第二十九話 先遣部隊
陣地制圧からおよそ40分後、戦闘団の正面8km先を先遣隊として移動していたのは、第三戦車小隊の
1A40FCSと1PN96MT-02サーマルサイトの低性能っぷりに腹を立てていたゲラルドとV-92を忘れることの出来なかったマリーネはT-90Mの
一方俺はといえば、30km/hで走行する風を全身で感じている
「ヴィクトルさん、さっきから何歌ってんすか?」
「ん?あぁ、故郷の方の歌でな。というか聞こえてたのか」
「聞こえてたも何も無線開きっぱなしっすよ。たぶんシエラ中尉にも聞こえてたんじゃないすか」
俺は咄嗟に振り返り、後続のBMPTに目を向けると、こんこんとヘルメットの側面を叩くシエラが目に入る。歩兵の連中も微かに笑っているにが見えた。顔を背けるなそこのライフルマン
風を切って冷え始めていたはずの体は恥ずかしさのあまりオーバーヒートした液冷エンジンの様に加熱し、俺は咄嗟に車長席に身を隠した
「もっと歌ってて良かったんですよ、
「えぇ…どこから聞いてた?」
「最初から、なので
かれこれ30分は前進を続けている先遣隊であるし、後方で鎮座している本体が地平線の向こうに消え去った頃には歌っていたので、中々の長時間聴かれていたことになる
いや、それだけに時間歌っていたこと自体もびっくりしたが砲塔天板一枚挟んで向こうにいるゲラルドも同じチャンネルのマリーネとシエラも何も言って来なかったのはもういじめじゃないだろうか
「言語が違うのであれですけど、ちゃんと訳せばパルチザンの歌に出来そうじゃないですか」
「『パルチザンの歌』ね。訳自体はできなくもないけど」
「歌の話するのもいいっすけど、ちゃんと周辺警戒してくださいね」
「してはいるぞ?全く何も見えないだけで」
「同感です。予定通りならもう目標とは30kmを切っているはずなので、順当に行けば敵の前衛部隊と衝突してもいい頃ですが」
「どこの警戒部隊からも交戦の報告はない。航空騎すら見ないたぁどういうことなのか」
車長用のカメラのディスプレイを操作して辺りを見回すが、見えるのは枯れ果てた草原と、地平線の向こうから頭をのぞかせる山脈のみ
周囲には少しずつ起伏ができた様に見える物の、それでも水平線と称せるほどにまっ平である
「……考えられるとすれば、後方で何かあったか」
「80kmなんか前線からすぐですよ。Su-34とFAB-3000 UMPKがあればもう灰にしているところです」
「固定翼の航空戦力……用意できるのかね、色々と」
カチカチとサーマルや倍率を切り替えたりして見回すものの、周囲に見えるものはない
本来その地区を防衛していた部隊が突破されれば、通報や指令を受けた部隊が火消し役として駆けつけるはずだ
「有力な戦力とは出会わなかった。敵はどう動くつもりだ…?」
「装甲戦力はほとんどが出張り、陣地の防衛力は大きく低下している……やはりカザン正面への攻勢が大きく早まった?」
「とは言ってもここまでの平原、大戦力の移動があればすぐにわかると思います。防衛線自体に3個師団、攻勢に出るのならもっと多くの戦力を動かさなければいけません」
「となれば10万近い軍をか?カザン正面の高地に展開している我が部隊は出動時点で7個歩兵中隊に2個対戦車砲小隊、重中迫撃砲が幾らか。弾薬備蓄も銃弾300万の重砲弾1万強だ。攻撃を受け止める力があるとは思えない」
「一応、カザン各方面からの志願者は維持どころか増加の一方です。日に200人弱は来ていましたから、調整して一日100人は必ず戦力が増えているかと」
「人があっても武器がない。俺が置いてきた歩兵用の火器は1000丁程度の銃火器と200程度のRPG-29、重機もいくらかは置いてきたがなにぶんコストが掛かる」
「……ガウゼン市の早期陥落が叶わなければ、撤退も視野に入れるべきですかね」
「重装備の放棄も視野に入れて、な」
結局は機甲中隊の域を出ない第6中隊戦闘団は長期戦を行う備えを持っていない。そもそも進んで敵陣奥深くに孤立しているわけだから、後方支援を得られるわけがないのだ
戦力の二分は悪手であったとも思う。結局、パルチザンの根幹は俺の能力に完璧に依存していると言っても過言ではない
今からでも、俺と一部の装甲戦力を引き返すべきだろうか。いや、ここまで来て戦力の更なる分割は悪手にも程があるか
「本当、末期戦だな。急増の装甲部隊、足りない戦力に大量の敵。笑えると思わないか?ロシア製の戦車に乗って、戦況は第三帝国だ。カザン正面も、もしかしたらゼーロウ高地みたいになってるかもな」
「笑えない冗談はやめてください。まだパンツァーファウストしか持ってない部隊は編成してないんですよ」
「そりゃそれで笑えないな」
砲塔天板の上部へ再び身を持ち上げ、ハッチの縁へ腰を据える
双眼鏡をどこへ向けた所で、見えるものに大きな変化は無い。空と草原に挟まれた山々
地平線の向こうから現れた敗残兵の様な連中を除けば、なんら変わりない物だった
「な…て、敵…?いや、全車停止、停止、停止。歩兵は降車、全隊指示あるまで撃つな!」
慌てて車長サイトに切り替え、最大望遠で対象を視認する
ボロボロの装備と汚れた軍旗から辛うじて神聖国の連中だとわかる。数は多いが、足取りもおぼつかない様子
「距離は?」
「5700っす。榴弾装填しますか?」
「バカかどう見ても敗残兵だぞ。せっかく戦闘せずに降伏してくれそうな連中が居るんだ」
俺は周囲の地形を見回し、そしてAK-15を準備する
「歩兵の半分はT-90に、俺はBMPTに移る。T-90は2時方向300m、BMPTは10時方向600mの高台に移動準備。T-90Mは位置を固めたら通信用のアンテナを立てて本隊との通信を確立しろ」
「まさか接触するつもりですか?指揮官、敵の戦力がわからない以上、本隊の到着を待つべきです」
「同意見っす。弾倉内の砲弾は23発、対人に使えるのは18とかそのくらいっすよ。一個大隊の足止め程度ならまだしも正面切って戦闘は避けたいっす」
「誰も今すぐ接触するたぁ言ってない。ただ敵に有利な位置を占位し、装甲兵力の死角を補うだけだ。どのみち接触はするがな」
ゲラルドに席を譲ってT-90Mから飛び降りた俺は、分割した歩兵の班と手短に打ち合わせをし、そしてBMPTに乗り移る
懐かしい気持ちを込めて砲手の座席に身を据え、FCSとモニターに一通り目を通してから30mmの弾薬を榴弾に切り替える
「全隊配置につけ。発報は俺の指示」
「了。前進します」
熱線映像装置越しに集団を見つめる。ATAKAの有効射程には収まっているが、見た目からして敗残兵がすぎる。隊列も組めておらず、満身創痍が最先方。負傷兵が負傷兵を担ぐ地獄のような光景である
「距離5000。見た目一個大隊はいるか」
俺が大雑把に人影を数えていた時、俺より高い位置にある視察装置から同じ隊列を観測していたシエラが、訝しむ様な口調で言葉をこぼした
「後続のあれは……軍人じゃ無い?指揮官、もう少ししたら見えると思いますが、後方に民間人らしき影が多く見えます」
「民間人?それは話が変わるぞ」
「本隊到着後に民間人の保護を名目として接触する必要があるかもしれません」
「本隊到着までは10分程度かかる。先んじて接触するのもありか?」
「問題は、戦闘団にどれほどまでの捕虜と民間人の収容能力があるかということです」
「……まあ、なる様になるさ」
元々捕虜も民間人も、多く連れ帰る予定はなかった。言ってしまえば捕虜も民間人も獲るつもりはなかったのだ。ただ、おそらく何かがあったガウゼン市の現状を確かめることが出来なければ撤退も何も無い
「目標に動き。逃走の動きを見せています」
「気付かれたか?」
「いえ……む、11時方向に新たな目標。神聖国の隊列に向かっています」
照準器を報告のあった方向に動かすと、荒いピクセル越しに4つ足の大きな熱源が目に入る
「ちぃ……全隊戦闘準備。ゲラルド、対戦車榴弾装填。目標11時方向の四つ足、距離3500」
「了っす」
「射撃後に戦闘速度で前進高所に位置を取りつつこちらの前進を援護。歩兵は降車してC-1と合流しろ。シエラ、
「了解!」
「
「ういっす」
視界の右から飛んでいった3BK18M 対戦車榴弾は正確に四つ足の土手っ腹を直撃し、メタルジェットと鉄片に釣られた土埃が立ち昇る
機関砲の有効射程までまだ間があるため、無線機を手に取って本隊への通信を試みる
『あー、あー、3TP
『
『我は現在新たな敵勢力と交戦中。至急戦車分隊の援護を伴った歩兵小隊の増援を求む。なお付近には神聖国の避難民が存在する』
『……避難民の規模、それと敵の戦力は』
『避難民は確認できる範囲で600ほど。敵の規模は不明、されど大型の未確認モンスターと遭遇。戦闘がエスカレートすれば現有戦力での対処は困難と判断』
『CHQ了解、増援を送る』
『C-6了解、通信終わり』
中隊本隊への報告を済ませ、そして再び照準器とディスプレイを覗き込む
「C-1 新たな敵を視認 同じ未確認モンスター、数は4」
「視認した。C-6、交戦を開始する。C-1の自由射撃を許可、人には当てるなよ」
「わかってるっすよ」
2発目の対戦車榴弾もモンスターの身体を吹き飛ばし、残ったモンスターはその爆発に動揺して動きが鈍る
「若干遠いが30mmを撃つ」
「了解」
発射速度を800発毎分の状態で照準を合わせ、1秒程度のバースト射撃を何度か繰り返す。降りかかるトレーサーの熱源がその大きな四つ足に吸い込まれるまでに時間はかからなかったものの、その結果は目を疑う他ない物だった
「……3UBR11徹甲弾は、射距離1000mで60度に傾斜した
「射撃42発、命中17発です。有効打が1発もないというのは……今目の前に有り得てしまっている以上、否定のしようがありません」
「C-1、やれるか」
「125mmならサボットか対戦車榴弾で十分にダメージを与えられるっすね」
その瞬間、先ほどの対戦車榴弾よりも遥かに速い光が通り過ぎ、2体の四つ足を横から串刺しに貫通し、激しい出血を伴って地面に倒れ伏した
対戦車砲で十分に打撃が与えられるのは幸いだが、30mmの徹甲弾がここまで早く陳腐化するのは想定外だ。ナメルのPMC287 APFSDSもほとんど同じ様な性能であるから、レートが低い分さらに不利かもしれない
「もう少し接近すれば有効打が出せるかもしれないが……クソ、もっと大口径な機関砲が欲しくなるな」
「
「それもそうだ……が、どんな戦場にも必ず戦車がいるわけじゃないし、一部の部隊に試験的に採用してみるか?」
「……指揮官は、魔改造って好きですか?」
「魔改造?中東の連中が好んでやってる尊厳破壊の事なら好きではあるぞ」
機関砲のマズルフラッシュが眩しく繰り返すディスプレイを除きつつ、シエラの問いに答える
「指揮官のその能力なら、
「……2A90にか?その話、後で詳しく教えてくれ」
俺はシエラとの会話の合間にATAKAの発射準備を整え、熱源に対する自動追尾を有効にする
射距離1000mを切るが、未だにその数を増やし続ける四つ足に対して30mmは有効打を与えられていない
「手前の4体にATAKAを撃つ」
「じゃあC-1はその奥の連中を撃つっす」
モンスター同士の合間を縫う様に飛来した対戦車榴弾は、後ろに続く何体かの四つ足、さらには新しく確認した別種の人型モンスター諸共吹き飛ばし、それに負けてはいられないとばかりにBMPTのATAKA連装発射機から4つの炎が噴き出され、螺旋を描いて飛んでゆく
そして立て続けに起きた同数の爆発は、950mmの均質圧延鋼装甲をぶち抜くメタルジェットの源であり
そして墓標の様に立ち昇る土煙に風穴を開けたのは、C-1の放った3BM42と、体勢を立て直した避難民の攻撃だった
「でかい四つ足は全部撃破したか。C-1は歩兵を乗せて速度を上げろ」
「了」
指示を出す片手間に機関砲弾の残弾をチェック、400発あった3UBR11 APFSDSは150発を切っていた。残りは小型の未確認種だけだろうし、弾薬ベルトを3OUR6 焼夷榴弾と3OUR8 曳光榴弾を一定の割合で混成した榴弾ベルトに切り替える
発射速度も毎分200~300発に低速に切り替え、1発1発の反動をより大きく感じつつ、四つ足の死骸周辺に榴弾を撃ち込み続ける
「指揮官、そろそろ射撃を中止しても良いかと。これ以上は友軍相撃と誤射、それに不必要な弾薬の消費に繋がりかねません」
「……そうだな。C-1、射撃中止」
「了っす。C-6までは距離1400、残弾がサボット2、対戦車榴弾2、榴弾3」
「砲弾はすぐに補充する。難民の1時方向に展開し、歩兵を下ろして周辺への警戒を強めろ」
「避難民が攻撃してきた場合は?」
「投降を促せ、繰り返しても拒否するなら射殺しろ」
「了解」
四つ足の死骸から避難民へと照準を向け、倍率を調整する
2方向から接近する得体の知れない怪物を相手に、避難民を背にしてこちらへ武器を向けてはいるものの、彼らはもはや風前の灯火と言うべき状況下である
俺は再びAK-15を展開すると、ハッチを開け放って身を乗り出し、避難民の最先頭に位置している女に目を向けた
「シエラ、停止だ。降車して着いてきてくれ」
「了解、指揮官」
取り出した銃剣を取り付け、シエラとタイミングを合わせてBMPTから身を下ろす
反対側ではT-90Mと降車した歩兵がその切先を避難民へと向け、ただいたずらに刺激するなと銃口を下げさせる
向こう側も不利は承知しているのか剣は抜かず、その他の行動もリーダーらしき女が制止させており、肌に突き刺さるような緊張感が満ちている
「……帝国軍隷下、傭兵組織”パルチザン”の指揮官、ヴィクターだ。貴女は?」
緊張の中でそう問うと、一拍の間を置いてその女は答える
「ガウゼン市市長代理、 フランツィスカ・フォン・ナイト=キャバリエ」
腰に吊り下げられた直剣の鞘は豪華だったであろう装飾に包まれ、胸甲と籠手は血と泥濘に汚れている
だがその眼差しは力強さを覚えさせ、会話の主導権がどちらにも握られていない事を理解する
だがその女……フランツィスカと名乗った金髪の騎士は一歩、前に進む
銃口を向けようとしたシエラと歩兵を目で諌め、蛇の様な視線で彼女を捉える
「ヴィクター殿。面識もなく、
フランツィスカは枯れた草地に両膝を伏せ、その首を深く下ろす
「この体でも
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます