第24話

 勇者パーティは結局四人のまま、増えることもそれ以上減ることも無く進んでいた。シャロンはやっぱり時折ぼーっとしていたが、戦闘ではきちんと役割をこなし、俺達を守ってくれている。馬たちも強襲に慣れて来たのか、突然魔物が現れても動じなくなっていた。

 相変わらず馬を操るのは俺とシャロン、荷車に居るのはエリィとカイルになっていた。最近は口喧嘩すらもしない仲の二人である。よしよしと思いながら、俺はくったり疲れて眠っているシャロンに肩を貸している。夜も眠れないのか、いきおい眠りに落ちやすくなっているのが最近のシャロンだ。だからエリィも口喧嘩すら止めたんだろう。空気が読めないわけではないのだ、あいつも。


 だが完全に読めているわけでもない。クッションを挟みながらも暢気な旅をしていた頃とは違うと、分かっているわけではない。ぴく、と肩のシャロンが目を覚ます。それを合図に俺は馬車を止める。


「ゴブリンの群れだ!」


 荷車に向かって声を掛けるのと、シャロンが防御魔法を展開するのは同時だった。これで馬たちは大丈夫、するとそのままシャロンはパラソル型の魔法を展開してそれを飛ばす。クロスボウより楽なその飛ばし方は、途中の村の図書館で見つけたものだ。傘の魔法の応用型。吹っ飛ばされたゴブリンたちの統率が乱れる。


「炎の竜よ!」


 舐めるように広がった炎がゴブリンの群れを集めて行く。それをカイルが一匹ずつ突き殺していく。じれったくなって俺は三匹ほどの首を一気に飛ばした。血も首も炎に焼かれて行く。

 しかし。


「おいエリィ! 炎じゃ俺達にも飛び火しちまう! 氷かなんかにしろ!」

「命令しないでくれるぅ? それにロンギヌスをもうちょっと長めに持てばかわせるでしょぉ」

「っこの!」


 戦闘でもこのざまだ。和気藹々と行かないのは当然だとしても、この空気の悪さはしんどいものがあるだろう、全員に。否俺は大助かりだが。最期の三匹の首を飛ばし、暫く炎を出し続けていると、十匹強のゴブリンの遺骸が道に広がっていた。

 風の魔法でそれを飛ばしたエリィは、荷車に戻って行く。カイルも不承不承ながらそれに付いて行った。シャロンはまた俺の肩にこてん、と寄りかかって来る。


「いつまで続くのかなあ、この空気」

「シャロン?」

「やっぱり私がサザンさんを――」

「それはもう、終わったことだって言っただろう。今更の事なんだ。元々あの二人はそう仲も良くなかったし、お前が気にすることは何もない」

「そう……なのかなあ」

「そう、なんだ」


 無理やり納得させて、俺はぽんぽんとその頭を撫でる。背や肩、髪をそうする機会が多くなって来たな、と思った。足手まといではないが危なっかしい。だから俺が守ってやらないと。思いながら俺は馬車を進める。

 茨道が多くなってきたのは、竜魔王の結界が近いからだろう。一度馬を止めて、その蹄鉄を確認すると、大分傷んでいた。俺は荷車のストックの中から蹄鉄を取り出し、新しいものに付け替えて行く。勿論誰も手伝おうとは言わない。前回の旅でも面倒なことは俺に任せっきりだったから、それをどうとは思わない。シャロンだけが馬車から降りて、削蹄を手伝ってくれた。何も言わずにそうしてくれるのは、彼女だけだ。だから彼女だけは、無事に伯父さんの元に帰さなければならないと思う。


 二頭の馬に蹄鉄を付け直し、茨道を行く。ごとごとと煩くなっていく荷車。俺達も勿論、尻が痛い。だがそんなことを言っている場合ではないので、ただ進む。たまにモンスターが出て来ると、少ない時は俺一人で片付けられた。俺とシャロンだけで片付けられた。あまりレベルアップされても困るのだ、後ろの二人には。後々面倒になる。エリィの杖は特に、大したことのない魔法も格段にアップさせてしまうから厄介だ。カイルのランスだって前回の魔王討伐アイテムである。そう使わせることは、出来ない。


 やがて見えて来たのは、五年ぶりに目にする竜魔王城だった。


 懐かしいな、と思うと同時に、脇腹に幻肢痛が起こる。まだ刺されていないのに、ここで殺されたことが思い出されて嫌になる。ここで俺は殺された。仲間に裏切られ殺されたのだ。だが今は違う。今回は違う。シャロンがぶるっと震えるのに、大丈夫か、と訊いてやる。


「なんかここ、変な感じがする……怖い」

「そりゃ、竜魔王城だからな。今までのダンジョンとはわけが違うさ」

「違う。もっと怖いことが起こった気がする。ここで」


 まさかあの記憶が沁みついているのか、この城。そんなまさかな、と思って俺は馬車を下りる。後ろの二人を見ると、ブスくれた顔をしていた。二人ともだ。これからラスボスを倒しに行くと言う雰囲気ではないな、と、俺は息を吐く。


「魔王城は目と鼻の先だ。今日はここでキャンプにしようと思う。明日は朝から攻撃を仕掛けようと考えているが、異論は?」

「別に……」

「構わないぜ」


 いかにも頼りにはならなそうだが、それで良い。二人にテントを張らせ、シャロンには結界魔法を頼む。俺は先日のサイクロプスを、鍋にした。こうすれば多少傷んでいても腹を壊すことも無い。よく火が通るからな。野菜も出して一緒に煮込んでいく。火の魔法で火力を調節していると、匂いが気になった。ハーブを突っ込んで、少し煮込む。よし。


「シャロン、結界の持ち時間は?」

「一晩ぐらいは大丈夫。明日の朝に掛け直せば一日は持つと思うよ」

「シャロンは本当有能だな」

「本当。力業しか使えない誰かと違って」

「はいそこ。喧嘩するなら夕食は抜きだぞ。空きっ腹で竜魔王城に行って、逆に食われたくなきゃ、黙って食え」

「…………」

「シャロン、お前も座って食え。馬たちは街道の草で十分だ。水は飲ませた方が良いだろうが――確か向こうに川があったな。ちょっと行ってくる」

「よく知ってるな、ククルス」


 昔取った杵柄だとは言えない。


「音がしてたからな」


 適当に誤魔化す。


 水は濁っていることも無く、飲むには適していた。魚なんかもいるが、釣りの道具は荷馬車の中なので見逃すことにする。桶二つ分の水をよいせっとぶら下げると、案外重くないのに気付いた。やっぱりレベルが上がって筋力も増強されているんだろう。昔は一個でぴーぴー言って、カイルに手伝ってもらっていた気がする。

 そのカイルが草むらから顔を出す。きょとん、としてしまうと、黙って桶を片方持たれた。と、重さにかがくっとなるやつである。こいつはレベル上げをしていないから、腕力が弱くなっているのかもしれない。


「どうした? カイル」

「お前、俺があの中でニコニコ夕食摂れると思うか?」


 出来ないことも無いんじゃないか。両手に花だろう。片方はラフレシアだが、片方は鈴蘭だ。ちなみに鈴蘭も毒草である。寝込みを襲おうとしたらバチン、だろう。水晶の杖で。ついでに魔鉱石の杖も降ってくるかもしれないが。あくまでついでである。

 考え込んでいると、はーっとカイルが息を吐いて、空を見上げた。星は見えない曇天である。そう言えば空を見上げるなんて久しぶりだな、なんて思った。昔はサバイバル訓練でよく自分たちの位置を調べるのに見上げていたのに。


「俺達なんでこうなっちまったんだろうな」


 そりゃお前が俺を殺したからだ。

 言わずに俺は、ちゃぷちゃぷ言う桶を持って歩く。


「サザンがいた頃はこんなんじゃなかったんだ。エリィとだって良い喧嘩友達っぽくいられた。でもあいつがいなくなってからは誰もエスカレートするのを止めてくれない。何でだろうな。なんでこう、なっちまったんだろう」

「俺やシャロンにそれを求めても無駄だぞ。俺には元々お前たちの相性が良くないのが分かるし、シャロンはまだサザンの事を引きずってるからな」

「分かってるよ。分かってるけど、なんでこんな事になっちまったんだか、訊いてみたくなったんだ。なあ、何でだと思う? ククルス」


 お前が俺を殺したからだよ。


 俺達は無言で水を運んだ。カイルも答えは期待していなかったんだろう、火の魔法で明るい街道に出て、馬の方に桶を置く。ごくごくと水を飲みだした。やっぱりきついんだろう、こういう道は。よーしよーしと撫でてやると、ふかふかしたその毛に抱き着きたくなった。世の中には抱き締めホルモンと言うものもあるらしい。何かを抱きしめているとそれだけでほっとするとか。俺にとってはシャロンだな。思いながら鍋の方に向かう。三分の二ほど残っていた。案外少食だな、女子達。


「たーんと食っとけよ。明日からは竜魔王城の攻略だからな、ろくな飯は食えないと思っておけ。携帯食料は荷車に乗せてあるが」

「それ持ってくー! でもお鍋も持って行かない? 竜魔王城のモンスター食べたら精が付くかもしれないし」

「自分で持って行けるか?」

「行けますぅーだ」

「魔物の肉をだ」

「そ、それはぁ……ククルスおねがぁい」


 ぱっちんと投げられたウィンクをそれとなく避ける。ぶーたれた顔をされた。鍋薪野菜を持って行くなら考えないことも無い、と言うと、甘やかしすぎだ、とカイルに言われる。エリィはそれを無視して、ならそーする、と言っていた。


「じゃあその前にこの鍋を空にしてからだな。シャロン、まだ食えるか?」

「う、うん。食べられるよ。美味しいし」

「魔物が美味しいなんて、本当スパルタ訓練受けて来たのねえ二人とも。ねぇ、どんなだったかいつかおねーさんにも教えてくれるぅ?」

「じゃあ竜魔王城を出る時にでも教えてやるよ」


 その時お前らは生きていないだろうけれどな。

 くつつっと笑うと、シャロンが訝しげな顔で俺を見ていた。

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