初陣ーレザール砦の戦いー⑥

 

 軍議を行う部屋には、多くの兵士が集まり、一部が円卓に腰掛ける。円卓の上にはリュヴェレット王国とその周辺の国々の場所を示した地図が置いてあり、重要な場所には赤インクの×印が付けられている。更にその上には、青い駒と赤い駒が設置されていた。赤の駒が圧倒的に多い。

「それでは、早速だがリュヴェレット王国軍軍議を始める」

 王国軍の総指揮官であるリシャールが軍議の開始を宣言した。

「まずは、どんな些細なことでも構わない。現時点で各々が持っている情報を出して欲しい。…まずは、我々が得た情報から開示していこう。オリヴィエ、説明を頼む」

「承知いたしました」

 リシャールに任されたオリヴィエは、現在までに得た情報を話していく。――女王が自刃、騎士団長が討ち死にしたこと。王都とヴァリサント、ペルコワーズなど周辺の村も含めた主要な場所が陥落したこと。リシャールの弟妹たちは何とか逃げ出したこと。帝国軍の大規模な転送魔法や屍兵と瘴気の発生源。そしてジャンヌとベルナデット、聖剣についても簡潔にまとめて説明した。どの情報も出る度に周囲の者たちの、小さな驚きと息を呑む音が聞こえてきた。

「その転送魔法ですが」

 ラウルは、オリヴィエの説明が終わったあとにそう切り出した。ベルナデットはぎょっとする。先程まで自分に突然求婚してきた人間と同一人物だとは思えないほど、真面目な表情と声色であった。

「帝国軍の捕虜に尋問したところ、転送魔法は一度に50人、大陸各国に送ることが可能であることが分かりました」

 ラウルの言葉に特にざわついたのは、ニアも含めた魔術師たちであった。

「ただ、一つ加えることがあるとすれば、兵士たちは転送されたあと、魔法で戻ってはこれない。つまりは一方通行ということです」

「兵士たちはその転送魔法の術者が誰か知っているのか?」

 リシャールが尋ねた。

「それが、分からないようです。転送魔法の魔法陣が既に用意されており、その上に立てば良い、とだけ指示されたので、それ以上のことは知らないと…。やはり末端の者では吐かせる情報にも限度がありますね」

 ラウルが淡々と答えた。

「転送魔法で逃げられる心配はないだけでもまだ良い、ということか…今後も続々と帝国兵を送ってくることは間違いない。やはり一刻も早く味方と合流しつつ、国外の状況によっては共同戦線も張りたいところだ。王国内で味方がいそうな場所に誰か心当たりはあるか?」

「それでしたら…」

 リシャールの問いに答えたのは、またしてもラウルである。

「ここから北西方向にあるブロシュタル王国側に近い街のグリシア、こちらから北東にあるマルベル砦にいる可能性が高いでしょう」

 ラウルは青い駒を今言った場所に置くと、話を続ける。

「それと、これは私からの提案なのですが」

「何だ?」

「聖剣の使い手が現れたことを、積極的に民の間に広めていくのはどうでしょう? 勿論、ベルナデット殿の負担を考えて、名前を出さず、ただ“英雄の再来”を誇示すれば良いのです。そうすれば民たちは少しでも安堵し、義勇兵として志願する者も出てくるかもしれません」

「民も戦に出すのか…義勇兵にあまり賛成は出来ないが、英雄の再来というのは、民にとっても安心材料になるかもしれない」

「では、進軍の際にその情報を積極的に広めていく方向で…」

「そうしよう。ベルナデットはどうだろうか? やはり抵抗はあるか?」

 リシャールはベルナデットに確認する。

「は、はい! 私の名前が出ないのなら大丈夫、です…」

 ベルナデットはドギマギしながらも了承の返事をした。

「ありがとう、君の存在が心強いよ。では、早ければアスにでも軍備を整えて出発したいところだが…こちら側の負傷者はどのくらいだ?」

「籠城中の兵士の怪我も含めて、ざっと70人ほどでしょうか」

 質問に答えたのは魔術師の女であった。

「元々この砦にいたのは…」

「200人です」

 ガストンがさっと答えた。

「動ける者が約130人…この砦の守備も残して実際に動けるのは大体60人か。分かってはいたが、依然厳しいな。このまま動いて良いものか…」

 リシャールは額に手を当てた。

「ですが、この砦の味方が増えて状況は少しなりとも良くなりました。やはり積極的に動いた方が良いかと」

 今度はオリヴィエが進言した。リシャールは頷く。

「そうだな。立ち止まっている場合ではない…弱気になってすまなかった。では、やはり明日にでも我々と動ける者たちも含めて進軍しよう。先程、二つの場所の候補があったな。二手に分かれるか、一カ所に絞るか…」

「それでは、私とその配下の者たちを編成させて、一方へ進軍しましょう。ただ、出来ればもう少し動ける者を増やしたいので、二日ほど兵士たちの怪我の様子を見させていただきたいのですが」

 ラウルがリシャールに頼んだ。

「承知した。では、ラウル隊は少し遅れて進軍しよう。我々はどちらへ行くべきか…砦もそうだが、やはり街の様子も気になる。我が隊はグリシアに向けて出発しよう」

 リシャールは次に進軍する目的地を定めた。――それからは細かい兵の配置や編成などを話し合い、軍議は恙なく終了したのであった。

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