『ヒッヒイイイイイッ！　賊じゃ……賊の襲撃じゃあ！？　誰か、誰か助けてくだされえぇぇぇぇぇ！！』

『ごきげんよう、渭水（いすい）の河賊にございます！』

『渭河（いが）を制する我らの組織力、どうぞ御覧（ごろう）じあそばせ！』

『河からの奇襲、成す術もなかろうものにございます！　此度も稼ぎは船一杯にて之（これ）、重畳（ちょうじょう）！　笑いが止まりませぬのことよ！！』

　口調は異（アレ）なるが、全員、上半身裸の筋骨隆々な悪漢である。

　むさ苦しきこと、この上なき乱戦の場において――雰囲気に全くそぐわぬ、その容貌のみで暗雲を引き裂いてしまいそうな、輝く麗人が疾風の如く駆け抜ける――！

「不埒なる行い、見逃してはおけません！　失礼いたします――ヤアアアアッ！！」

『ぐっグワアアアアッ！　骨を抜かれ、大海に棲まう鮹（タコ）の如くになろうとは！』

『まさに井の中の蛙！　河賊は大海を知らぬ荘子の意を見たり！　御見事！！』

『然（さ）らば我らの無知なるは斯様（かよう）な麗人の存在を不知（しらず）でいた事！　絶（ぜつ）なるは妙技のみならず、天下に鳴り響かんばかりの美貌も也！　むしろこの麗人に骨抜かれし事を誇り、賊、潰走するばかりよ――！』

　朗々と弁舌を繰り広げつつ（意訳：すごい喋るじゃん……）這う這うの体で船に戻り、渭河の流れのまま去り行く河賊の群れ。

　果たして、楊に救われし商人は、両膝をつき手を合わせ、涙ながらに礼を述べる。

『嗚呼、嗚呼ッ……何と慈悲深き御麗人！　あなた様のおかげで助かり申した！　何と、何と御礼を申し上げれば良いのやら……！』

「人として、また武を修（おさ）む者として、当然の事をしたまで。顔をお上げください。どうか清き商いを続けられたし、然（しか）らば失礼――」

『ところでワタクシ人買い商にございますれば――御麗人様、よろしければあなたも商品になりませんか？　天下一の値が付きそうやねんな～と商う者の壮心不已（そうしんやまず）。古の呂不韋（りょふい）をすら超えようと野望を抱かせんばかりの、その美貌たるや――！』

「――ハイヤァァァァァッ！！」

『ぎょっギョエエエエエ！？　わっワタクシの骨がァァァア！　何故、何故このような御無体を――！？』

「人を品と見るは外道を超えて畜生の道理！　語るに如（し）かず！

（意訳：人間なら人間を商品とは見んわな！　もう話すこともねぇわ！）

　己が罪業（ざいごう）を恥じ、これより先の生は正道（せいどう）を歩まれるよう！　では御免！」

『おお、返す言葉もないとは、心の底から正にこのこと……ワタクシの心も渭水の流れに洗われたかのようです。……あの美貌、一体どれくらいの値が付くかな……』

「もう二、三本、抜いときましょうか！？」

『ヒッヒイイイッ！　おやめください、そんな……クセになってしまいます！！』

　あまり反省は無さそうだが、とにかくもう、その場に留まるのも何（アレ）なので。

　賊を討ち抜き、商人を救い、されど悪徳の骨を抜き――楊の旅は続く。

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