたが・・・」

 リシャールは申し訳なさそうに訊き返した。

「今日くらいは普段のことは忘れましょう。実は皆様が帰って来たときのために、すぐに御食事が出来るように準備しておきました。街の広場に用意しておりますので、お越し下さい」

 町長はやんわりとリシャールに気にしないよう言った。リシャールも町長の気持ちを尊重し、

「すまない、では、厚意に甘えるとしよう。皆、街の広場に行こう」

 と兵士たちに話した。

「そうだ、リシャール兄様。話したいことがあるの」

 リシャールの手を引いたシャルリーヌがそう話した。

「・・・分かった。広場に着いてから聞こう」

 リシャールがそう答えるのを、ベルナデットは近くで聞いていた。



 広場に出ると、良い香りと美味しそうな沢山の料理がベルナデットたちの目に飛び込んできた。テーブルと椅子もしっかり並んでおり、料理の周りには準備をしたと思われる街の女たちが、給仕のために待っていた。

「皆さん、どうぞお召し上がり下さい」

 町長がそう促すと、兵士たちは各々喜びの声を漏らしながら料理が並んでいる場所へと近付いた。

「うーん、良い匂いね! 早く取らないとなくなっちゃうかも! 行きましょう、ベルちゃん」

「はい!」

 ニアに誘われ、ベルナデットも料理を取りに向かった。

 肉と野菜、卵が惜しげもなく使われた様々な料理に、焼きたてのパンに果物、その上焼き菓子に飲み物まで揃っており、ベルナデットは肝を抜かした。こんなに豪勢な食事は、村での結婚式か豊穣祭のときにしか食べられない。今年は不作(恐らく帝国による冥府の門も影響している)と聞いてはいたが、同じ国でも“村”と“街”でこれだけ食糧事情が違うのか、とベルナデットはショックを受けた。村に帰りたがらないトワネッタの気持ちは今、分かった。

 食べられる分だけ皿によそい、給仕係から飲み物として搾ったリンゴのジュースを貰うと、ベルナデットは先程まで一緒にいたニアを探す。すると、

「ベルちゃん! こっちこっちー!」

 ニアが上機嫌でベルナデットを呼んだ。ベルナデットが向かうと、同じテーブルにオリヴィエとガストンも座っていた。ベルナデットは開いているニアの隣に座らせて貰う。よく見ると皆、酒を飲んでいた。

「ベルちゃんも来たことだし、改めて乾杯しましょ!」

「そうだな、彼女は我が軍の功労者でもある。では、皆改めて杯を掲げて・・・乾杯!」

「乾杯!」

 ガストンの音頭で、金属で出来たグラスを掲げて軽くぶつけ合う。皆、思い切り飲み物をあおった。リンゴの甘さがベルナデットの身体に染み渡った。

「はー、久々のお酒! 美味しいわねー!」

 ニアは嬉しそうに言いながら、グラスを置いた。

「そういえば、戦争が始まってからはそんな余裕もなかったな」

 オリヴィエは噛み締めるように言うと、また一口あおる。

「このワインはこの辺りで作られたものだろうか? 中々美味だ。・・・久々に呑むと、俺の故郷のワインも恋しくなるな」

「オリヴィエさんはどこの出身なんですか?」

 ベルナデットは気になってオリヴィエに尋ねた。

「俺の故郷は王国北部にある“パルテル”という港町なんです。魚介類と、その料理に合う白ワインが特産なんですよ。やはり、自分の故郷のものは良い。・・・失礼、ベルナデット殿は故郷を・・・」

「いえ、気にしないで下さい。・・・今は村の人たちの無事を祈るだけです。それよりも、港町に入ったことがないし、海も見たことがないので、もっとパルテルの話が聞きたいです」

 ベルナデットはもっと仲間やこの国のことについて知りたくなり、そう答えた。

「そうですね・・・パルテルは国一番の港町とも言われています。他国の船も入って来るので、大陸の様々な国も一緒に入って来るんです。だから、色々な国の料理が楽しめますよ。晴れた日の海は、それはもう美しいのですが・・・嵐のときの海は急に恐ろしい顔をして船乗りや、酷いときには街にも襲い掛かって来ます。それでも俺は、パルテルの街と海、そしてそこに暮らす人々が大好きですよ」

「そうなんですね。私もいつか・・・行ってみたいです」

「是非お越し下さい。歓迎いたしますよ」

 ベルナデットとオリヴィエは互いに笑顔になった。

「そうそう! オリヴィエは多分自分から言わないだろうから言っちゃうけどね、オリヴィエはパルテルの領主・ノヴェール家の息子でね。あ、ノヴェール家も“七名将”の子孫ね。オリヴィエは長子だから将来の領主様よ」

 ニアは先程よりも陽気な感じで話した。

「おいおい、勝手に・・・だが、いつかは分かることだろうから別に良いが・・・」

「オリヴィエさんもやっぱり貴族の方なんですね」

 オリヴィエの雰囲気が庶民とはどこか違うことは薄々感じていたが、そこまでの名門であるとはベルナデットには思いもよらなかった。

「言っておくが、今は家を継ぐことなど考えていられないし、俺はリシャール様を始めとする王族の方々に忠誠を誓っている。故郷のことはもちろん心配だが・・・今は目の前の戦いに集中すべきだ」

 オリヴィエは家督を継ぐことに対して拒否感を示した。すると、

「うっ・・・ううっ・・・」

 乾杯をしてからずっと静かであったガストンが、大きな体躯をテーブルに突っ伏してすすり泣いていた。それを見たベルナデットはぎょっとする。

「どっ、どうしたんですか!?」

「い、いえ・・・パルテルのことを聞いて・・・ヴァリサントのことを思い出してしまい・・・住民はもちろん、両親や妹、兄家族のことがもう心配で心配で・・・ううっ!」

 ガストンは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら話した。顔が真っ赤なのは泣いているからなのか、酔っているせいなのかは分からない。そんなガストンの背中を、オリヴィエはポンポンと叩いた。

「そんな弱気なこと言うなんてお前らしくもない! 大丈夫だ! 俺たちはここから国を取り戻していくんだ!」

 そこでオリヴィエは笑い出す。ガストンとは対照的にかなり陽気になっているオリヴィエを見て、ベルナデットは何が起こっているのか上手く事態を呑み込めない。

「久々に“泣き上戸”なガストン見たわねー。お酒が久々だったのもあるけど。お酒が入るとガストンはああなっちゃうのよ」

 ニアは笑いながら説明してくれた。

「そ、そうなんですね・・・ニアさんも・・・実は酔ってます?」

 ベルナデットは恐る恐る尋ねた。

「あ、私はお酒強い方なのよ。ちなみにオリヴィエは笑い上戸になる方。それであの有様よ。これはまだ軽めに酔ってるだけで、酷いときはもっと騒がしいからねえ。それより、この二人は放っておいて、早く冷めない内にご飯食べちゃいましょ」

「・・・そうですね」

 ニアに言われて、ベルナデットはまだ自分が料理に手を付けていないことに気が付いた。しっかりとした騎士でも、酒が入ると人が変わってしまう、ということを学びつつ、料理に舌鼓を打った。



 日が沈み、街の広場には篝火が灯る。酔っている二人を横目に久々の豪勢な食事を堪能していると、3人分の人影がベルナデットたちのテーブルに近付いてきた。

「食事中に悪いな、少し邪魔するぞ」

「殿下! それにシャルリーヌ様も!」

 ニアはびっくりして叫んだ。酔っていた二人も一気に酔いが覚めたのか、シャキッと居ずまいを直すと、椅子から立ち上がる。ニアとベルナデットも二人と同じく立ち上がった。

「すまない、そのままで良かったんだが・・・実は、皆にシャルリーヌも戦いに加わることを伝えに来たんだ」

「えっ!?」

 4人は揃って驚きの声を上げた。リシャールはそこで深いため息をつく。

「当然、俺もエリーナも反対したんだが・・・結局後方支援に徹することを条件に戦うことになってしまってな・・・。皆に妹を頼むために挨拶に来たんだ」

「そういうこと! みんな、よろしくお願いね!」

 額に手を当てて眉間に皺を寄せるリシャールとエリーナとは逆に、シャルリーヌは満面の笑みを浮かべていた。

「こちらこそよろしくお願いいたします。シャルリーヌ様をしっかりと御守りさせていただきます」

 オリヴィエはついさっきまで酔っていたとは思えないほど、いつも通りに返した。

「あら、皆の手は煩わせないわよ? これでもしっかり剣と魔法の訓練はしていたんだから!」

 シャルリーヌは自信満々に返した。それを聞いたベルナデット以外の人間は、苦笑か心配するため息しかつけなかった。すると、シャルリーヌはベルナデットを見る。

「あなたが聖剣の使い手ね! リシャール兄様から話を聞いて、ぜひお会いしたいと思っていたの!」

「え、私!?」

 突然話を振られたベルナデットは吃驚した。

「そうだ、ベルナデットはこの2人とは初対面だったな。紹介しよう、妹のシャルリーヌと、侍女のエリーナだ」

「改めて初めまして。シャルリーヌ・リュヴェレット・スルースです」

「シャルリーヌ様のお世話をさせていただいている、エリーナと申します。よろしくお願いしますね」

 シャルリーヌはドレスの裾をつまんで軽く片膝を曲げ、身体を少し上下させる。エリーナは深くお辞儀をした。

「こちらこそ初めまして、ベルナデットと申します」

 ベルナデットはエリーナと同じくお辞儀をして挨拶をした。

「・・・リシャール兄様、私、ベルナデットさんと聖剣のことや、ジャンヌ様についても色々訊きたいの。良いでしょう?」

「だが、皆食事中だ。これ以上邪魔するわけには・・・」

「大丈夫です殿下。是非一緒に宴を楽しみましょう」

 ガストンはリシャールらを歓迎した。

「本当に良いのか?」

 リシャールが他の3人にも確認すると、3人も頷いて答えた。シャルリーヌの顔はぱっと明るくなった。

「では、料理と椅子を持ってこよう」

「まあ、いけません! 殿下にそんな雑用をさせるわけには! 私がご用意させていただきます。ほらほら、ガストン坊やとオリヴィエ坊やも手伝って!」

 リシャール自ら必要な物を取ってこようとするのを、エリーナがきっぱりと止めて、代わりにガストンとオリヴィエが連れ出された。自分の動きにも人の使い方にも無駄がない、とベルナデットはいたく感心してしまった。



 エリーナがガストンとオリヴィエを伴って手際よく椅子と食事を人数分用意し、改めてまた乾杯する。シャルリーヌはリシャールの隣で、ベルナデットと向かい合う場所に座った。

「ねえねえ、早速話を聞かせて!」

 シャルリーヌは目を輝かせてベルナデットを見た。

「こら、急かすんじゃない。食事はゆっくりとするものなんだからな」

「分かってますー!」

 リシャールは何かと急かすシャルリーヌを注意し、シャルリーヌは少しむっとした。ベルナデットの前では初めて“兄”としての顔を見せたリシャールとシャルリーヌのやりとりを、ベルナデットは微笑ましく感じた。

 「そうですね・・・それじゃあ、ジャンヌさんとの出会いから・・・」

 ベルナデットはそれからぽつぽつとジャンヌとの出会いと別れ、女神セラディアーナとの遭遇、聖剣に選ばれたときのこと――自らも思い出しながら語った。シャルリーヌは途中から沈痛な面持ちになり、エリーナは涙をハンカチで拭っていた。

「・・・ベルナデットさんも本当に大変だったんだね・・・。気安く話が聞きたい、なんて言ってごめんなさい」

 シャルリーヌは縮こまりながら謝った。

「気にしないで下さい。私も少し時間が経って、ちょっとは冷静に振り返れるようになったので・・・」

 ベルナデットはシャルリーヌにそう言い、なんとか微笑んでみせた。

「あ・・・兄様から聞いたのだけれど、私にも敬語は使わなくて良いわよ。堅苦しいのは私も苦手だから。そうね、今後は・・・“ベル姉様”と呼んでも良いかしら?」

「ね、姉様!?」

「あら、ダメかしら? 兵士の中だとあなたと一番歳が近いし、親しみやすいもの! それに聖剣の使い手でリシャール兄様にも信頼されているなら、私の姉様のようなものだわ!」

「は、はあ・・・光栄です・・・」

 急に距離が近くなったことに戸惑いつつも、シャルリーヌが慕ってくれるのは嬉しかった。ベルナデットは一人っ子なので、“姉様”と呼んでくれる妹のような存在が出来たことも喜ばしいことであった。

「すまないなベルナデット、妹が馴れ馴れしくて」

 リシャールは苦笑しながら謝った。

「ううん、私は大丈夫。むしろ嬉しいくらいだから」

 ベルナデットは笑ってそう返した。

 ――その後も料理をつまみながら歓談は続き、宴は深夜まで開かれたのであった。

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