中華異聞幻想譚 ~骨抜く麗人と、骨砕く豪傑~

初美陽一@10月18日に書籍発売です

第一話 麗人、絶技を会得し、巣立つの事

 広大なる中華、その何処いずこかの山中に、武術を教唆きょうさする寺院あり。

 深夜の道場で、一組の師弟が向き合っていた。


 片や、寺院の主である師父しふにして、剃り上げた坊主頭の厳つい大男。


 片や、武術とは明らかに縁遠く見える、線の細い黒髪の麗人。闇の中にあってすら、顔面が煌めきを放っているかのように、鮮明な輪郭を映すかの如き美貌。


 恭しく両手を合わせ片膝を突く麗人に、師父は言った。


ようよ。良くぞ今日まで、およそ半年にも渡る厳しい修行に耐えた。其方そなたに教えることは、もはや何もない」


ハイ! 師父スーフ!」


「其方が我が道場の門戸を叩いた日のこと、今でも鮮明に思い出せる……その美貌に群がらんとする悪漢に嫌気が差し、自らの身を守るため、武術を会得せんと其方は望んだ。並々ならぬ努力の末、よもや徒手による〝骨抜き〟の奥義を会得しようとは。まさに天賦の才、師とて驚嘆するばかりぞ」


ハイ! 師父!」


「楊よ。もはや其方に敵う者など、この中華広しとて、そうはおるまい。じゃが、力を得たとて、誤った使い方をすれば、それは邪拳にも成り果てよう。武術とは弱き者を守るためにある。仁の心、努々ゆめゆめ忘れるでないぞ」


ハイ! 師父!」


「ウム。……さて、もはや教えることはない、とは言うたが……清廉にして純真たる其方のこと。ゆえに、思い違いをしておっても不思議ではない。人体の、取り分け男の急所における、最大の極秘を其方に教えよう」


ハイ! 師父!」


 まるで免許を皆伝するかの如く、緊迫した空気が流れる。

 片膝を突いた姿勢でも凛と輝いて見える楊に――師父がとうとう告げた、最大の極秘とは――!



「実は――チ〇コには骨は無いんじゃよ。知らんかったじゃろ? しょうがないのう、この師が教えてやるゆえ、その白魚のような美しき手で触って確かめ――」


「師父! お手向かい、失礼いたします! ソイヤァーーーッ!!」


「グッグワァァァァァッ!! わ、ワシの左腕の骨がァァァ!! 何と見事なる技、〝骨抜き〟の術! しかし何故、何故じゃ楊、師を手にかけようとは――!!」



 何故もクソも。


 さて、武術を修る者にとって、命と呼んでも過言ではない――そんな左腕の骨を、何と血すら流させず抜き取るという絶技を披露した楊が、明朗な口調で告げる。


「色に溺れれば拳とて腐り、拳が腐れば余人を害する外道に堕ちましょう。

(意訳:スケベも大概にしてください、他人に迷惑かける前に抜いときますね、骨)


 武の道にある者としての責の心、努々忘れることなく、省みること願いまする。

(意訳:武術家としてガッカリッスよ、反省してくださいねマジで)」


「くっ……もはや一言いちごんたりとて反論できぬ、見事なり……我が弟子、楊よ! それでこそせいなる武術家よ――!」


「あと私、この〝骨抜き〟の技、で学びましたので! 基本とか基礎体力とか修練させて頂いたのは感謝しますけど、この辺の技とか全部、ですから! 師父、実際〝骨抜き〟とか出来ないし、知りもしなかったでしょ! 沐浴とかしょっちゅう覗いてこようとするばっかで、猛省してくださいよホント!」


 つまり楊が師父から武術の技を教わったとか受け継いだとかでは、特にない。それでも師父と呼ぶ辺り、むしろ楊は我慢強いほうではなかろうか。


 しかし此度こたび一件せくはらにて堪忍袋の緒が切れたのか、ついに楊は着の身着のまま、道場を飛び出していこうとする。


「とにかく! もうこんな所にはおられませぬ、私は旅に出ます!」


「ムムウ! いかん、いかんぞ楊――! 其方のような美しき者が、この乱れた世を行くなど危険すぎる! 旅になど出ず、ワシとニャンニャンして暮らそうぞ――!」


「此処に留まるほうが危機感あるわ! 師父、今までお世話になり申した! じゃ私もう行くんで! 再見ツァイツェン!(意訳:〝アバヨ〟的なニュアンスで頼む)」


「よ、楊……待ってくれ楊――ッ! 最後に、最後に一度……後生じゃから、その美しすぎる顔を見せてくれェェェェ!! 後生じゃからァァァァ!!!」


「ハイッ、顔面キラーン!!」


「おっほぉぉぉぉぉい!♥ あまりにも慈悲深く美しいィィィィ!!♥」


 腕の骨を抜かれている割には元気一杯な師父へ、最後に美貌の顔面を見せてから(情け)、今度こそ去っていく楊。


 果たして今〝骨抜き〟の絶技を会得した楊が、広大なる中華の大地へと巣立ってゆく。


 そんな楊を待ち受けるのは、一体――?

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