第35話 家族旅行
十二月になり、街の中が年末モードになってきた。お母さんはその後、抗がん剤治療の為、一ヵ月くらい入院しては、一週間くらい家に戻ってきたりを繰り返している。お陰様で治療は効を奏している様で、一時帰宅も許されているのだ。
だが仕事には行けていない訳で、傷病手当金とかいうものでそれなりの収入は得られているらしいが、里中家は超緊縮財政の真っただ中にあり、年末年始も贅沢は一切しない予定だ。姉のみのりちゃんは、学校に許可をもらってお歳暮の配送センターでバイトをしていたが、私はまだ小学生なのでお金を稼ぐ事は出来ず、もっぱら家の中の事とお母さんの身の廻りの事を担当した。
そんな状況を、私の魔法で打破出来ないか頭と絞ってみたのだが……具体的にどうすればいいかアイデアがまとまらない。そもそも白血病なんて病気を魔法で直せるものなのか? みのりちゃんが帰宅するまで一人の時間、一生懸命その病気の事や治療の事を勉強しているが、まだまだ道は険しそうだ。それにやるにしても、まあ人体錬成とまではいかなくても全身疾患を治癒させる魔法など、相当量のマナが必要だと簡単に想像がつく。
だが、私も来年の春から中学生だ。今よりもっともっと成長しなくては。
クリスマスを過ぎ、学校も冬休みになったところで、お母さんが退院してきた。この年末年始は家で一緒に過ごすのだ。もちろん私もみのりちゃんも、思いきりお母さんに甘える予定だ。
「へー、このカレーライス。あきひろがつくったんだ!? めっちゃおいしいじゃない!」ふふふ。お母さん。私は料理の鍛錬も欠かしてはいないのだよ。
「でしょ? お母さん。あしたは大みそかだから、僕がおそば作るね。天ぷらも自分で揚げられるんだよ!」
「すごいなー、あきひろは。どんどん成長しちゃうなー。これなら家の事はあんたとお姉ちゃんで大丈夫かな」
「何言ってんのよお母さん。そんな言い方しないでよ。フラグ立っちゃうわよ」
姉のみのりちゃんがちょっと怒った様にお母さんに喰ってかかった。
「はは、ごめんごめん。それでね、みのり、あきひろ。お正月の後、また病院で治療クールに入るけど、それが終わって戻ってきたら、みんなで温泉行かない?」
「ちっ、ちょっとお母さん。そんなのダメよ。感染には気を付けろって病院で言われてるでしょ? それにここで三人揃ってとか……それこそフラグじゃない!」
白血病の治療中は免疫力が低下してしまう為、普通なら何でもない細菌でも感染症を起こしやすいのだ。
「違うわよみのり。私はあんた達がちゃんと頑張ってくれていてうれしいの。だから、何かご褒美あげたいなーってさ。それにあんた方は春にミュウちゃんのおばあちゃんちでいい思いして来てさ。私は温泉なんて十年以上行ってないのに」
「お姉ちゃん。いいんじゃない? ちゃんとお医者さんに相談してから行けば。確かに僕達、今まで家族であんまり出かけたりしてなかったし……僕もお母さんと露天風呂入りたいかも」
「何よあき君まで……でもそうね。お母さんも、病院は薬漬けで気が滅入るって言ってたし、気分転換になるかもね。でも、あんまり遠くはダメよ」
「はいはい。近場でいいわよ。箱根とか熱海とか……」
こうして里中家の温泉旅行が決定した。
◇◇◇
年が明け、超緊縮財政とは言っても神頼み位はしようと言う事で、私とお姉ちゃんは明治神宮に初詣でだ。そしてミュウちゃんだけでなく、若葉ちゃんも何故かいっしょだ。何でも昨年私の秘密を二人で共有してから、お友達になったというか、不可侵条約を結んだというか……片方が出過ぎた真似をしない様、相互監視しあっているのだそうだ。でも、見てるとそんなに仲が悪そうには見えないな。
私とお姉ちゃんは普段通りの恰好だが、ミュウちゃんと若葉ちゃんは晴れ着で着飾っている。
「すごいね二人とも。着付け出来るんだ」みのりちゃんが驚いている。
「いやいや、ちゃんと美容室頼んだのよ。久しぶりにあきひろ君とデートだし、気合入れたの」ミュウちゃんがはにかみながらそう言うと若葉ちゃんも負けずに口を挟む。
「デートって……おばさんがよく言うわ。私だって近所の着付け教室の人にちゃんと着せて貰ったんだからね。あき君、ちゃんと見てよね。私の晴れ着どう?」
「う、うん。すごく可愛くて綺麗……」
「あーあきひろ君ずるいー。若葉ちゃんだけじゃなくて私も褒めてー」
この二人に秘密を明かした私であるが、その後、母の事があり、私の話は一旦ペンディング状態になっていて、それは二人とも了承してくれている。だから、あれから若葉ちゃんは強引に迫ってこないし、ミュウちゃんも然りだ。だが……もしお母さんの為に魔法を行使するとなったら、頼りはこの二人なのだ。機会をみてご機嫌をとるのは必要だろうな。
プールの様に大きなお賽銭箱に思い切り硬貨を投げ入れながら、私は神様に、母の快癒とそのための力を私が行使出来る様、心の底からお祈りした。
◇◇◇
一月の月末近くなって、お母さんが病院から戻って来た。今回は一週間の帰宅が予定されており、お医者さんからも温泉に行く際の心掛けをレクチャーしてもらったとの事だ。そして一泊二日とささやかではあるが、里中家の三人は、熱海の温泉旅館を目指した。
「へー、ここみのりが見つけたの? 落ち着いた感じのいいところね」
宿の前でお母さんが玄関の中の様子を伺いながらしきりに感心している。
「実はね。ミュウに頼んで有馬温泉のおばあちゃんに聞いてもらったんだ。同業者の方がいい情報持ってるかなってね」
「なるほど。それじゃ、せっかくだからゆっくりしようよ。ああ、今日明日だけはお金の心配しなくていいからね。ちゃんとヘソクリ崩してきたからさ」そういって母が明るく笑った。
同業者の推薦だけあって、確かにお風呂も料理も超一級品だった。ここ、高かったんじゃないかな。でもお母さんもお姉ちゃんもあんなに楽しそうに笑ってる。だったらいいか。
「それじゃお母さん。あき君。お風呂行こう! ちゃんと貸し切り露天風呂だよ!」
みのりちゃんに先導されて、私とお母さんもワクワクしながらついて行く。
「おー。すごいやここ。有馬温泉のミュウのおばあちゃんところよりお風呂広いんじゃない?」みのりちゃんが露天風呂に圧倒されながら叫んでいる。しかもちょっとした高台になっている様で、遠くに海まで見える。私の興奮も最高潮に達した。
「ふわー。いいお湯ねー」お母さんも湯舟の中ですっかり延び切っているので、遠慮なくそばに近づき、身体をくっつける。
「なんだあきひろ。甘えたいの? いいわよ。だっこしてあげる」
私はお母さんの両足に挟まれる様に背を向けて座って、豊かな胸を枕に寄りかかったら、お母さんが後ろから私をギューッと抱きしめてくれた。照れ臭くもあり、身体がちょっと反応してしまう。
キュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュン
「あー、あき君だけずるい。私もお母さんにくっつきたい!」姉のみのりちゃんが不平を言うと、お母さんは手を広げて「あなたもいらっしゃい」とみのりちゃんを呼んだ。そこで、すかさずみのりちゃんも私の隣に滑り込んで来て、お母さんの胸に頬ずりしている。
「あらあら、お姉ちゃんもいつになく甘えん坊さんね。だけど……あなた方二人がこうしてくっついていてくれるのが、本当に幸せだわ」
さんざん露天風呂とお母さんを堪能して部屋に戻ったが、楽しくて思いの外、長湯をしてしまった様で結構疲れた。部屋で布団の支度をしていた仲居さんが「今入ったお風呂は、ずっと貸し切りなので朝も入れます。海から朝日が昇って結構綺麗ですよ」と説明してくれた。
「わー。それは見て見たいわね。それじゃみのり、あきひろ。今日は早く寝て、また朝に入りに行きましょう!」
お母さんも子供みたいにはしゃいでいるな。やっぱり来て良かった。
そしてやっぱり川の字で、三人で早々に休む事にした。
◇◇◇
「……あき君。起きて」耳元で姉の声がした。どうやらまだ陽は昇っていない様だ。
「ん? お姉ちゃん……今何時? お風呂行くの?」
「違うのよ。お母さん、様子が変なの!」
「えっ!?」ビックリして飛び起き、隣に寝ているお母さんを見ると、確かに顔が真っ赤で、呼吸も苦しそうだ。
「熱……かなり出てるわね」お母さんの額に手をあてて姉が言う。
「それって……昨日長風呂して疲れが出ちゃったとか?」
「そうかも。でも……感染だったりしたらどうしよう!」
「落ち着いてお姉ちゃん。まずは旅館の人に相談しようよ」
そして、お母さんは近くの救急病院で応急手当をうけ、その後、通い付けの病院に搬送された。主治医の先生に、みのりちゃんが「私のせいです!」と平謝りしていたが先生に、こういうのは予測出来ない事も多いですからと、なだめられていた。 だがお母さんの状態が予断を許さない状況なのは間違いなさそうで、先生も全力は尽くすと言ってくれたのだが……。
だめだよお母さん。こんな所で終わったらせっかくの家族旅行が本当にフラグになっちゃうよ。無菌テントの中で酸素吸入をしているお母さんの手を、みのりちゃんがずっと握ってくれている。ならば私は……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます