中華異聞幻想譚 ~骨抜く麗人と、骨砕く豪傑~
初美陽一@10月18日に書籍発売です
第一話 麗人、絶技を会得し、巣立つの事
広大なる中華、その
深夜の道場で、一組の師弟が向き合っていた。
片や、寺院の主である
片や、武術とは明らかに縁遠く見える、線の細い黒髪の麗人。闇の中にあってすら、顔面が煌めきを放っているかのように、鮮明な輪郭を映すかの如き美貌。
恭しく両手を合わせ片膝を突く麗人に、師父は言った。
「
「
「其方が我が道場の門戸を叩いた日のこと、今でも鮮明に思い出せる……その美貌に群がらんとする悪漢に嫌気が差し、自らの身を守るため、武術を会得せんと其方は望んだ。並々ならぬ努力の末、よもや徒手による〝骨抜き〟の奥義を会得しようとは。まさに天賦の才、師とて驚嘆するばかりぞ」
「
「楊よ。もはや其方に敵う者など、この中華広しとて、そうはおるまい。じゃが、力を得たとて、誤った使い方をすれば、それは邪拳にも成り果てよう。武術とは弱き者を守るためにある。仁の心、
「
「ウム。……さて、もはや教えることはない、とは言うたが……清廉にして純真たる其方のこと。ゆえに、思い違いをしておっても不思議ではない。人体の、取り分け男の急所における、最大の極秘を其方に教えよう」
「
まるで免許を皆伝するかの如く、緊迫した空気が流れる。
片膝を突いた姿勢でも凛と輝いて見える楊に――師父がとうとう告げた、最大の極秘とは――!
「実は――チ〇コには骨は無いんじゃよ。知らんかったじゃろ? しょうがないのう、この師が教えてやるゆえ、その白魚のような美しき手で触って確かめ――」
「師父! お手向かい、失礼いたします! ソイヤァーーーッ!!」
「グッグワァァァァァッ!! わ、ワシの左腕の骨がァァァ!! 何と見事なる技、〝骨抜き〟の術! しかし何故、何故じゃ楊、師を手にかけようとは――!!」
何故もクソも。
さて、武術を修る者にとって、命と呼んでも過言ではない――そんな左腕の骨を、何と血すら流させず抜き取るという絶技を披露した楊が、明朗な口調で告げる。
「色に溺れれば拳とて腐り、拳が腐れば余人を害する外道に堕ちましょう。
(意訳:スケベも大概にしてください、他人に迷惑かける前に抜いときますね、骨)
武の道にある者としての責の心、努々忘れることなく、省みること願いまする。
(意訳:武術家としてガッカリッスよ、反省してくださいねマジで)」
「くっ……もはや
「あと私、この〝骨抜き〟の技、我流で学びましたので! 基本とか基礎体力とか修練させて頂いたのは感謝しますけど、この辺の技とか全部、独学ですから! 師父、実際〝骨抜き〟とか出来ないし、知りもしなかったでしょ! 沐浴とかしょっちゅう覗いてこようとするばっかで、猛省してくださいよホント!」
つまり楊が師父から武術の技を教わったとか受け継いだとかでは、特にない。それでも師父と呼ぶ辺り、むしろ楊は我慢強いほうではなかろうか。
しかし
「とにかく! もうこんな所にはおられませぬ、私は旅に出ます!」
「ムムウ! いかん、いかんぞ楊――! 其方のような美しき者が、この乱れた世を行くなど危険すぎる! 旅になど出ず、ワシとニャンニャンして暮らそうぞ――!」
「此処に留まるほうが危機感あるわ! 師父、今までお世話になり申した! じゃ私もう行くんで!
「よ、楊……待ってくれ楊――ッ! 最後に、最後に一度……後生じゃから、その美しすぎる顔を見せてくれェェェェ!! 後生じゃからァァァァ!!!」
「ハイッ、顔面キラーン!!」
「おっほぉぉぉぉぉい!♥ あまりにも慈悲深く美しいィィィィ!!♥」
腕の骨を抜かれている割には元気一杯な師父へ、最後に美貌の顔面を見せてから(情け)、今度こそ去っていく楊。
果たして今〝骨抜き〟の絶技を会得した楊が、広大なる中華の大地へと巣立ってゆく。
そんな楊を待ち受けるのは、一体――?
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