第35話

スズと歩いていて気づいたのは女と街を歩くのが久々だってこと。多分、一年以上ぶり。



「先輩、なに食べますか?」


「……分からない」



そして、普通のデートは初めてだということ。



「じゃあ、ファミレスにします?」


「スズの喰いたいもので良いよ」


「じゃあ、ドーナツで!」


そう言って有名チェーン店に入っていく。


「昼にドーナツ?」


「えっ、嫌でしたか?」



心配そうなスズもかわいかった。



「別に嫌じゃねぇよ、なんか可愛いなって思っただけ」



どうしてだろう。スズといるとホッとする。



スズは3つくらいドーナツを選んで席についた。


「え?!先輩、それだけですか?」


俺の皿を見てスズがびっくりする。


「あぁ、なんかよく分からないし」



するとスズが何かを思い付いたように、自分のドーナツを半分に割った。


「……何してんだ?」


「これ、半分先輩にあげます!」



そしてまたニコッと笑う。



「美味しいから食べてください!」



そんなこと言われたの初めてだった。

女ってもっと、こう……。


がっついてるものだと思ってた。



……いや、美波や山本やみどりちゃんは置いとくと考えて……。



うん、少なくとも俺の知ってる女は自分から手を繋いできたし、バカみたいにわがままだったし。


店を出てからスズの私服を見るのが初めてだということに気付く。


俺がマジマジと見てると俯きがちに聞いてきた。


「へ、変ですか……?」


「いや、変じゃない。初めて見るなーって。

似合ってる、と思う」



俺の言葉に赤くなる。



「あ、ありがとうございます!」



ふと見ると着てきた上着には値札が点いていた。


「……スズ、値札、取れてない」


そう言うとまた赤くなって慌てて手を背中に回すけど、いやいや取れるわけねーよ。


なんかかわいそうだったから値札の部分だけちぎってやった。




しばらくたつとスズの歩速が突然落ちた。


「スズ?どーした?」


手を繋いだまま聞くと言いにくそうにする。



「……靴ずれ、しちゃって」



スズの足元を見ると明らかに新品の靴だった。


「なんでそんなの履いてきたんだよ?」


「あの、だって、その……。

……先輩に、かわいいと思われたくてっ!」



足に、バンソウコウを貼りながらすみません、というスズはやっぱり俺の見てきた女とは少し違った。



「歩けそう?」


「はいっ!平気ですっ!」



俺の知ってる女なら、抱っこしてー、とかタクシー呼んでー、とか言っているような気がする。


スズを連れていつもの楽器屋に入るとスズの目がキラキラと輝いた。


「わー!ここ、すごい揃ってますね!」


そして、キーボードのコーナーに行くと椅子に座って俺を見上げた。


「ちょっと、弾いても良いですか?」


「おう、弾けよ」



言うが早いがスズはキーボードを滑るように弾きはじめる。



曲は確か、なんだっけ。

クラシックの……、仔犬のワルツ?

それはスズがよく弾いてる曲だった。



俺はクラシックはよく分からないけど、その曲はなんかちょっとスズっぽくて、聞いていて楽しくなってくる。


「付き合って頂き、ありがとうございました」



無事キーボードも購入し、駅まで行くと、スズが頭を下げてきた。


「とっても楽しかったです!」


「うん、俺も楽しかったよ」


軽い気持ちでそう言うと身を乗り出してきた。


「ほ、本当ですか?!」



俺はまたからかいたくなって、あえて耳元で言った。



「うん、ほんと」



ガーッと赤くなるスズがまた、かわいい。



……なんで俺、スズのことこんなに可愛がってるんだろう。

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