第25話
流石に竜魔王城のモンスターは腑抜けていることも無く、元気に俺たち勇者パーティに向かってきては切り捨てられた。切り捨てる。俺が先行として前に出ているからだ。エリィは遠距離魔法を使ってくれるが、カイルは殆ど出番もない。たまにロンギヌスに炎や氷をまとわせて突き刺すが、致命傷に至らないのが殆どだった。フン、と時折エリィに鼻で笑われるが、エリィの魔法も遠くなると威力は弱まる。結局倒すのは俺だった。
しかしこんなに簡単だったかな、竜魔王城の攻略。それにどんどん黒澄んでいく聖剣も、俺にはちょっとした不安要素だった。シャロンは結界と防御で俺たちを援護してくれる。その所為で簡単に思えてしまうのだろうか? それにしても。それにしても、モンスターが少ない。勿論今までのダンジョンに比べたら段違いで多いのだが。
隠しキャラと裏ボスの攻略があった所為だろうか。俺だけが異様に強い。シャロンの防御の所為だけでなく、俺だけが異様に物足りなさを感じている。だがそれも勘違いかもしれない。単にモンスターがあの時よりは弱くなっただけなのかも。モンスターの王をテイムしていたのが竜魔王だと言うのなら、すべてのモンスターに力を供給していた繋ぎであるヤマタノオロチの敗北と死亡は彼らから力を奪ったことになるだろう。
それが原因なのか? ぜえぜえと息を切らしているエリィとカイル。それを回復魔法で助けるシャロン。本当にそれだけが原因なのか? 俺だけが、突出していないか?
「く、ククルス、ちょっと休みましょうよぉ……」
「疲労は魔法で回復されているだろう。進むぞ」
「精神的疲労はそうはいかないのよぉ!」
「お、れもエリィに賛成だ……連戦続きで、身体がちぎれそうだ」
きょとん、としてしまう。精神的疲労? なんだそれ。シャロンを見ると、やっぱりきょとんとしている。仕方ないから防御用の結界を張って、一時休止することにした。水を飲んでやっと落ち着いた様子の二人は、俺とシャロンを見て、ふあーっと息を吐く。
「本当どんな修行してたのよ、あなた達ぃ! 勇者と聖女だって言うにしても、メンタル強すぎでしょう!? あれだけ殺して回って平気だなんて、おかしいわよぉ!」
「殺してって……モンスターは殺すものだろ。なあシャロン」
「そうね、ククルス。私達はそう教えられてきたわ。あとは食べる」
「食べるはまだしも殺すのに容赦なさすぎだろ、お前ら……いや食べるもおかしいか。仔の頃から飼ってたライノライガー、あんな風に始末できちまうんだからな。それにしてもこの城のモンスター強すぎだろ……なのに二人して息も切らしてないって、異常だぞ」
俺はともかくシャロンまで異常扱いされたのにムッと来て、俺は腕を組んでへたり込んでいる二人を見下ろす。
「お前達だってさんざん街道に出るモンスター殺して来ただろ。俺だって同じだ。単にレベルが足りないんじゃないのか、二人とも」
「もうレベル見てくれるサザンはいないものねぇ……」
ぽつりと何気なく呟かれたエリィの言葉に、びくっとシャロンが震える。それに気付いたカイルが、慌ててフォローしようとした。
「サザンはいないけれど、お前達の能力が異常だってのは分かるんだよ。あいついつも馬車の荷台で言ってたんだ、いくつレベルを上げてもあの二人のレベルは見えないって。見えたことがないって。つまり十以上常に上だったってことだろ? それが城での稽古の所為だっていうなら、どんなスパルタ受けてたんだって話になるじゃねーか。なあエリィ?」
「え? ああそうねぇ……もうここで少し休むことにして、教えてよ、二人の修行生活。下城するまでなんて待ってらんないわ、そのタフさだと」
タフだと言われてもなあ。別に特別なことをして来たつもりはない。剣の稽古を一日中、下手すると一週間ぶっ続けで間断なくやらされて来たり、その付き合いで回復魔法の幅を広げさせられたり。防御魔法も使えるようにしたり、魔力の底上げのために兵隊の怪我を治させられたり。俺に限っては魔法を使えるようになるため夜中まで本を読んだこともあった程度だが、シャロンの聖女道はもっとつらかっただろう。何でも治せ。誰でも治せ。サバイバル訓練だ。星を見ろ。野営をしろ。子供二人きりでだ。
そんな事を思い出しては話していると、久しぶりにシャロンの顔が明るくなった。そんな事もあったね、なんて笑う。
「一週間ぶっ続けの稽古はつらかったな。ばててもばててもシャロンが回復魔法掛けて来ちまうから、休む暇もなかった」
「私もいつククルスがばてるか分からなかったから起きっぱなしで、結構つらかったんだよ、あの稽古」
「それにキャンプ訓練は自分で獲ったもの以外食えなかったし、捌くのも慣れるまで大変だったし」
「血抜きが上手くできなくて生臭い鍋になっちゃったりとかしたよね」
「そうそう。それに比べたら一日やそこら眠らないぐらい、どうってことないな」
「……スパルタすぎる」
げっそりしたエリィとカイルに、俺とシャロンは顔を見合わせる。
「だって俺、勇者だし」
「私もククルスに付いて来て欲しいって言われていたし」
ねぇ。
と笑い合えば、カイルが悔しそうにしている顔が見える。思いのほか俺たちの結束が固いことに、もしかしたら傷付いたのかもしれない。慄いたのかもしれない。だがあの修行を共にこなして来たからこそ、今の俺達がいる。戦力外でも良いような二人を連れて、また竜魔王城に戻ってきた俺がいる。
俺が殺された時代まで戻って来た、俺がいる。
こいつらを殺すために戻って来た、俺がいる。
ポーションで体力回復して一休みした二人を連れて、俺達はまた魔王城を進む。レンガ造りの頑丈な角からは、モンスターがわっと沸いてきた。シャロンがパラソルで吹っ飛ばし、それを突き抜けて俺が首を取って行く。どんなモンスターも首を取れば死ぬとは、教本に書いてあったことだ。ヤマタノオロチだってそうだった。あいつはそれで満足だったのだろうかと、ぼんやり考える。
勇者パーティを一人殺せ。その為にお前も死ね。そう言われただろうヤマタノオロチは、どんな思いだったのだろう。もっともテイムされてて、考えることなどなかったのだろうか。テイム。自分の魔力を分け与えて、思い通りにすることだとサザンは言っていた。そして自分より魔力の高いものにテイムされているものは、テイム出来ないこともその死に様で教えてくれた。
竜魔王城のモンスターたちは、竜魔王から直々にテイムされていると見た方が良いだろう。だがそれでも俺には『弱い』。シャロンにとっても恐らくそうだ。だがエリィやカイルにとっては『強い』。どういう意味だろう。竜魔王が弱くなった? あの時よりも? 違う、そうじゃないだろう。五年。五年の間に俺『達』にはやることがあった。
俺はより強くなること。竜魔王はより賢くなること。賢くなったのが雑兵攻めでスタミナ切れを狙うことだとは思えない。否、実際疲労してはいるが、それは精神面だ。次から次に襲い掛かって来る緊張感に、二人は疲れている。俺とシャロンは慣れたことだから、このまま進んでも十分に攻撃力を保ったままでいられるだろう。
だが、こいつらには最後の竜魔王の間まで来て貰わなければならない。五年前と同じ状況を作り出すために。なるべく同じになるように。
それが俺『達』の間で交わされた約束だったからだ。
『勇者ククルスよ』
『お前は強くなれ』
『そうしたら――』
「今日はもう無理、ここで休みましょうよぉ~」
石の窓から見える空は、とっくに暗くなっていた。仕方なく俺はシャロンに頼んで結界を張ってもらい、エリィに鍋と野菜を出してもらい、自分では肉を出す。聖剣で薄切りにしていくと、げろ、と言う顔をされた。いいだけモンスターを切った剣だからだろう。だが今更そんなことは気にしない。水を入れて火魔法で薪に火を点けたら、そのまま野菜から茹でて行く。
前回はそんな暇はなかったっけなあ。一日で竜魔王の間まで辿り着いて、その前でキャンプをした。魔物たちも近付かない竜魔王様の部屋の前でだ。携帯食料を貪って、ぐーすかと寝て、次の日は朝から竜魔王とじりじり体力を削り合った。
決着がついたのは夕方ごろだったか。そう考えると、やっぱり総合的に魔物たちは強くなっているはずだろう。サザンがいないのを差し引いても、そうであるはずだ。まだここは中層階、最上階にいる竜魔王の間は遠い。もしかしたら明日もキャンプになるかもしれない。と考えると、今日はしっかり眠っておかなくてはな、と思ってしまう。何者が来ても。たとえ竜魔王本人が来たとしても。
そして予感は的中する。
夜半を回った頃、自分を見下ろす視線に気づく。
それはあの頃より巨大化した、竜魔王だった。
『久しぶりだな、勇者ククルス』
ヤマタノオロチと同じ喋り方で、こちらの心に響かせてくる。
『五年ぶりだな、竜魔王。俺は強くなって帰って来たぞ。お前は賢くなったんだろうな?』
『勇者パーティから一人齧り取っておける程度にはな』
『槍使いと攻撃魔術師がいる。もう一人の魔術師は殺さないで欲しい。生き証人が欲しいからな。信頼できるのを連れて来た』
『分かった、心がけよう。では明日、竜魔王の間で待っているぞ。勇者ククルスよ』
『ああ、明日な。竜魔王』
誰にも聞かれない会話は終わり、竜魔王の影はすっと消えた。
なるほど、影だから結界にも入って来られたのか。
納得してから、俺はまた目を閉じてすやすやと眠った。
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