第34話 里中家大ピンチ
「ああ、あき君。こっちよ」
病院のロビーで、姉のみのりちゃんが待っていてくれた。
「姉さん。お母さんは?」
「多分、大丈夫だと思うけど……とにかく、いっしょに病室行こう」
姉に案内され、母がいる病室に向かった。
「お母さん!?」
「ああ、あきひろ。ごめんね心配かけちゃって」
ああ、よかった。少なくとも母は意識もしっかりしており、ベッドの上で上半身を起こしている。
「お母さん、大丈夫? どこが悪かったの?」
「大丈夫よ。心配しないで。ちょっと貧血でクラっとしちゃった。このところ残業続きで忙しかったからね。救急車で運ばれちゃったから、一応もう少し検査して様子見るみたいだけど、明日になれば元通りよ」
「そう……よかった……」
「それじゃお母さん。今晩は病院泊りだし、私、一度家に戻って、身の回りの物持ってまた後で来るわ。あき君は、それまでお母さんについていてくれるかな」
みのりちゃんがそう言って病室を出ていった。
やがて、夕方の回診で医師が来たので、私は一旦病室を出て、病棟の一角にある自販機コーナーで、たこ焼きとお茶を頂いていたのだが、後ろから声を掛けられた。
「君は、里中さんのお子さんだよね?」
振り向いてみるとさっき回診に来ていた医師だ。
「はい先生。もう回診終わりました? それじゃお母さんの部屋に戻りますね」
「ああっ……ねえ君。誰か大人の人と話がしたいんだが……お父さんとか来られるかな」
「父はいません。姉ならもうすぐここに戻って来ますけど」
「そうか。それじゃ、お姉さんが戻ったらナースステーションに声を掛けてもらう様、伝えてくれないかな」
「はい。分かりました」
何だろう。入院手続きとかお金の話だろうか。よくは分からなかったが、姉のみのりちゃんが戻ってきたので、その事を伝えたが、姉も「何だろうね。多分、入院費の手続きだと思うよ」と言って、家から持って来た母の身の廻りのものを病室で広げていた。
その後、みのりちゃんがナースステーションに行くというので私も同行しようとしたが、ただの手続きだから、お母さんといっしょにいてあげなさいと命じられた。
そして三十分ほどが過ぎ、そろそろ面会時間も終了と言う間際に、みのりちゃんが病室に戻って来た。心無しか顔色が良くないように思える。
「みのりごめんね。入院手続きってめんどくさかったでしょ?」そう言って母が姉を労ったのだが、みのりちゃんはお母さんにこう告げた。
「お母さん。明日は退院出来るんだけど、働きすぎで過労状態だから、お仕事の量を減らす様にしなさいって先生が……」
「あらー。そうなんだ。だけどそうは言ってもねー」
「私もバイトして、自分の学費位は稼ぐから、あんまり無理しないで……」
「何よいきなり。子供がそんな事心配するな! だけど……確かにこの度はあなた達に心配かけちゃったし、これから少しは気を付けるわよ」
やがて面会時間も終了し消灯時間になると言う事で、私とみのりちゃんは病院を後にし、バスに揺られながら二人並んで座っている。
「お姉ちゃん。お母さん大丈夫そうでよかったね」
私は何気なくそう言ったのだが、みのりちゃんは言葉に詰まった。
「んっ? お姉ちゃんどうかした? バスに酔った?」
「……ううん、大丈夫。あき君もお腹空いたと思うから、コンビニでおにぎり買って帰ろうね」
家に戻ってからも、みのりちゃんの顔色が冴えない。もしやと思い、私は姉にカマをかけてみる。
「もしかしてお姉ちゃん。お母さんの入院費足りないの? バイトするとか言ってたけど、僕のお年玉貯金おろそうか?」
「!? 違うわよ……ああ仕方ない。あき君も聞いて。私、病院で先生に呼ばれたでしょ。そこで親戚とか誰が大人の人を呼べないかって言われたのよ。だから私、うちはお父さんはおろか近しい親戚もいなくて、お金の事でしょうか? って聞いたの。そしたら……」
「そしたら?」
「お母さんね。重い病気の可能性があるって。もう少し検査してみないと確定じゃないけど、何にせよ、今までのペースで働くのは当面考えものだって……」
「そんな!?」
「お母さんにもしもの事があったら、私達どうすればいいの?」
溜めていた感情があふれ出したかの様に、みのりちゃんはポロポロと大粒の涙を流した。なんてこった。私も姉にどう言葉をかければよいのか分からないが、ここは弱気になっては行けない場面だと感じた。
「お姉ちゃん。僕たちがしっかりしなきゃ! まだそうだと決まった訳じゃないし、仮にそうだったとしても、お母さんが安心して治療出来る様に、ぼくらが踏ん張らないと!」
「……そっか。そうだね。ありがとあき君」
そして姉と僕は、お互いを励ますかの様に、しっかりハグしあった。
◇◇◇
一旦退院したお母さんは、勤め先ともいろいろ話し合いをしていた様だが、一週間程して、お母さんは医師と今後の事を話し合う為、みのりちゃんを伴って病院に向かった。私は学校から戻って家で留守番をしていたが、夕方結構遅くなってから二人が帰ってきた。心無しか、母も姉も顔色が冴えない。あまり良い話ではなかったのだろうか。だが、ここで私がしょげていても仕方ないので思い切り元気にふるまおう。
「おかえり二人とも! 僕もうお腹ペコペコだよ」
「……ごめんごめんあきひろ。ほら牛丼弁当買ってきたから一緒に食べよ」
そう言って母が弁当が入った手提げ袋を私に手渡した。
そのまま三人で、ほぼ無言で夕食を取り、姉さんがお茶を淹れてくれたところで、お母さんが改めて姿勢を直し私達に語り始めた。
「みのり。あきひろ。ふたりとも聞いて」
それは力強く、覚悟を伴った言葉に思えた。
「私は今日、正式に急性リンパ性白血病と診断されました。だからこれからその治療を始めます。ああ心配しないで。今は治療法も進歩していて、そうやすやすとお母さんはあなた達を残してくたばらないから。同じ病気だったけど、ちゃんと快復してオリンピックに出た人もいる位だよ。だけどね。その治療の為には、入院期間も長くなると思うし、お仕事も当分休まないとならないの。だから今まで以上に苦労かけるかも知れないけど、お母さん病気に負けないから、二人とも応援してくれないかな?」
「心配しないでお母さん。私もあき君もそのつもりだから。ねっ? あき君」
「うん。もちろん」
「ありがとう二人とも。あなた達がそうしてしっかりしてくれているのが、私は一番うれしいよ」
その日は久方ぶりに、居間で三人川の字で寝た。だが今日は私が真ん中ではない。
お母さんを真ん中に、両側に私とお姉ちゃんが寝る体勢だ。お姉ちゃんはすでにお母さんにべったりくっついている。なので私も負けずに……ああ、お母さんの匂い。久しぶりで懐かしい。
キュンキュンキュンキュン。
いかんいかん。こんな時に何て不謹慎な。だが……やっぱり私はこのお母さんが大好きなのだ。これからもお母さんを一生懸命支えて行こう。それが、こんな中身がおっさんの転生賢者を、赤ん坊から愛情注いて育ててくれた事への恩返しでもあるだろう。
「あきひろ……ぎゅーってさせて」そう言ってお母さんが私を自分の身体に引き寄せ、思いきり胸に抱きかかえてくれた。
ふわぁ。この甘い匂い。このやわらかな感触……キュンキュンキュンキュン。
畜生。私は絶対、お母さんを助けてみせるぞ! って、でもあれ?
もしかして……魔法なら何とか出来るのではないか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます