第三章
帝国の謀略
――アルディア帝国・帝都アルディアス。ヴァレリア宮殿の“軍議の間”では、皇帝グラディスⅡ世と第一皇子のオーガスト、第一皇女のウラニアが直々に出向いて軍議に参加していた。
軍議の間は黒と赤を基調にした造りになっており、金があらゆる所に惜しげもなく使われている。金で出来た甲冑が等間隔に置かれ、金の燭台が室内を照らす。中央にある長机の上には巨大な大陸全土を網羅した地図と、赤と白の駒が置かれていた。机の上座には灰色の髭をたくわえたグラディスⅡ世と、その次に位の高いオーガストが座り、皇帝の傍には付き添うように妖艶な女が立っていた。女は皇帝の愛妾・ミゼリアであり、ミゼリアは皇族に劣らぬほどの、肩を出した毛皮と高級な布を使用した、深紅の豪奢なドレスを身に纏っていた。皇女のウラニアは皇子とは真逆な性格であり、着席するのを拒んで部屋の隅で縮こまっていた。――異様なまでに張り詰めた空気が、軍議の間に漂っていた。
「では、現状を報告しろ」
淡い紫色の髪に、明るい青色の瞳の青年―オーガストが参謀の男に指示した。
「はっ! ミゼリア様が設置された転送魔法陣での兵の転送に全て成功し、奇襲に成功。リュヴェレット、ブロシュタル、カルタの各王都、首都を押さえ、セラシアは保留。大陸の半分以上を掌握しました」
そこで一人分の拍手が起きた。戦果を聞いた皇帝が、満面の笑みを浮かべている。
「素晴らしい! 初手でここまで掌握できれば上出来ではないか!」
もはや帝国の勝利は確実だ、と云わんばかりにこの場にいる者たちに言い聞かせた。周りの者たちも皇帝に合わせるように愛想笑いをする。だが、その中でも二人―オーガストとウラニアだけは笑っていなかった。オーガストに至っては、一層不機嫌になっている。皇帝はそのことに気が付いた。
「どうした、オーガストよ。何か不満でもあるのか?」
「……各国の王族はどうなっている?」
皇帝の問いかけを無視したオーガストの問いに対し、参謀は怯えるような表情になる。
「カ、カルタ公国の公王は幽閉しましたが、そ、その他の国も王族を全て捕まえることは出来ておらず…申し訳ございません!」
参謀がそう告げると、オーガストは大きなため息をついた。
「何故国の頭を潰せなかった!? 頭を潰さなければ、三十年戦争と同じ轍を踏むことになるぞ!!」
オーガストは参謀を怒鳴りつけた。周囲の者たちは萎縮してしまうが、すぐに女のクスクス笑う声でかき消される。
「まあ、殿下はそんなに王族が生きているのが怖いのかしら? そんなに怯えることないと思うのだけれど」
からかうように言ったのは、ミゼリアであった。オーガストが鬼の形相で睨む。
「黙れ、外道が! そもそも貴様如きが何故この場にいる!? 呼んだ覚えはないぞ!」
吼えるオーガストに対して、ミゼリアは余裕のある態度を崩さない。
「あら、わたくしは軍直属の死霊魔術師としてここにいるのですよ? 陛下からお聞きになってないの?」
ミゼリアの言葉に、オーガストは次に父である皇帝を睨んだ。
「陛下! いつこの女を異動させたのですか!?」
「つい先刻だ。報告を怠ったのはすまなかったな。今回のミゼリアの働きは“冥府の門”や“不死の兵士”など、特に目覚ましいものがあり、それを評価した上での栄転だ。だからこそミゼリアもこの軍議に呼んだ」
皇帝は淡々と説明した。
「そういうこと。これからよろしくお願いしますね? 殿下」
ミゼリアは口角を上げた。オーガストはもう一度ミゼリアを睨んだあとに、視線を逸らす。
「…“帝国四将”の配置はどうなっている」
オーガストは再び参謀に尋ねた。
「四名とも各国の主要都市を掌握し、そこを拠点にしているとのことです」
「そうか、ならば四将から各国に配置した兵士に、王族を優先的に始末するように指示しろ」
オーガストは参謀や周囲の兵士たちにそう告げた。――ピリついた空気が続く軍議を、兄と同じ髪の色と瞳の色の、人形のような少女―ウラニアが恐ろしそうに見つめていた。
―第二部 第三章 終―
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