眠れぬ夜に

 軍議が終わったあと、ベルナデットはニアに寝室へ案内して貰い、オリヴィエが出陣前に木陰に隠しておいた荷物を持ってきてくれた。二人に礼を言ったあと、寝室に入る。

 寝室はしっかりとした造りのベッドの他には明かりと、テーブルに椅子、空いた棚だけと言うシンプルな内装である。ベルナデットは一人だけの部屋を用意して貰えたことに驚いた。きっと砦の皆に気を遣わせてしまったのだ、と思い至り申し訳なくなる。だが、一人でゆっくり休めることはありがたいので、ここは遠慮なく使わせて貰うことにした。ニアからは『湯浴みも出来る』と聞いており、装備を全て解いてから行こうと思っていた。しかし、理由は分からないがベルナデットは何となく落ち着かず、すぐに湯浴みに行く気分になれない。少し考えて、気持ちを落ち着けるために砦内を散策してみることにした。



 砦内を歩いていると、ベルナデットはすれ違う兵士に挨拶されるようになった。ベルナデットはその度に挨拶を返すが、急に皆が親しげになったのが不思議であった。特に目的を定めず歩いていると、砦の屋上まで来てしまっていた。すると、夜空の下に見慣れた後ろ姿を見つける。

「リシャール!」

 ベルナデットが呼ぶと、リシャールは振り向いた。ベルナデットはリシャールのもとに駆け寄り、隣に立つ。リシャールは視線だけを動かしてベルナデットの姿を確認する。

「ベルナデットか、どうしたんだ? 休んでいると思ったが」

「リシャールこそ、ここで何してるの? 見張り…は違うよね」

「ああ、何か休む気になれなくてな。…ベルナデットもか?」

「うん…」

 ベルナデットがそう答えたところで、会話は途切れてしまった。ベルナデットは雲間に輝く星を見つめながら、話題を探る。すると、嫌でも今日始めて見た戦場を想起した。値と砂埃と多くの死体――ベルナデットはそこで寒気がした。これからもあの光景を見続けることになるのか。そこで自然に、ある言葉が口をつく。

「…リシャールは、怖くないの? 戦うことも、人が沢山死ぬ戦場も…」

 そこでリシャールはベルナデットを見る。そしてまた、視線を夜空に戻した。

「もちろん、怖いさ。俺も戦場は初めてだからな。剣術の訓練で人間相手に戦ったことはあるが、それは斬れないようにしてある剣だから、実戦すら初めてだ。…生身の人間は、斬りたくないものだな。だが、そこで俺が逃げるわけにはいかない。もう以前の、人を殺していない自分にも、ただの王子であった自分にも戻れないんだ。そうして俺が躊躇っている間に、多くの民が苦しんでいるかもしれない。だから、進むしかないんだ」

「そう、だよね…。リシャールは私よりも重い責任を背負っているのに、こんなこと訊いてごめんね」

 ベルナデットがリシャールの顔を見て謝ると、リシャールもそこで視線を合わせた。

「いや、謝ることはない。ベルナデットも不安だったから、俺にこうして話してくれたんだろう?」

 リシャールの問いにベルナデットは頷いた。

「心の内を打ち明けてくれて良かった。これからも何かあればこうやって話してくれ。それに、俺も今ベルナデットにこうやって話したことで、心が軽くなったよ。ありがとう」

「そんな、私の方こそ弱気だったのに…でも、これで少しでも不安が軽くなったのなら良かった。私もリシャールの覚悟を聞いて、もっと強くならなきゃ、って思ったよ。こちらこそ…ありがとう」

 ベルナデットが礼を言うと、リシャールは柔らかく微笑んだ。



 リシャールと話したあと、ベルナデットはようやく湯浴みに向かい、寝室に戻ってきた。湯浴みを終えた途端に強い眠気に襲われ、すぐにベッドに潜り込んだ。今日のことをまた振り返ろうとしたが、それよりも先に睡魔に追いつかれ、そのまま夢の中へ沈んでしまった。


***


 ――気が付くとベルナデットは、大勢の人間の中にいた。庶民に加え、鎧姿の騎士やローブを着た魔術師も混ざっている。更によく見回してみると、砦か城のような堅牢な建物が目の前にあった。すると、建物の大きな扉が開き、中から出てき他人物にベルナデットは驚く。

「…ジャンヌさん!」

「ジャンヌ様―!!」

 ベルナデットの声は周りの者たちの声にかき消された。出て来たのは、髪を低い位置ではなく高い位置で括り、白いマントに鎧を着込んだジャンヌであった。顔もどこか幼さが残っている。

「皆、よく集まってくれた!」

 ジャンヌはここにいる大勢の人間に負けない声量で呼び掛けた。大衆はそこで一旦静かになる。

「私、ジャンヌ・リュヴェレット・フィエルは、この国を代表して、あの冷酷非道なアルディア帝国を必ずや討ち果たさんことを、ここに宣言する!」

 ジャンヌの言葉に大衆はどっと湧いた。ジャンヌは話を続ける。

「だがしかし、いくら勇猛果敢なリュヴェレットの兵士たちともいえども、帝国の兵士の数には劣ってしまうのが現状だ。その解決策として、同じく帝国に支配された周辺諸国―ブロシュタルやセラシアと結託し、国を超えて助け合うことが肝要だと私は結論付けた。その結束は困難なものかもしれない。だが、私には女神セラディアーナの加護がある!」

 そこでジャンヌは聖剣を鞘から抜き、剣身を天上に掲げた。陽光を受けて輝く剣を見て、歓声が起こる。

「困難を乗り越え、今こそ皆で結束し、帝国から祖国を取り戻そう!!」

 ジャンヌは力強く高らかに言うと、再び大衆は湧いた。ベルナデットは初めて見る在りし日のジャンヌの姿に、思わず泣きそうになりながら、その言葉に勇気付けられた。“ジャンヌコール”は、しばらく鳴り止むことはなかった――


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